2022神戸マラソン完走記

2022年11月20日9時15分スタート(第2ウエーブ)天候:曇り一時雨。記録:5時間24分47秒(グロス)5時間24分41秒(ネット)

ポートアイランドに向かう橋の上

2020年。もうマラソンに出るのを止めようかと思っていた。

2018年の神戸マラソンで完走したのが最後。それ以降、完走すらできない大会が続いていた。完走できない理由は明らかに練習不足で、練習不足の理由はモチベーションが保てなくなっているせいだ。マラソン参加も20回を越え、だんだんマンネリ化してきている。記録も2011年の篠山マラソンで出した4時間34分を超えられず、最近では5時間を越えることも多くなっている。

数年前から「自分はマラソンに向いてないのでは?」と思い始めた。

中学で陸上部に入った時、迷わず短距離種目を選んだ。小学校高学年から足が速かったこともあったが、いわゆる持久走が苦手だった。同じ学年で中距離以上を目指す部員は、最初から持久走が明らかに速かった。彼らは、それまでに持久走のトレーニングなどしたことがなかったから、元々心肺機能が優れていて、中長距離に適性があったのだと思う。マラソンを始めてからも、練習量は僕とほとんど変わらないのに、サブ4やサブ3.5の記録を出せる知人が何人かいる。彼らは元々心肺機能が高く、筋持久力が優れていて、長距離走に適した身体を持っているのだと思う。もちろんそうではない僕のような普通のランナーでも練習を積めば、ある程度の記録を出せるようになるのだろう。しかしそれは、本来の自分に適していない競技に無理やり自分を合わせているのではないか?そんなことも考えたりするようになってきた。それと60代後半になって、体力が目に見えて落ちてきていることも、モチベーションが下がる原因の一つになっていると思う。

ランニングは好きだが、マラソンは好きじゃない。

それと、マラソン大会への参加そのものが苦痛になりつつあることもモチベーションが保てない理由の一つであるかもしれない。ランニングの良いところは「自分一人で、好きな時に、好きな場所を、好きなように走れる」ということだ。他のスポーツのように相手やチームの仲間のことを気にしなくてもよくて、自分の都合だけ考えればいいのである。しかし、マラソン大会に参加するとなると、決められた場所、決められた時間に、決められたルールで走らなければならない。大規模な市民マラソンになると何万人のランナーが参加するため、受付や集合の時間、場所、手続きなどが厳密に決められている。会場の行き帰りも、長い行列に並んだり、混み合った場所で着替えたりするのは当たり前である。僕は、元々人混みや行列が苦手で、行列ができるレストランなどはまず行こうと思わない。多くのマラソン大会ではトイレに行列ができるのは当たり前で、10分〜30分の待ち時間は普通である。スタート前の整列も数十分は待たされるのは普通である。この数年、高齢になってトイレが近くなったせいもあり、大集団での行動がますます苦手になりつつあり、そこにコロナも加わって、もうマラソンに参加するのを止めようと思ったこともある。大会に参加せずにランニングだけを楽しむのも「あり」だと思っていたが、やはり何の目標もなく走るのは味気ないと感じる。ネットで大会の募集が始まると、どうせ当たらないだろうと応募してしまう。それで当選したのが今年の2月の大阪マラソンだった。当選したものの、コロナで中止になるだろうと思って練習にも身が入らなかった。しかし年が明けても、中止の発表はなく、これは開催するかもしれないと、あわてて練習を始めたが、直前になって一般参加の部は中止になった。大会が中止になると、大抵翌年の大会に参加する権利が得られる。一年先なら、コロナもおさまって、練習もしっかりできるだろうと思って参加することにした。

神戸はどうせ当たらないだろう。

神戸マラソンも、どうせ当たらないだろうと思い、安易に応募した。秋に開催されるマラソンの難しさは、主な練習が夏の暑い時期になってしまい、最近のように猛暑日が続くような夏には充分な走り込みができないことである。来年2月の大阪マラソンを目指して、夏の練習は程々にしようとのんびり構えていた8月のはじめに、神戸マラソンの当選通知のメールがきた。5回目の当選。今回が10回目の大会なので2回に1回は当選していることになる。神戸の抽選の倍率は4倍弱と言われているので、結構高い確率だと思う。マラソンの神様が気に入ってくれてるのかな?しかし練習が間に合わない。猛暑日が続く中、思うように距離を伸ばせないまま10月を迎えてしまった。ちょうど大会1ヶ月半前に30kmに挑戦したが、暑くて、軽い熱中症・脱水症状になってしまい、25kmしか走れず、最後の5kmは歩いた。翌週にも距離を伸ばそうとしたが、25kmにとどまった。距離を踏めないまま、本番を迎えることになった。

新しいシューズの貢献。

10月半ばにランニングシューズを購入。それまでは、フィット感とクッション性を重視したナイキの初心者用のモデルを履いていた。6月にスポーツショップのバーゲンで買ったのだが、ソールが柔らかすぎて、足首の安定感が足りないように感じていた。新しく買ったのはアシックスのMAGIC SPEEDという新製品だ。カーボンプレートが入っていて適度な反発力があり、違和感ない程度の厚底も好ましかった。自宅近くのスポーツショップで試し履きしてみて良かったので、1週間後に買いに行ったら、品切れで次の入荷も未定とのこと。大阪市内に出かけた時にグランフロントのアシックスストアで買うことができた。このシューズは効果抜群で、前のシューズと同じよう感覚で走っていても、1キロで30秒は速くなる感じ。ソールもしっかりしていて、足首の不安もかなり解消されたと思う。新しいシューズのおかげで10月は気持ちよく練習できて、走破距離は250kmを越えた。唯一の心配は天候。週間予報は「曇り一時雨」から「曇り時々雨」に変わっていた。

当日。天気は曇り時々雨。

目覚まし時計は4時半に設定していたが、4時前に雨の音で目が覚めてしまった。仕方なく4時に起床。朝食は、紅茶とトースト1枚、バナナ1本、ゴマ団子1個。ランニングの装備を着て、その上にナイロン+フリースのジャケットとジャージのパンツを履いて、予定より半時間ほど早く6時前に家を出る。気温は10度ぐらいで、ちょっと寒い。雨は小降りになっていたが、駅に向かう途中で雨足が強くなり、傘をさして駅に向かう。会場の受付は7時からなので、かなり余裕がある。阪急の神戸三宮駅に6時半すぎに到着。改札内のトイレは数人の行列ができており、その列に並ぶ。改札を出て、サン地下の通りに降りて南に向かう。

