高城剛「不老超寿」

「ドローン」の次は「医療」かよ!

著者の高城剛にはいつも驚かされる。デジタルメディアのクリエイターとして活躍しているかと思ったら、突然、会社や財産をすべて処分して、世界中をLCCを駆使して移動する生活を送ったり、専用の炊飯器を持ち歩いて「発芽発酵玄米」しか食べない健康食生活を送ったり、ドローンに 1千万円以上つぎこんだり…。著者のことを信用できないという人もいるが、時代のトレンドをいち早く読みきり、それに合わせて自らのライフスタイルを素早く切り替えることで、したたかに生き残っていく才能は、なかなかのものだ。そして今回は、先端医療である。

超先端医療で「膵臓がん」が見つかった。

著者は1年ほど前、「最新のテクノロジーが医療をどう変えていくか」というテーマで、世界の医療の最先端の研究者や企業を取材して本を書こうとしていた。「デジタル技術がいよいよ生命科学と融合し、人類は新たな進化を遂げ、150歳まで生きられる時代が来たのではないか」と考えたのだという。取材のための1ヶ月にわたる米国滞在から帰国した直後、著者は、膵臓がんであると診断された。高額な最先端医療のひとつで、血液の中を流れるエクソソーム内のマイクロRNA(mi-RNA)を調べることでがんを発見できるミアテストという検査を著者自身が受けた結果だった。前年の前半に受けた人間ドックの腫瘍マーカーではまったく問題がなかったという。著者は、高精細のMRCPやエコーなど、がんを可能な限り「視覚化」できる先端技術を駆使して膵臓を調べることにした。膵臓がんは、自覚症状がなく、しかも奥まった位置にあるため、見つけるのが難しいという。しかも進行が速いことが多く、3ヶ月で倍のペースで大きくなっていくのだという。スティーブ・ジョブズ膵臓がんだった。可能な限り「視覚化できる」技術でも、著者の膵臓がんは見つからなかった。がん細胞が上皮細胞内に留まっている状態を「ステージ0」というが、著者の場合は、「ステージ ー1(マイナス1)」というべき超早期発見であった。ただし、このまま放っておけば、早ければ数ヶ月、遅くとも1年以内には発症すると診断された。著者は、本書を執筆しながら、治療を行い、膵臓がんの駆逐に成功する。

アンジェリーナ・ジョリーの選択。

 2013年5月、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは、遺伝子検査によって、乳がんのリスクが高い遺伝子変異が見つかり、予防のために両乳房を切除する手術を行ったと告白した。がんの抑制遺伝子であるBRCA1とBRCA2に変異があると、DNAの修復が適切に行われず、がんが発生する率が高まるという。彼女の場合、BRCA1に変異があり、担当医によると、将来的な乳がんの罹患リスクは87%、卵巣がんは50%と推定された。アンジェリーナの母親は卵巣がんで7年の闘病のあと、56歳の若さで亡くなっている。アンジェリーナは、その後、2015年に、卵巣と卵管を摘出する手術を受けている。遺伝子検査により、将来の病気のリスクを予測し、先回りして病気を防ぐ。米国のセレブの間では、そんな治療がもう始まっているという。著者は、米国で、さらに進んだ医療の実験が行われていると聞いて、早速、取材に出かける。

