数多久遠「半島へ 陸自山岳連隊」

 

この時機に、あまりにタイミングが良すぎる!?出版。

実兄の暗殺、粛清される高官たち、ミサイル発射、核実験など、エスカレートする挑発行為…。迫る北の崩壊。その時、韓国、米国、中国はどう動くのだろう。そして日本は、自衛隊はどう対応するのだろう…。元幹部自衛官による軍事シミュレーション小説。竹島を題材にした「黎明の笛」、尖閣諸島を舞台にしたハイテク潜水艦同士の対決を描いた「深海の覇者」に続く第3弾。今回は「北の崩壊」と「生物兵器」がテーマだ。本書の中で、崩壊のきっかけとして実兄の暗殺をあげているが、本書が執筆されたタイミングは、当然ながら暗殺事件以前であり、出版直前に、その部分だけ書き加えられたのだろう。著者が元幹部自衛官のせいか、登場する自衛官たちの意識の描かれ方が、他の作家とは微妙に違っている。どこが、と具体的に指摘できないのだが、「そうか、そういう感覚なんだ」と感じることが何度かあった。外部から見ているだけでは、決して理解できない当事者感覚というのだろうか。そして、このことが本書のリアリティを高めている。

崩壊と同時に進められる作戦とは。

日本政府は、北の崩壊に合わせて、自衛隊による作戦を計画していた。自衛隊 特戦群・空挺団が米軍と共同で行う、弾道ミサイルの発見と破壊作戦「ノドンハント」。そして残された拉致被害者の一斉救出作戦である。さらに密かに進められるもうひとつの作戦があった。それは北が密かに開発を進めている生物兵器を発見し奪取する作戦である。生物兵器の研究所は急峻な山岳地帯にあり、陸自の山岳連隊である第13普通科連隊が投入される。

毎朝新聞の記者である桐生琴音は、自衛官の種痘接種による副反応被害を取材する内に、この作戦の存在にたどり着く。しかもその作戦に自分が好意を持っている自衛官、室賀が関わっているらしいことを知る…。これ以上ストーリーを紹介するのはネタバレになるので止めておこう。本書は、桐生琴音による謎解き、山岳連隊の侵入と戦闘、御厨首相(女性)を中心とした日本政府の対応という、3つのポジションで進んでいく。琴音の謎解きも面白いが、読み応えがあるのは、山岳連隊の戦闘場面だ。終盤に向かって、予期せぬ事態の発生など、スリリングな展開でいっきにラストまで引っ張っていく。2日間で読み終えた。

安保法制と機密保護法の使われ方。

今の自民党政権が成立させた法案が、本書の中で、実際に機能している。物語では、北朝鮮内での自衛隊の軍事作戦が当然のように実行されているが、その根拠は2015年に成立した安保法制である。「日本に対する直接の脅威が顕在化していなくとも、存立危機事態を認定して自衛隊を動かすことが想定されていた。」と解説されている。また琴音が取材中に、秘密保護法違反の容疑で拘束され、取り調べされる場面もある。そうか、あの法制は、こんな風に使われるのか、と、怖さを感じた。

現実の崩壊の時には、どんな作戦が計画されているのだろう。

緊張の高まる北朝鮮問題。崩壊は時間の問題だという人もいる。崩壊が現実のものとなった時、政府や自衛隊は、どのような作戦を実行するのか、計画されているのだろうか。本書のように自衛隊の特戦群や空挺団が北朝鮮に侵入してノドンハントや拉致被害者救出を行うのはとんでもないと思うが、実際には、そのような作戦が当然のように計画されているのかもしれない。そんな風に思わせるのも、この作品のリアリティかもしれない。それにしてもタイミングが良すぎで、ちょっと不気味。

前作で、トム・クランシーに匹敵するハイテク軍事スリラーの誕生と書いたが、今回はハイテクとは言えない。それでも面白いのは著者の筆力のせいだろう。タイトルから、村上龍の「半島を出よ」を思い出した。あちらは、北朝鮮軍が博多を占領する話だったが。

本書を読んだ家人の反応。「そりゃ殺すだろう」。

家人も同じ著者の「黎明の笛」「深海の覇者」を読んでいて、女性自衛官が活躍するストーリーなど、割と気に入ったみたいで、本書も読むことになった。彼女の反応をちょっと書いておこう。後半、山岳連隊が北に侵入して、作戦実行中に、当然のように北の兵士を殺す場面が出てくるのがショックだったという。もちろんわが国の領土に他国の侵略があった場合、戦うのは自衛隊だから、戦闘になれば当然、相手を殺すだろう。しかし、自衛隊が、他国の領土に侵入して、敵の兵士を殺しながら施設を制圧するというストーリーには違和感があるのだろう。そこの部分は僕もちょっと引っかかった。「そりゃ殺すだろう。戦闘なんだから。」と言ってはみたものの、完全に納得できたわけではない。