第2ウエーブスタート。

国際会館の前から地上に出ると、そこにゲートが設けられ、検温のスタッフが待機している。数分で7時になり、検温を受ける。検温を済ませると手首に巻く紙のリングが渡され、その場で身につける。僕が手荷物を預ける場所は、さらに南の「みなとのもり公園」なので、南に向かって歩いていく。雨はほとんど止んでいて、傘を刺さずに歩く。途中にも検温ゲートが設けられ、手首の検温ずみリングを見せないと通れないようになっている。前回までは手荷物預かりは東遊園地周辺だったが、今回はウエーブスタートとなり、第2ウエーブスタート組は、もう少し遠くなっている。阪神高速神戸線の下をくぐると公園の入口で、ここでゼッケンを見せて中に入る。公園を取り囲むように荷物トラックが停車している。どこで着替えようか?更衣用ののテントが見えたので、中を覗いてみると満員状態で、しばらく待たないと空きそうにない。諦めて他のスペースを探すことにする。手荷物預かりのトラックの近くに広場があり、ベンチもあるので、そこで着替えることにする。着替えるといっても、すでにラン用のウエアを着ているので上着やジャージのパンツを脱いで手荷物袋に入れるだけ。寒い。凍える程ではないが、風がかなり強くて、体温を奪っていく。使い捨てのビニール製ポンチョを取り出して頭から被る。スタートまで1時間以上あるが、手荷物をトラックに預けてスタートブロックに向かう。その途中、駅から会場に向かうランナーの行列を見て、その多さに驚く。スタートブロックはJで第2ウエーブの先頭だ。時間が早いので、前から3列目あたりに並ぶ。スタートまでまだ1時間以上ある。いつも大会当日は余裕を持って行動するようにしているが、その代償として長い待ち時間を我慢しなければならない。最近は待ち時間に周りのランナーと話すことで時間を潰すことにしている。「神戸は初めて?」「どちらかから来られました?」「雨は大丈夫そうですね」と話題には事欠かない。今回は関東から全国のマラソンに参加しているベテラン女性ランナーと神戸は初めてという姫路から来た女性ランナーと会話を楽しんだ。ブロックに並んでいる時に後ろのほうから男性の叫び声が聞こえてきた。整列ブロックそばのビルの駐車場から出ようとして道路が封鎖されているので怒って叫んでいるのだ。警備員だけでなく、並んでいるランナーに対しても怒鳴っている。その筋の人の典型的な恫喝だ。叫んでいるだけでは飽き足りなくなったのか、クルマ(メルセデスSUV:黒)に戻ってクラクションを鳴らし始めた。うるさい。怒りのあまり、ランナーの列にクルマでランナーの列に突っ込まれたら怪我人が出るかもしれない。クラクションが鳴るたびに周囲もざわつく。10分ぐらいして係員がやってきて、道路封鎖の一部を開け、クルマを動けるようにして、一件落着。周囲のランナーもホッとしている。

装備の記録。

装備を記録しておこう。シューズはアシックスの新製品「MAGIC SPEED2」カーボンプレート入りの厚底で、適度な反発力とクッションで最初から違和感なく走ることが出来た。ボトムはIGNIOの膝丈・透湿速乾パンツ。トップはノースフェイスで透湿速乾の長そでTシャツ。帽子は雨に降られることを考慮して、モンベルゴアテックス防水キャップ。使いふるしてロゴもかすれて見えないウエストバッグには、雨が強く降ってきた時に着るモンベルの超薄&超軽量ウインドブレーカー、3回分のジェルサプリ、塩タブレット3個、ポケットティッシュ2個、現金5千円と小銭300円を収納。スタート前の寒さ対策で、ビニールポンチョを被る。

スタートまで。

8時45分。ようやくスタートセレモニーが始まる。ゲストや招待選手、ゲストランナーの紹介が延々と続く。そしてお約束の黄色手袋による万歳。9時。第1ウエーブスタート。号砲は斉藤知事。目の前をランナーたちが通過していく。なかなか途切れない。5分ぐらいでようやく第1ウエーブのスタートが完了。ブロックの先頭にいたスタッフがロープを持ちながらランナーを誘導していく。フラワーロードを神戸市役所の前まで進む。進む間に、道路脇のゴミ箱にビニールポンチョと万歳用の手袋を捨てる。先頭から5列めぐらい。これならスタート時点のロスタイムは数秒足らずだろう。「スタート30秒前」のアナウンス。号砲は久元市長だ。先頭に近いので最初から速いペースで始まる。すぐ左に折れて西国街道を西に向かう。大丸の前を左折し、南京町の入り口を通り過ぎ、すぐ右折。栄町通りを西へ向かう。最初の1kmは6分27秒。少し速い気はするが、6分30秒〜50秒あたりを維持できればいいことにする。神戸中央郵便局の前を右折し、JRの下をくぐり、すぐに左折して西に向かう。まもなく5km。当然のごとく、気持ち良いほどどんどん抜かれていく。走り込み不足を自覚しているので、同じリズムで走ることを心がける。須磨の手前で国道2号線に入る。山陽電車須磨駅あたりで10km通過。しばらく走ると海沿いに出る。ここから先は海を左に見ながら走る。淡路島と明石大橋が遠くに見える。折り返しはまだまだ先だ。神戸マラソンのコースはシンプル。往路はひたすら西に向かい、明石大橋のたもとを過ぎて折り返し、復路はひたすら東に向かう。4回目にもなると、通る街並みもほぼ覚えてしまい(地元なので土地勘もある)コースが単調に感じられる。

20kmの壁。

「応援navi」というアプリによると5kmごとのラップは以下の通り。

5km:33分59秒。

10km:33分57秒

15km:33分19秒

20km:35分09秒

25km:33分51秒

30km:38分25秒(トイレ)