年齢を逆行させる。

米国のバイオベンチャー「バイオ・ヴィバ USA」社の最高経営責任者、エリザベス・バリッシュは、自らの身体で遺伝子治療の実験を行った。彼女が行った治療というのは染色体の先端にあるテロメアという構造を「伸ばす」治療であるという。テロメアは染色体の末端部分を保護しているキャップのようなもので、細胞分裂の度に短くなっていく。テロメアがある一定の長さまで短くなると、その細胞は分裂を停止する。つまり寿命を迎える。バリッシュは、テロメアを伸ばすことで20年ぶんの寿命を延ばしたという。彼女が若返りにこだわる理由は、彼女の息子が、わずか9歳で1型の糖尿病と診断されたことにある。一般的な2型の糖尿病と違い、自己免疫系の疾患で、将来にわたってインスリン注射を打ち続けることで症状を抑えることができるが、完治しないという。バリッシュは、息子の治療法を探るうちに、幹細胞を利用した治療法にたどり着く。彼女は、幹細胞を研究するバイオ企業と投資家をつなぎ、資金調達のマッチングをすることで、新たな治療法や薬剤の恩恵を受けるというものだった。しかし、投資家から「これが人間で本当に有効かどうか証明してほしい」という声が相次いだ。そこで彼女は、この治療法の治験を行うために、バイオ・ヴィバUSA社を立ち上げる。彼女自身に施術しようとしたのは、検査で彼女のテロメアが短いことがわかったためであるという。2015年、バリッシュは、施術に対してFDAの認可が降りにくい米国ではなく、南米のコロンビアで遺伝子治療を受ける。現在のところ100万ドル以上かかるという、その治療法は、成功を収めつつあるという。彼女たちが目標にしているのは永遠に生き続ける体をつくることではなく、20〜30代の若いうちに、この治療を受けることで健康な状態を維持し、老化によって生じるアルツハイマー病などの病気を撲滅することであるという。

日本で受けられる「3つ星!最先端医療」

第2章では、著者自身が「世界中の研究機関やクリニックを回り、実際に大枚をはたいて、受けて判定した、効果的かつ誰でも日本で受けられる『3つ星!最先端医療検査』をまとめた」もの。第1章の「米国の先端医療事情」に比べると、インパクトにかけるが、かなり身近な内容。分子栄養学に基づく「栄養分析プログラム」から、遅発性の食物アレルギーを調べる「IgG検査」、体内年齢を調べる「酸化抗酸化検査」、腸内細菌を調べる「腸内フローラ検査」、「24時間ステロイドホルモン代謝検査」と「唾液コルチゾール検査」、「有機酸検査」と「SNP検査」、「有害重金属検査」、「LOXインデックス検査」「MGC検査」「有毒勇気化学物質検査」「ミルテル検査などを紹介。

がんを早期発見、ミルテル検査。

この中で、僕がいちばん興味をもったのは、著者自身の膵臓がん発見につながった「ミルテル検査」。これは、テロメアの長さを測ることで遺伝子の強度を調べる「テロメアテスト」と、血中のエクソソームのmi-NRAを調べてがんを発見する「ミアテスト」を組み合わせた検査。現在、100%に近い精度を誇るのは、乳がん膵臓がん、大腸がんの3種類のみだが、肺がん、胃がん、肝臓がん、頭頸部がん、子宮がんなども85〜90%の精度がある。一般的な人間ドックで受ける腫瘍マーカーの精度が50〜60%であることを考えると驚異的な数字だという。

高濃度ビタミンCの点滴で膵臓がんを治療。

第2章の最後に、本書の冒頭でも語られている、著者自身の、膵臓がんの発見から治療までの経験が語られる。著者の場合、多い時は年70回に登る海外渡航で、高高度を飛ぶ国際線での被曝も無視できないという。そこで、著者は執筆以外の仕事を即座にやめることにしたという。適度な運動を維持し、電車と船旅を楽しみ、ストレスを徹底的に軽減することにしたという。そして唯一受けた治療が高濃度ビタミンCの点滴だった。化学名「L-アスコルビン酸」を、1日の摂取量の過剰といわれる量の20倍から100倍の量を直接血管内に注入する治療法だという。2005年に、米国立衛生研究所から「L-アスコルビン酸は、選択的にがん細胞を殺す」という研究結果が出ているという。その一方で「効果は懐疑的だ」という医師もいるという。著者は、抗がん剤と違い、製造パテントの切れたビタミンCでは、もうからない製薬会社のネガティブキャンペーンではないかと推測している。著者は、人体実験を兼ねて、自分自身でおよそ3ヶ月集中的に高濃度ビタミンC点滴を続けてみたという。3ヶ月後、再度、ミルテル検査を受けてみると、膵臓がん発症リスクは大きくレベルが下がり、テロメア年齢も10歳も若返っていたという。

