ふじいのりあき「ランニングの科学」


ランニングの本は色々読んだが、この本は異色の面白さ。著者は本田技研で自動車の開発や設計に携わるエンジニア。町内の駅伝に出場したのをきっかけにランニングを始める。凝り性のようで、一時は毎月600kmを走りこむシリアスランナーになり、練習し過ぎで身体をこわしてしまうほどのめり込む。著者がユニークなのは、入門ランナーなら誰もが感じるような素朴な疑問に、科学的&工学的アプローチで真剣に検証しようとするところ。「なぜ走り続けると足が石のように固くなるのか?」「ランニングの練習をせずにいきなりフルマラソンを走るとどうなるか?」「走っていると、なぜお腹が減るのか?」「歩くように走れば、楽に走れる?」これらの素朴な疑問に対して著者は様々な文献を調べ上げ、答が見つからないと、今度は仮説を立て、それを証明するために自分自身の身体や友人、編集者などを材料にして様々な実験を試みるのだ。著者のアプローチを見ていると、この人は人間の身体を「機械」のひとつとして見ているとしか思えない。実験はけっこう辛かったり、痛かったりするのだが、一向に気にしない風である。しかし、そこから出てくる結論は、けっこうまともだったりする。特にランニングフォームや走法の機械工学的なアプローチには説得力がある。運動生理学から機械工学まで、様々な理論や知識を駆使して論を展開する部分は、文系の僕にはついていけない部分もあるが、なるほど!と腑に落ちる箇所も少なくない。本書を読むと、ランニングやトレーニングの理論は現在も進化し続けており、完成した理論があるわけではないということが理解できる。シューズ選びにしても、一般に言われているのとは少し違ったポイントが語られる。ちょっと前に流行した幅広のソールや、土踏まずのアーチをサポートするシューズが、足に悪いかもしれないことなど、僕自身の実感に近い部分も少なくない。この本を読んで、即、タイムが短縮されるということはないと思うが、トレーニングやフォームづくり、用具選び等の参考になるような気がする。著者の文章には、理系?独特のユーモアがあり、読んでいて楽しいことも本書の特色である。
著者は本書以外にもスノーボードやスキー、ロードバイクでも同様の本を出している。次は「ロードバイクの科学」を読むつもり。自分的には本書の唯一の難点といえるのが本書のサイズ。B5版のムック形式なので、図解や表、写真などを数多く盛り込んであるのでしかたがないが、通勤中などに読むのは難しかった。そのせいで読むのに時間がかかった。