35km:40分46秒

40km:48分21秒

42.195km:18分06秒

「20kmの壁」

よく「30kmの壁」と言われるが、今回は「20kmの壁」だった。長い距離は4週間前に25kmを走ったのが最長で、折り返してからが苦しくなると予想していたが、明石大橋の先で折り返してからやっぱり足が止まった。風が北東で向かい風になったことも影響しているかもしれない。20kmを過ぎたところで一旦止まってストレッチングとサプリ補給を行なった。少し元気が出てラップも回復している。しかしその後のラップは落ちる一方でキロ7分も切れなくなっている。30kmの手前、須磨の先で往路から外れ、市街地に入るが、この区間が一番きついと感じる。市街地ではあるが、工業地域で殺風景なのと、道がまっすぐで単調なので、余計に疲れを感じてしまう。5kmごとの休憩とサプリ摂取をご褒美にして、無理やり足を動かす。ようやくノエビアスタジアム中央市場、ハーバーランドなど、わかりやすいランドマークのある区間を過ぎると、最後の難関、浜手バイパスに入る急坂にかかる。ここは迷わず歩く。足の裏全体が痺れるような感覚になり、接地感がない。坂を登り切ったところから再び走り出すが、長くは続かない。歩いたり、走ったりで自動車専用道路の単調な景色の中を進む。ところどころ、側壁が切れて、ゴールであるポートアイランドが見えるのが救い。

ゴール。

道は右にカーブしてポートアイランドに渡る橋に出る。高さもあるので眺めは良い。振り返ると、六甲の山並みと神戸の市街地、神戸港が一望できる絶景ポイントだが、風景を楽しむ余裕はない。橋の上で40kmを通過。坂を下ってポートアイランドに入る。以前は島に入ってからが結構長くて心が折れたが、今回は少しだけの遠回りでゴールに向かう。最後のカーブの外側で有森裕子さんが声をかけてくれる。そしてゴール。5時間24分41秒(ネット)。記録は例によって大したことはないが、とりあえず完走できた。タオル、完走メダル、ドリンクを受け取って手荷物コーナーへ向かう。向かいの建物に更衣スペースが用意されているが、みんな屋外で着替えているようで、僕もスペースを見つけて着替える。着替えると言っても走ってきたTシャツを脱ぎ、フリースのシャツに着替え、ジャージのパンツを履くだけ。靴もスニーカーに履き替える。5分ほどで着替えを済ませ、会場を出る。ポートライナーの駅に向かおうとすると、待ち時間が20分以上の表示。シャトルバスは10分の待ち時間になっているので迷わずシャトルバスの方へむかう。幸い、バスは待ち時間なしで乗車できた。前回もシャトルバスを利用したが、乗車してからが随分長くかかった記憶がある。今回は15分ほどで三宮の神戸市役所前に到着。そこから歩いて阪急の神戸三宮駅に向かう。駅に向かうランナーの中には足を引きずっている人も多い。30分あまりで宝塚に到着。宝塚南口で降りるはずが寝落ちして、宝塚まで行ってしまった。自宅に戻り、ぬるめの風呂に入って手足をほぐす。夕食はボージョレーヌーボーで感想を祝う。寝る前に血圧を測ると83/46と異常に低かった。水分はしっかり摂ったつもりだが、脱水症状になっているのだろう。筋肉痛は翌々日まで残った。1週間は休養して、2月の大阪マラソンの練習に入る。

逸木 裕「電気じかけのクジラは歌う」

前回投稿の「風を彩る怪物」の著者による音楽SF or ミステリー?。

個人的には音楽を題材にしたSFだと思うが、現在では普通の小説とSF小説の壁は融解しつつあり、本書ぐらいの近未来設定であればもうSFと呼ばないほうがいいのかもしれない。

AIが音楽を創り、作曲家は失業。

舞台は、AIが社会のあらゆるところに浸透している近未来の日本。AIがリスナーに合わせて好みの音楽を作ってくれるサービス「Jing」が開発され、人気を集めている。「jing」の普及により作曲家という職業が消滅する。主人公の岡部も、かつては作曲家として活動し、仲間の作曲家二人とユニットを組み、ライブ活動をしていた。しかしJingの出現により、作曲の仕事を続けられなくなった彼は、ユニットを解散し、jingのAIに、自分が音楽を聴いた時の反応を提供する「検査員」となっていた。「検査員」とはAIの機械学習における「教師」のようなものだろうか。ヘッドホンで様々な音楽を聴き、身体に取り付けた生体モニターで採取した自身の反応データをAIに提供する仕事である。ある日、岡部は、かつてのユニット仲間であり、解散後も作曲を続けていた天才音楽家の名塚が自殺したことを知る。名塚は自分のスタジオの外壁に遺作となる曲を記録したメモリーシールを1枚だけ貼り付けて公開していた。(メモリーチップみたいなモノ。シールにスマホをかざすだけで音楽をダウンロードできる)岡部の元にも別の曲が入ったメモリーシールが送られてくる…。名塚はなぜ自殺したのか?彼の遺作は何のために公開されたのか?岡部に送られてきたシールは何を意味するのか?

AIが人間の創作活動を奪う!?

本書はミステリー作品であり、ネタバレになるのでこれ以上のストーリー紹介はしないでおこう。本書の一番の読みどころは、AIによる音楽の創作が進化すれば、人間による創作活動を奪ってしまうかもしれないという思考実験だ。これまでにもテクノロジーの進歩によって多くの職業が消滅してきたが、本書では、AIによって人間の最後の砦とも言える創作活動が奪われていく。世の中に流通するような音楽のほとんどはjingによって提供されるようになる。唯一の例外は天才作曲家の名塚によるもので、AIでは創り出せない音楽を作り続けることで、かえって人気が高まっていく。一方、主人公の岡部は、ゲームや劇伴などの作曲で収入を得ていたが、jingの普及で仕事を失っていく。彼が仕事を奪われていく様子は、とても身につまされた。