「あなたのDNAがわかります」というチラシ。

第3章では、著者が予測する医療の未来の話。わずか15年前、人間の遺伝子を含む全ゲノム解析を行った時のコストが3000億円を超えていたのに、今では、わずか数千円で「あなたのDNAがわかります」というチラシがポスティングされているという。このような安価に受けられるDNA検査は、「マイクロアレイ」と呼ばれる一世代前の技術を利用しているからだという。「マイクロアレイ」は、これまでの遺伝子解析結果に基づき、遺伝子型と体質が統計的に有意であると判明している部分を主に検査する。これに対してDNA配列をすべて検査し、その人が持っている遺伝子型のすべてを明らかにするのが「次世代シーケンサー」である。「次世代シーケンサー」によって、個人の全ゲノム解析が実現すれば、現在はもちろん、第1章のアンジェリーナ・ジョリーのように、将来にわたって罹患しやすい病気や、個人に合わせた最適な治療法(オーダーメイド医療)が可能になるという。2017年初頭現在、次世代シーケンサーを使った検査は20万〜30万円程度すると。米国のバイオベンチャー、イルミナ社は、全ゲノム解析を11万円というコストで実現しているという。

IT業界が医療界へ進出。

2017年1月のCESでは、これまでにない新しい潮流が出現していた。ひとつは「電気自動車」であり、もうひとつは「ヘルスケアと医療」である。スマートフォンという、超高性能のネットワークコンピュータを終日身につけているようなライフスタイルが実現したため、ちょっとしたディバイスを身に着けるだけで、24時間のフィジカルデータが採取可能になった。まず普及してきたのはスマートウォッチや活動量計だ。体温、心拍数、歩数などのデータが、スマートフォンに送られ、スマーフォンからさらにクラウドに送られ、即時に分析が行われ、再び、端末に戻ってくる。中には日々の呼吸から睡眠、脳波までフォローして24時間アドバイスするサービスもある。このような身体データを記録するディバイスは、運動や生活習慣をチェックするために使用されているが、現在では、医療機関に浸透し、院内外の患者の動向を24時間チェックできる体制を整えている病院やクリニックが増えてきたという。さらに、身体情報のデジタル化やクラウド化は、顧客が施設を訪れず、オンラインで24時間ケアされる、そんなサービスや取り組みが行われるようになるだろう。音楽配信同様、医療も、近い将来、月額定額のようなサブスクリプションモデルになる可能性があるという。

がんはソフトウエアのバグ?

2016年、マイクロソフトは「がんは、コンピュータウィルスのようなもので、コードを読み解くことで解決できる、そして人工知能を使った、新たなヘルスケアへの取り組みを開始する」とアナウンスした。IBMは「ワトソン・フォア・オンコロジー」というプロジェクト名で、AIによるがん治療のプログラムを実施している。グーグルの出資で2006年に創業された「23アンドミー」は個人向けの遺伝子情報サービス(PGS:Personal Genome Service)企業で、検査1項目あたり約161円という、従来の遺伝子検査の約50分の1という低価格で提供した。低価格の理由は、集めたDNAをサンプルとして遺伝子研究に利用することが大前提だった。23アンドミーのサービスは順調に見えたが、2013年、FDAが、同社のサービスが、FDAの安全性基準を満たしていないと、同社の遺伝子検査キットの販売中止を命じた。このほかにもHIVの検査ができるUSBデバイスや、体内に埋め込んで、生体情報をモニターするスマートステッチズなど、デバイスも進化を遂げている。CESではリアルタイムで血糖値がわかるスマートウォッチも数社から出店されていたという。

量子医療の時代へ?

量子コンピュータの実用化が近づいているように、医療も、ニュートン力学の時代から次の段階へ進もうとしていると著者は言う。量子力学から波動、チャクラまで登場する最後の「メタトロン」の話は、ぶっ飛びすぎて、僕には理解できない。

「超ホモ・サピエンスの時代へ」

著者は「おわりに」で、イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」の最終章に言及。「われわれサピエンスは、生命の設計図であるDNAをある程度自由に扱える能力を手に入れたので、一動物を脱し、これからは自然の偶然に身を任せる存在とは異なるステージに入る」というハラリの考え方はおそらく正しい、と著者は言う。