山崎亮「まちの幸福論  コミュニティデザインから考える」


著者の関わる本が、ほぼ同時に3冊出た。スタジオ-Lの仕事ぶりをアドベンチャーゲーム形式で手法で紹介した「コミュニティデザインの仕事」。対談集「幸せに向うデザイン—共感とつながりで変えていく社会」。本書は、著者の執筆とNHK Eテレの番組「東北発☆未来塾」で著者が講師となったキックオフプロジェクトのドキュメンタリーで構成されている。
第1章は、著者がコミュニティデザインの仕事をするようになった経緯が語られる。大学生の時に阪神淡路大震災に遭ったことが著者の進路に大きな影響を与えたという。その前著「コミュニティデザイン」でも紹介された有馬富士公園や堺市の環濠地区のプロジェクトなどが紹介される。面白いのは「主体形成ワークショップ」といって山崎流とされる手法が、実は著者独自のものではなく、SEN環境計画室などの先輩たちに教わったものであるということ。また、オーストラリア留学時代に、著名な建築家の妹島和世と出会った体験が、著者を「モノを作らないデザイン」に向わせたというエピソードも。先達とのいい出会いが今の著者を育んだのだ。
第2章では戦後、全国で、地域の集落が次々に消滅していった歴史が語られる。国は、1962年から「全国総合開発計画」をはじめとする国土の有効利用計画を打ち出してきた。そのほとんどは高速道路や新幹線などを整備し、東京一極集中を分散させようとするものだったか、計画通りには進まず、東京一極集中はさらに進み、地方の中山間地域の集落は、ますます人口が減っていった。またインターネット網など、新しいインフラが首都圏との格差を解消するものとして期待されたが、逆に中央の情報が地方に流れ、東京への人口集中を招くことになったという。
第3章は番組「東北発☆未来塾」の制作班による番組ドキュメンタリー。番組は、東日本大震災を体験した17人の学生と山崎氏によるワークショップ。前著の「コミュニティデザイン」では詳しく描かれなかったワークショップの具体的な進め方が描かれていて興味深い。初対面のメンバーどうしが打ち解け合うための「アイスブレイク」はどうするのか?ブレーンストーミングはどう進めるのか?実際に読んでみて、ワークショップの進め方で、これは新しい手法だというものはなかった。しかし、ブレーンストーミングなど、基本的なルールをきちんと守って進められていることに驚かされた。僕らの仕事では「ブレスト」は毎日のように行っているが、時間がないせいか、基本となるルールをかなり省略してしまっている。「出た意見に批判や判断をせず」、「質より量を優先し」、「笑いと奇抜さを重視しながら」、「相乗り、横取りは大歓迎」というルールである。今、僕らがやっている「ブレスト」は、出て来たアイデアを、即座に否定したり、つまらない意見を出すメンバーを叱ったり、そのアイデアはこういうことだね、とまとめてしまったり…。というようなことが多いと思う。すぐれたファシリテーターである著者の導きにより、学生たちは次第に優秀なプロジェクトメンバーとして動き始める。テーマは「農業」「エネルギー」「コミュニティ」の3分野。「たくさんの意見やアイデアを出し、次にそれをグルーピングする等で、まとめ、絞り込み、さらにまたアイデアをたくさん出す」というプロセスを何度も繰り返すことによって、「答」や「未来」が見えてくる。何かの専門家ではない学生たちが、このワークショップによって、プロにも考え出せないような、そしてプロも認めるようなアイデアやプランを作り上げることができる、というのは凄い。
第4章は、このプロジェクトに参加した若者たちに接して「ソーシャルネイティブ」ともいえる新しい価値観を持った世代を語る。人とのつながりやエコの考え方を当たり前のように身につけた若者たちが、すでに社会を動かし始めているという。
第5章は、著者のコミュニティデザインの仕事の進め方について語られている。印象に残ったのは、著者がファシリテーターとしてコミュニティづくりのワークショップを進めていく過程で、著者自身に正しい方向や答が見えていたとしても、それを著者のほうから提案するべきではないという。ワークショップの参加者自身が議論をし、考え抜いて、ベストな選択にたどり着くよう誘導しなければならないという。これからの世界に求められる人材とは、たぶん、このような適性を備えている人ではないかと思った。
第6章は本書のタイトルになっている「まちの幸福論」。ここで著者は、地域社会の衰退は、生活者が、暮らしを維持するための努力を他者の手にゆだねてきたことが原因であるという。生活者自身の活動が外部化し、確かに暮らしは楽になり、便利になった。近所どうしが助け合い、支え合わなくても生活していくことはできる。しかし、その先には人と人のつながりの希薄な「無縁社会」が待っているという。著者は韓国のインチョン市のソンドという地域に世界で初めて誕生する「ユビキタス都市」を紹介する。究極のネットワークが、都市の隅々を覆いつくし、交通も、学習も、ゴミの収集も、高齢者の介護も、すべてがネットワーク化され、サービスとして提供される「いたれりつくせりの社会。高齢者が倒れても、床が反応して救急車が駆けつける…。これで人は本当に安心して暮らすことができるだろうか?と著者は問いかける。本書の帯にも書かれているが、最後に引用する。「コミュニティの活動、言い換えれば、人と人のつながりが機能するまちの暮らしは、住民ひとりひとりの『やりたいこと』『できること』『求められること』が組み合わさって実行されてこそ、初めて実現するものではないか。『できること』を他者に委ね、『求められること』を拒否し、『やりたいこと』だけに時間と労力を費やす人々の生活からは、成熟した豊かなコミュニティの姿を展望することはできない。」
自分の周囲を見ても、状況は悪化していると感じる。家族のつながり、地域のコミュニティ、そして仕事のコミュニティまでが希薄になり、失われようとしている。しかし著者の活動を知り、本書を読むと勇気づけられる。あとは、自分がどう動くかだ。