新しいテクノロジーによって仕事が消滅していくやるせなさ。

分野は全然違うが、僕のような広告のコピーライターが新聞・雑誌などの印刷メディアの衰退によって仕事が激減していった状況と似ていると思った。ちょっとだけ本文引用「仕事が減っていくというのは、想像していたよりはるかに苦痛だった。自分の居場所がなくなっていき、お前の代わりなどいくらでもいると日々通告されている感覚。自分を支えていたプライドや自信が、少しずつひび割れて不安定になっていく苦しさ。(中略)ひとつ仕事を失うごとに、指を一本ずつ切り落とされているような感じすらした。」引用終わり。広告コピーの場合、仕事がAIに奪われたわけではなく、インターネットやWebの登場によって仕事の舞台である印刷媒体が衰退していったのと、SNSの普及で、大勢の人に「広く伝える」という広告の手法が通用しなくなったことが原因なのだが、メディアの変化によって、仕事が失われてゆく過程は似ているのかもしれない。もう数年前のことだが、知り合いのネットショップを運営している会社が、AIを使って商品説明のコピーライティングを行うシステムを開発していると聞いたことがある。そのシステムは、すでに稼働しているかもしれない。別の知り合いから聞いた話だと、AIによるコピーライティングは実現可能だが、その開発には少なからぬコストがかかるため、人間のライターに書かせたほうが安く上がるため、わざわざ開発する必要が無いのだという。

一方、ビジュアルの分野では、現実に、AIによる画像生成ソフトが出現し、それを利用して作品を作り出し、発表するクリエイターがすでに現れているという。いずれはアートに限らず音楽や文学の世界でも、AIによる創作が広がっていくのだろう。本書で描かれる音楽業界はかなり単純化されており、現実にはこの通りにはならないと思うが、近い将来、同様のことは起きるような気がする。

天才 vs AIの闘い。

自殺した天才作曲家の名塚は、Jingが普及してからも作曲活動を続けていて、その作品は人気を集めていた。天才のみがAIに対抗できるということなのか。そして彼の自殺はAIへの敗北を意味するのか。音楽における創造性とは何なのか?さらに音楽とは何なのか?主人公の岡部は、ある意味で根源的な問いかけをしながら天才の自殺の謎を探っていく。本書は、天才とAIとのせめぎ合いを描くと同時に、岡部のように、天才ではないが、音楽を愛し、音楽を知り尽くしていながら、AIに仕事を奪われていく音楽家と名塚のような天才との葛藤も描かれている。

控えめな近未来の表現。

本書における近未来の表現は、かなり控えめである。AIによる音楽サービスJing以外は、ほとんど現在のままだと言ってもいい。パソコンもタブレットスマホも登場するし、そのインターフェイスも現在と大きく変わっていないようだ。その中で大きく変化しているのはタクシーとコンビニ。タクシーは自動運転による無人化が進み、都内ではほぼ無人タクシーになっている。コンビニも電子決済や画像認識による決済でレジがなくなり、無人店舗が増えているという設定。新しいテクノロジーが世の中に浸透していく過程のリアリティが絶妙だ。フリーランスのウエブエンジニアという著者の職業から来るものなのかもしれない。さらに他の作品も読んでみよう。

逸木裕「風を彩る怪物」

ほぼ一年ぶりの投稿になってしまった。本はそこそこ読んでいるのだが、年齢のせいか、感想を書く集中力が不足しているのが主な原因。久しぶりなので書けるかどうか心配だ。

オルガン小説?

本書は、帯の「『蜜蜂と遠雷』以来のスペシャルな音の洪水。」というコピーに釣られて買ってしまった。音楽小説。著者は2016年に横溝正史ミステリー大賞を受賞している。主人公は二人の女性であるが、本当の主人公は「オルガン」と言ってもいいほど、オルガンやオルガンで奏でられる音楽の描写が素晴らしい。西洋でオルガンといえばパイプオルガンのことを指すらしい。(以下、オルガンと表記) 。日本でもオルガンのあるコンサートホールや教会は珍しくないが、ちゃんと演奏を聞いたことは一度もない。そもそもクラシック音楽をあまり聴かないし、その中でも宗教音楽やバロック音楽にはさらに縁がない。本書は、そんなオルガン素人の僕をオルガンの世界へ否応なく引きずりこんでくれる。

主人公はフルート奏者を目指す名波陽菜19歳。

彼女は音大受験の前に、腕試しでコンクールに出場する。そこで彼女は他の出場者の個性溢れる演奏にショックを受け、自信を失ってしまう。それ以来、フルートを吹こうとすると唇が震えて上手く吹けなくなってしまい、結局、音大受験に失敗する。陽菜は、静養のために、東京と山梨の県境の町、奥瀬見でカフェを開いている姉のもとで過ごすことになる。ある日、フルートを練習していた彼女は不思議な音を耳にする。音の正体を確かめようと森の奥へ歩いていくと、倉庫のような建物があった。音はその中から聴こえてきた。建物の中では一人の若者が何かのパイプを持って作業をしていた。そこはオルガンを作る工房だった。陽菜は、そこで著名なオルガン製作者の芦原幹(あしはらみき:60歳)と出会う。陽菜は彼が演奏するオルガンの音に魅了され、オルガンという楽器に興味を覚える。

ピアノとオルガンの違い。

ピアノとオルガンは同じ鍵盤楽器であるが、ピアノはハンマーで弦を叩く「打楽器&弦楽器」であり、オルガンはフイゴで風を作り、その風をパイプに送り込んでパイプの共鳴によって音を出す「管楽器」である。そしてオルガンの鍵盤は音を出すスイッチに過ぎず、ピアノのように鍵盤のタッチによって音の強さをコントロールすることができない。鍵盤を押せば、常に同じ音量、音程の音が出る楽器である。オルガンにはピアノもフォルテもないのだ。そのかわりに数百から数千にもなるパイプの音を組み合わせて様々な音色を創り出すことができる…。

耳の良い主人公。

工房の中で整音(音の調整)をしているパイプの音が不自然なことを陽菜が指摘したことから、芦原は、彼女の耳の良さを知り、自分のオルガンづくりに参加してくれないかと誘う。芦原幹は、元々音響工学の研究者で、大手楽器メーカーの研究所で働きながら、オルガン工房で修行をし、30歳で独立し、専業のオルガンビルダーになり、その後、自分の故郷である奥瀬見に「芦原オルガン工房」を作った。その4年後、フランスに渡り、アルザスに工房を構え、15年ほど活動し、ヨーロッパのあちこちで教会やコンサートホールのオルガンを作った。7年前に帰国し、元の場所で工房を始めた。しばらくは既存のオルガンのメンテナンスなどをしていたが、最近になって新しいオルガンを作り始めたという。芦原の旧友が所有する、奧瀬見にある私設のコンサートホールのためのオルガンだという。

