いやあ面白かった。400ページ近いボリュームにも関わらず、一晩で読了。本書の内容は、2013年にNHKの番組で放送されたものと同じだと思うが、残念ながら見逃している。文庫になって購入したが、この内容なら単行本で買ってもよかった。
写真「崩れ落ちる兵士」の謎。
「死の瞬間」または「崩れ落ちる兵士」と呼ばれる写真がある。1936年、スペイン内戦において、共和国軍の兵士が反乱軍に頭部を撃たれて倒れる瞬間を捉えた、あまりに有名な写真である。無名の青年だったキャパを一躍有名にしたこの写真は、ピカソの「ゲルニカ」と並んで、ファシズムとの戦いのシンボルとされるようになる。それにも関わらず、この写真が、いつ、どこで撮影されたのか、撃たれた兵士は誰なのか、という詳細が一切不明。キャパ自身も、この写真についてほとんど何も語っていないため、多くの謎が残されたままであった。後に、場所についてはコルドバのセロ・ムリアーノとされ、兵士についても、歴史家が、身につけていた弾薬入れから個人名を特定し、一応の決着がついたとされている。しかし、あまりに完璧に死の瞬間を捉えていることや、兵士の頭部に負傷が見られないことから、写真の真贋が問題になっていた。その後、バスク大学の教授が、撮影された場所が、セロ・ムリアーノではなく、56km離れたエスペホであることを発見する。そのエスペホにキャパが滞在していた間、戦闘は起きていないことが判明している。つまり「崩れ落ちる兵士」は実際の戦闘で死んだのではなく、演習中に転んだか、キャパたちに頼まれて、撃たれるポーズをしているだけではないか、という疑惑が生まれてきたのである。また、キャパが使っていたライカでは、残されている写真の縦横比は不可能で、一緒に行動していたゲルダが持っていたローライフレックスによって撮影されたという可能性も浮上してきた。この写真は、本当にキャパが戦場で撮影したものなのか。キャパの伝記を翻訳したこともある著者は、この世紀の謎解きにもう一度挑戦してみようと決意する。関係者に取材したり、現地に何度も出かけていったり、軍隊経験のある作家の大岡昇平に取材したり、ライカに詳しいカメラマン田中長徳に相談したり…。著者は、気の遠くなるような推理と検証を繰り返しながら真実に近づいていく。それを読むのは、よくできたミステリーを読むようなスリルと感動がある。これ以上内容に踏み込むとネタばらしになるので書かないが、著者がたどり着いた「崩れ落ちる兵士」をめぐる結論は驚くべきものだ。
「十字架」の意味。
この写真は、よくも悪くも、その後のキャパの人生を決定づけてしまう。キャパは、その後も、憑かれたように危険な最前線に飛び込んでいく。まるで「崩れ落ちる兵士」を超える戦争写真を撮ろうとしているかのように…。女優、イングリッド・バーグマンと恋をするが結婚には至らず、戦場へと還っていく。1954年5月、第一次インドシナ戦争の取材中に地雷に触れ、死亡。本書の中で、キャパは、生涯自宅を持たず、ホテル暮らしだったことが紹介されていて、興味深い。著者が、キャパが撮影した場所をたどる「キャパへの追走」も読んでみよう。