もう一人の主人公。芦原朋子。

陽菜は、翌日からオルガン工房に通うようになる。芦原幹は、陽菜に、自分の娘の朋子(19歳)と力を合わせてパイプの整音作業を進めるように求めるが、朋子はなぜか反発する。この朋子が本書のもう一人の主人公である。名波陽菜と芦原朋子、二人の人物を軸に物語は展開してゆく。音響学の研究者であり、著名なオルガンビルダーである芦原幹、野心的なオルガン演奏者の神宮寺、カフェを経営し、趣味でホルンを演奏する姉の亜季。工房を手伝う森林レンジャーの三原。芦原のかつての弟子であり、現在は役所に勤めながら、アマチュア楽団でオーボエを演奏する細田…。工房でのオルガン制作が進んでいくに従い、陽菜は、自身の音楽やフルート演奏への思いが変化していることに気づく。一時は自分が目指す道はオルガン製作ではないかと思いさえする…。

音楽ミステリー?

著者がミステリー作家であるせいか、緩やかなミステリー仕立てとも言える謎が仕掛けられ、ストーリーは進んでいく。朋子が陽菜に冷たく接する理由は何なのか?芦原幹がフランスから持ち帰ったという小さなオルガンに記されたPour Mikiという文字。そしてオルガン演奏者であった芦原幹の妻、美紀。さらに蝉風(せみかぜ)という奥瀬見特有の暴風が吹くと森から聴こえてくるという不気味な声…。第一章の終わり、オルガニストの神宮寺と、オルガニストを馬鹿にする天才ピアニストのギィ・デルヴォーの対決は圧巻、前半のクライマックスでもある。ちょうど、その頃、奥瀬見では、衝撃的な事件が起きていた。ここから物語は大きく展開していく。

本書はミステリーでもあると思うので、ここから先のストーリーの紹介はしないことにする。ストーリー展開も面白い。しかし本書の読みどころは、オルガンという楽器の仕組みや歴史、そしてバッハをはじめとするオルガン音楽の紹介、さらに随所に出てくるオルガンの演奏の描写だろう。巻末でオルガン製作者やオルガン演奏者、フルート演奏者への謝辞が述べられているが、著者自身がオルガンやオルガン音楽に造詣が深いことを感じさせる。

オルガン音楽が聴きたくなった。

本書を読み終えて、実際にオルガンが聴きたくなった。ちょうど僕の住む宝塚には、ベガホールという小さいけれど音が良い市民ホールがあり、そこに小ぶりのオルガンがあることを覚えていた。しかも定期的にオルガンコンサートが開かれている。早速、チケットを購入。10月の半ばの金曜日に聴きに行った。クラシックのコンサートでは何度か行ったことのあるホールだが、オルガンを聴きに行くのは初めて。バッハの曲を中心に、オルガンの音楽を堪能した。演奏の後、オルガンを間近で見学できるオルガン見学会も行われているが、こちらは定員に達しており、参加できず。次回は、ぜひ参加したい。

著者への興味。

著者の逸木裕氏の略歴を見ると、「フリーランスのウエブエンジニア業の傍ら、小説を執筆」とある。最近、プログラミングやウエブなど、IT系の人が小説を書いて成功するケースを目にすることが増えているような気がする。著者による、AIが作曲するアプリにより作曲家が絶滅した未来を描いた「電気じかけのクジラは歌う」も読んでみたい。

 

玉岡かおる「帆神」

江戸末期に活躍した播磨高砂の英雄、工楽松右衛門の生涯を描いた小説。著者は兵庫県出身の小説家。初めて読む人だ。

f:id:nightlander:20211016122515j:plain

もう随分前になるが、友人で建築家のY君に誘われ、高砂市のイベントに出かけたことがあった。Y君はその当時「兵庫ヘリテージ」といって、県内の建築遺産の保存と公開を推進するプロジェクトに関わっていた。その日、彼は、高砂市内の古い商家の公開のガイドのようなことを行なっていた。その時にY君が話していたのが工楽松右衛門の家の話だった。現在は高砂市によって公開されているが、当時は家の所有者と保存と公開の話を進めている途中だったと記憶している。僕は、工楽松右衛門という名前を、司馬遼太郎の「菜の花の沖」に登場する人物として覚えていたので印象に残っていた。

技術者が主役の歴史小説

歴史小説を読んでいて、最も共感を覚えるのは、武将とか僧侶などではなく、技術者が活躍する作品である。司馬遼太郎の作品でいうと、船頭から海商となり、函館や択捉などの開発に貢献した高田屋嘉平を描いた「菜の花の沖」。蘭学者蘭方医であり、幕府軍や新政府軍の西洋化に貢献した大村益次郎が主人公の「花神」など。本書に登場する工楽松右衛門も、船頭や海商でありながら、船や航海術の改良に取り組み、「松右衛門帆」という画期的な帆を生み出した技術者であった。

高砂の漁師の家に生まれ、幼い頃から漁労に従事していた主人公は、家業の漁師を継がず、高砂を飛び出して、兵庫津で、御影屋という船主の素で水主(かこ)として働き始める。若くして航海を重ねた彼は、帆船の操縦が巧みで、また創意工夫が得意であったという。その後、廻船問屋「北風荘右衛門」の支援を受け、船持ち船頭として独立する。当時の船の帆は、莚や木綿の布を重ね合わせ、縫い合わせたものが主流で、強度に問題があった。松右衛門は、研究と試作を重ね、播磨の特産である太い木綿糸を用いて、軽くて丈夫な帆布の開発に成功する。この新しい帆布により巨大な帆を装備することが可能になり、従来より船の速度を飛躍的に高めることができたという。この帆布は「松右衛門帆」と名付けられ、またたく間に全国に普及。江戸の海運に革命を起こしたという。小説の中では、松右衛門が船頭の仕事をそっちのけで、資金や時間を帆布の開発に費やし、機織り機まで改良を加え、新しい帆布を生み出した過程が描かれている。

主人公が生きた時代は一方で異国船が、北方に出没し始め、幕府が蝦夷地に注目し始めていた時代である。有名になっていた松右衛門は、1790年、幕府より択捉島に船着場の建設を命じられた。大型船が入港できるよう、海底を浚渫し、邪魔になる岩を取り除き、大量の石を運んできて埠頭を建設する。彼は厳寒の地での困難な工事を成し遂げ、幕府から「工楽:工夫を楽しむ」の姓を与えられる。さらに函館港の掘割や乾ドックなどを建設し、蝦夷地交易の拡大に大いに貢献した。その後も備後の鞆の浦高砂港の築港工事を完成させた。

小説は、松右衛門の生涯を、高砂・兵庫津・浪華・越後出雲﨑・恵土呂府(択捉)・鞆の浦を舞台に​、4人の女性との愛を絡めながら辿っていく。冒頭、初めて読む著者の文体に馴染めず、手間取ったが、兵庫津に移ったあたりから俄然面白くなってきて、あとは一気に読み終えた。

同時期に活躍した高田屋嘉平に比べると、残された資料も多くなく、あまり注目されて来なかったという。

現在は、高砂市が「工楽松右衛門旧家」を公開しており、見学することができる。彼の像がある高砂神社や高砂港とともにぜひ訪れてみたい。

松右衛門帆は、蒸気船などの登場により廃れていったが、2016年に新たに創業された御影屋(松右衛門が水主として働きはじめた船主の名)から「松右衛門帆」のブランドでバッグなどが発売されている。

追記

本書で一つだけ違和感を感じたのは「浪華の巻」の中で「知らんけど」という言葉が当時の大阪人特有の言葉として使われていること。会話の最後に「知らんけど」という言葉を付け加えて、相手を煙に巻いたり、自分の責任を回避するような使い方は、この10年ほどの間に出現したものだと思う。江戸時代に同じ使い方をされていたとは思えない。

映画「ノマドランド」

こんなに寒々とした映画だったのか。

Hさんがレビューを書いていたので、興味を持ち、Amazon Prime Videoで視聴。米国では2008年のリーマンショックにより多くの高齢者が自宅を失ったという。その多くが自家用車で寝泊まりしながら、仕事を求めて全米各地を漂流している。余暇やリタイヤ後の楽しみとしてのオートキャンプなどではなく、職や家を失って、車上生活に追い込まれた人々。この映画は、そんな彼らの生活を描いたジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」を原作に製作された。ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、第93回アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞した。

主人公のファーンは、夫を亡くした後、ネバダ州のエンパイアという町で臨時教員として働いていたが、町の工場の閉鎖により、仕事と家を失ってしまう。彼女は自分のバンに最低限の家財道具を積み込み、仕事を求めて放浪する旅に出る・・・。

息を呑むほど美しいけれど。

主人公がめぐる全米各地の風景が息を呑むほど美しい。映画館の大画面で観たかったな。その大部分は荒野や砂漠で、美しいのだけれど、荒涼としていて、彼女の心象を映し出しているかのようだ。描かれているのは様々な季節だが、映像は全体に寒々としていて、この映画の硬質なトーンを作り上げている。彼女は、アマゾンの配送センター、ファストフードの厨房、工場などの日雇い労働者として働きながら各地を移動してゆく。宿泊するのはオートキャンプ場や駐車場など。仕事は過酷で賃金は安く、不安定な日々の連続だ。キャンプ場の料金が払えなくて、値引き交渉をしたり、工場の駐車場で無断で車中泊をして追い出されたり、車が故障して、修理代が払えなくて、長く会っていない姉にお金を借りに行ったり、車上生活にも様々な苦労がある。ファーンは行く先々で同じような境遇の「ノマド」たちと出会い、彼らと助け合いながらも、孤独な放浪を続けていく。姉や出会った仲間の一人に一緒に住もうと誘われるが、彼女はそれを振り切って旅に帰ってゆく。スーパーで出会ったかつての教え子に「あなたはホームレスなの?」と聞かれると、ファーンは「いいえ、私はホームレスではなく、ハウスレスよ」と答える。家は失ったが、ホーム(故郷?旅?)はちゃんとあると言いたかったのか?

過酷だが、救いもある。

僕はこの映画を観ている間じゅう、居心地が悪い気分にとらわれたままだった。60代と思われる主人公が、夫とも死別し、仕事も家も失い、流転の労働者となって生きていく姿は、あまりに生々しくて、見たくないものを無理矢理見せられているような感覚だ。唯一の救いは、主人公も、他のノマドたちも、希望とプライドを持ち、懸命に生きていることだろうか。それと彼女が行く先々で出会う大自然の美しさ・・・。さらに、そこが米国らしいのだが、ノマドたちの間に自然にコミュニティが生まれ、リーダーらしき人物もいて、互助の仕組みが機能していることだろうか。米国特有の「モーターホーム文化」の伝統がノマドたちの受け皿になっているのかもしれない。日本でもコロナ禍で仕事や家を失い、車上生活をする人が増えていると聞くが、米国のようなモーターホーム文化や、コミュニティは存在しないから、実態はもっと悲惨だろう。

日本のノマド文化?西行芭蕉山頭火・・・。

映画の中で、主人公が一人でどこまで続く一本道をドライブしている時や、誰もいない大自然の中にポツンと佇んでいる時、どういうわけか、山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」と尾崎放哉の「咳をしてもひとり」の句が浮かんできた。ノマドって、日本でいうと、ひょっとして西行芭蕉円空、新しくは山頭火、尾崎放哉なんかの「漂泊」?あるいは四国遍路のような巡礼の旅?上野千鶴子先生によると山頭火に憧れる団塊オヤジの「野垂れ死に願望」は自分の老後に向き合うことができない男たちの甘えに過ぎないという。定年になって、山頭火の全集を買ったり、円空仏ツアーを目論んでいる僕には耳が痛い。年老いて一人になり、さらに仕事や住む場所まで失ったら、僕は、ファーンのように生きていけるだろうか。

都内のバス停で撲殺された60代女性を思い出した。

この映画を観ていると、いろんな連想が浮かんでくる。昨年、都内のバス停で殺された60代のホームレスの女性。スーパーなどの試食販売で暮らしていた彼女は、コロナ禍で仕事がほとんどなくなり、路上で生活していた。深夜、渋谷区のバス停で休んでいるところを暴漢に襲われ亡くなった。数日後、近所に住む46歳の男が出頭し「邪魔だった。痛い思いをさせればいなくなると思った」と供述している。彼女が亡くなった時の所持金は、わずか8円だったという。彼女には、寝泊まりするクルマすらなかったのだ。一人暮らしの高齢者が職も家も失ってホームレスになることは現在の日本では珍しくない。彼らの置かれている状況は、米国よりもさらに厳しいかもしれない。原作になったジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」も読んでみようと思った。

岸 政彦「ビニール傘」

f:id:nightlander:20170314175030j:plain

前回エントリーのエッセイ集「大阪」は、今までにない切口の大阪が描かれていて新鮮だった。著者のひとりであり、社会学者でもある岸氏の小説も読んでみることにした。「ビニール傘」とは思い切ったタイトル。本書にはもう一編、「背中の月」という中編が収められている。

舞台は、「大阪」で描かれたような、港区、此花区大正区といった、都心に近いが、どこか殺伐とした街。導入部は、タクシー運転手の「俺」が、ユニバで客を降ろした帰りに、若い女を乗せるところから始まる。しかし、そのままストーリーが展開していくのではなく「俺」が、タクシー運転手の「俺」から清掃作業員の「俺」、コンビニ店員の「俺」へと変化していく。女を見つめる「視点のリレー」とでも言ったらいいか。さらに日雇い労働者の「俺」、派遣社員の「俺」へと次々に変化しながら、女と関わっていく。女の方も、同じ人物とは言えないようだ。コンビニ店員の「俺」は、女の様子から、地方から出てきて、酉島(とりしま)あたりのワンルームマンションに住んで、最近増えているガールズバーか、居酒屋のチェーンか、安いサービス業のアルバイトをしているのだろう、と想像する。想像はさらに膨らみ、女の部屋の様子や投げやりな生活のディテールにまで広がっていく。日雇い労働者の「俺」は近所のマクドで女と出会い、派遣社員の「俺」は女と暮らし始める。「俺」も「女」も一人ではなく複数の存在として表現されている。しかも名前すら与えられていない。大阪ならどこにでもいそうな「ありふれた人物」として描こうとしたためだろうか。しかし、コンビニ店員の「俺」が想像する女の部屋の描写はディテールを極めている。以下引用「部屋の真ん中には小さな汚いテーブルがあった。その上には吸い殻が山になった灰皿と、携帯の充電器と、食べかけのジャンクフードの袋と、なにかわからないドロドロした液体が入っているパステル色のコスメの瓶で溢れかえっていた。」引用終わり。このような描写がさらに数行にわたって続くのだ。男が想像する女の部屋の描写としては克明すぎないか。そして、この描写は、そっくりそのまま、後半部分の語り手である女性の数少ない話し相手で自殺する女性の部屋の描写としてコピペされているのだ。都会ならどこにでもいそうな無名のありふれた若者たちの荒涼とした生のかたち。ストーリーではなく、シーンの断片のような文章を重ねていく、ある種の詩のような手法がよけいにそう感じさせるのかもしれない。

テーマは「孤独」と「終末」。そして、あの歌。

本書のテーマは孤独なのだと思う。故郷とのつながりも切れ、都会に出てきて、誰と繋がることもなく、牢獄のような小さなワンルームマンションで暮らす若者たち。彼らが暮らす大阪という街も、かつての賑わいや勢いが失われ、壊れていこうとしている。そして登場人物たちの世界のディテールは、コンビニやマクドユニクロや回転寿司など、チェーン店や大量生産の安い商品や安いサービスで成り立っている。「食べ残しのカップ麺」は、本書のキーアイテムの一つである。さらに、およそ文学的な素材になりえないような「ビニール傘」が、この作品では二人の関係を鮮やかに象徴するアイテムになっている。どのように出会ったかも思い出せない二人は、普段のデートのように「またね」と別れることで、その関係を終わらせてしまう。恋愛関係すらも希薄化し、人々のつながりが失われていく時代。最後の方で、雨の淀川を散歩する二人を包む透明な「ビニール傘」の美しさが愛おしい。本書を読み終えて、井上陽水の「傘がない」という歌を思い出した。ありふれた何の変哲もない「傘」を題材に、社会や親しい人から切り離された若者の閉塞感と孤独を表現した初期の傑作である。

もっと小説の方へ。

もう一つの作品「背中の月」は、より小説らしくなってきている。「ビニール傘」と違い、主人公である「俺」は独りの人物に集約され、女性の方も美希という名前が与えられ、二人は結婚もしている。「俺」はIT系の会社に勤め、美希はデザイン会社で働いている。二人は環状線大正駅近くの2DKのマンションを借りて慎ましく暮らしていた。しかし、読者は、小説の冒頭から、美希がこの世にいないことを知らされる。美希がいなくなって「俺」の生活は、少しずつ壊れていく。いや、美希が生きていた時から、崩壊は始まっていた。俺の会社は、東京の大手との競合に敗れ、リストラの話が持ち上がっていた。美希の働くデザイン会社も業績が悪くなり、彼女の手取りも少なくなっていた。大阪の経済の崩壊とともに「俺」も美希も徐々に生きる力を奪われていく。印象的なイメージの断片を重ねて行く、著者独特の文章は変わらないが、より小説らしい構成になったぶん、「ビニール傘」で感じた新しさやインパクトが感じられなかったのはちょっと残念。

この本を読んだ直後に「リリアン」という小説が出た。「断片的なものの社会学」という本も面白そうだ。しばらく、岸氏の作品を読んで見ようかな。

 

 

岸 政彦・柴崎友香「大阪」

f:id:nightlander:20120218153223j:plain

NHKEテレで「ネコメンタリー 猫も、杓子も」という番組があって、作家や学者が猫と暮らす日常を記録したドキュメンタリーだが、この番組を見て、本書の著者のひとりである岸政彦氏を初めて知った。番組の中で描かれた、著者が散歩する街の風景が、大阪の港区あたりの、都会だけどちょっと外れたというか、ちょっと寂れた場所だったのが印象に残っていた。著者は社会学者で、小説も書いているという。書店で、本書を見つけた時、この番組のことを思い出して、購入することにした。もうひとりの柴崎友香という作家も初めて読む人だ。

今までにない視点の大阪。

本書の特色は、これまで読んだことがない「大阪」が描かれていることだ。柴崎氏は、大阪の南西部のの大正区に生まれ、育ち、2005年に大阪を出て東京に移り住んでいる。大正区は、大阪市の中では交通のアクセスがよくないこともあって、大阪市民でもあまり行かない街である。また沖縄出身者が多いことでも知られている。岸氏の方は30年ほど前に学生として大阪にやってきて、この街で働き、結婚し、家を建ててずっとこの街に住んでいる。本書によると北部の上新庄住吉区などに暮らしてきたという。この二人の著者が大阪についてのエッセイを交互に書くというスタイル。大阪と言えば、普通、ミナミかキタが描かれることが多いが、本書は、そういう大阪をほとんど描かない。

地元、淀川の河川敷、再開発、マイノリティ、散歩。

岸氏が描く大阪は「観光」の対極にある大阪である。大阪の地元で子供を産み育てたかったという話。淀川の河川敷が宇宙で一番好きな場所だと言う話。大阪市南部の駅前商店街で起きた再開発騒動の話。在日や被差別部落などのマイノリティの話。そして5時間かけて20kmも歩く散歩の話。岸氏が大阪を見つめる視点は一般的な大阪人の感覚とはかなり違っている。大阪の人々が淀川の河川敷に出かけるのは「淀川の花火大会」ぐらいだし、普通の住宅街を数時間もかけて20kmも散歩したりしない。本書を読み進めるうちに、読み手の中に今までと異なる大阪のイメージが像を結んでいく。岸氏は街を散歩しながら、ありふれた街並みの裏側や、ふとすれ違う人々の人生に過剰なほど想像力を働かせる。ふだん僕らが街を歩く時のデファクトモードは「無関心」である。なぜ著者はこれほど、大阪の人々のありふれた生活に関心を寄せるのだろう。NHKの「ネコメンタリー」で著者が散歩していた街並みも、港区と思われる、どちらかというと「殺風景」な風景だった。その殺風景を著者の視点で見ると、どこか懐かしくある種の抒情さえ感じられてくるのが不思議だ。

「よそ者」の大阪。

本書における岸氏の視点は、大阪の地元に育った人間の視点ではないと思う。大阪に憧れを抱き、外部からやってきて、大阪に溶け込もうとして、溶け込めなかった人間の視点ではないか。「それにバブル当時の大阪は、みんな我儘で、金を持っていて、かっこいい街だった。女の子たちも派手で、ノリがよく、とにかくたくさん酒を飲んだ。そしてその大阪、自由で、反抗的で、自分勝手で、無駄遣いが好きで、見栄っ張りな大阪は、この三十年で完全に没落してしまった。」と書くのは、かつて憧れ、入り込もうとした「大阪」が失われてしまったことを嘆く「よそ者」の思いではないか。僕自身も、大阪は仕事その他で40年以上も通い続けている街だが、地元の人間だと思ったことは一度もない。自分がよそ者であるという自覚は、これからもずっと変わらないだろうと思う。

 大正区から始まる物語。

岸氏が「ネコメンタリー」の中で散歩していた港区あたりの殺風景な街の一つである「大正区」から、柴崎氏の物語は始まる。隈研吾が言っていたライトインダストリーエリア、小さな町工場が点在し、加工機械の音が響き、鉄や油の匂いが漂っている下町の記憶にはじまり、母親が美容室を開いた商店街の記憶へ。さらに成長するにしたがって、著者の世界は、大正区の外へ、難波や梅田へと広がっいった。まだビッグステップがなかったアメリカ村楽天食堂、カンテグランテ、蕎麦の凡愚、小劇場ブーム、バナナホール扇町ミュージアム、アセンス、花形通信…。それと同時に漫画やテレビ、音楽、映画、演劇など、メディアの世界にも広がっていく。著者は、バブル時代に生まれた様々なカルチャーを体験しながら、小説家を志してゆく。著者が体験した80年代〜90年代のパワフルで活気に満ちた大阪は、僕も同時代で体験している。本書を読むと、あの頃の記憶が次々に甦ってくる。毎日、仕事が死ぬほど忙しくて、帰宅するのはほぼ午前様。ほんとによく働いた。遊んだ記憶はあまり無かったが、本書を読むと、けっこう色々な場所に出かけていたようだ。ほんとに懐かしい。勤めていた会社が西区の西の端にあったこともあって隣の大正区へはよく出かけていた。沖縄料理の店もよく利用していた。スタッフの中には、三線を習いに行っていた人もいた。

 感想。

本書を読んでいると、なぜか甦ってくる記憶がある。遠い昔、20代前半に大阪でバイトを見つけ、住む場所を探していた頃、住みたかった街のことだ。実際に住んだのは、尼崎市の南部の杭瀬という街で、母の実家も近かったので土地勘もあったのでこの街に決めたのだが、あまり治安がよくなくて、空き巣に入られたりしたので、引っ越しを考えていた。その候補にあげたのが大阪市の西部の此花区や港区だった。都会に住みたかった。しかし梅田や難波と言った賑やかな場所ではなく、かといって豊中や池田や枚方のような郊外でもない。近くに工場や倉庫などがあり、できれば大きな河のそばがいいな、と思っていた。住む場所を探して、西淀川区に始まり、此花区、港区あたりを歩きまわった記憶がある。いまから思うと、5歳まで住んでいた尼崎の記憶のせいではないかと思う。近所に小さな工場がたくさんあり、騒音と鉄や油の匂いが漂っていた。此花区、港区、大正区あたりには同じ匂いがあったせいだろうか。著者が「宇宙で一番好きな場所」だという淀川は、著者ほどではないが、僕も、大阪で最も好きな場所のひとつだ。特に梅田の高層ビル群を割と近くから眺められる中津あたりの土手や河川敷を歩くのは大好きだ。都心にこんなに近いのに、人とあまり出会わない閑散とした空間が存在していることが嬉しくなる。岸氏の小説「ビニール傘」も読んでみたい。

 

港区や大正区あたりの風景が描かれた本書の装画は、本書の中でも触れられている楽天食堂の小川雅章氏の絵だという。湾岸エリアの、ある意味「荒涼とした」と言えないこともない風景が、なぜか懐かしく、心地よく感じられるのが不思議だ。