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半藤一利 宮崎駿「腰ぬけ愛国談義」

8月になって、日記を一度も書いていない。本を読むペースはいつも通りなのだが、ちょっと手強い本に遭遇してしまい、感想を書きあぐねている内に、ひと月近くが過ぎてしまった。その本は「オウム真理教」についての本なのだが、感想をまとめるのは、もう少し時間がかかりそう。そこで別の本の感想を書くことにした。
NHKEテレの「SWITCHインタビュー 達人達」という番組で宮崎駿半藤一利が対談していた。けっこう面白かったのだが、放送された内容が「風立ちぬ」とジブリ作品周辺に限られていたので、食い足りない感じがあった。昭和の語り部と言われる半藤一利と、「風立ちぬ」で「戦争の時代」を正面から描いた宮崎駿が対談するのだから、もっとディープな内容が語られたはずだ。そう思っていた矢先に本書が出た。テレビの放送から1カ月も立っていない異例の早さでの出版だ。対談は、「風立ちぬ」の上映前と上映後の2度に分けて行なわれた。案の定というべきか、二人の話は、風立ちぬをはじめとするジブリ作品だけでなく、あちこちに飛んでいく。「風立ちぬ」そのもの話は意外に少なく、それを期待して読むとがっかりするかもしれない。二人とも漱石が大好きという共通点から話が盛り上がり、かなりディープな漱石論が展開される。宮崎は漱石の作品では「草枕」が一番好きであるそうだ。話題は、漱石の話から、戦前の東京や墨田川の様子、お互いの両親の話、マニアックな飛行機の話、軍艦の話など、実に多岐にわたっていて、読み応えがある。宮崎アニメファンでなくても楽しめると思う。
巨匠がたどりついた境地。
僕が本書を読んで一番よかったと思うところは、最後のほうで、最近の宮崎駿の境地というのか、思いがしっかり語られている部分だ。たとえば以下のような発言。
「若い人たちはやたら『不安だ、不安だ』と言うんですが、僕は『健康で働く気があれば大丈夫。それしかないだろう』と言い返しています。『不安がるのが流行っているけど、流行に乗っても愚かなる大衆になるだけだからやめなさい』と。『不安な時は楽天的になって、みんなが楽天的なときは不安になれ』とね。よくわかんないけど(笑)」
「となりに保育園ができていちばん得しているのは実は僕なんですよ。どんなに陰々滅々としていても、子どもたちの顔を見ると、『よしっ、気を取りなおさなきゃ』と思うんですよ。『君たちの未来はまっくらだ』なんて言えませんから。これに応えて半藤一利は、「だから年金のためなんかじゃなく、自分たちがちゃんと生きていくために、そして将来をたくすために子供を抱えてほしい。」宮崎は「で、苦労したほうがいい。消費生活だけしていたって、ろくなことはないですよ。そう思いませんか?(中略)困るときはみんなで困るしかないんです。オタオタするなら、みんなで一緒にオタオタするしかない。」
「このアトリエは、樹を切らないですむように家を建てたんです。それで10年ちょっとですけどまわりはこんなに鬱蒼として木はこんなに高くなっちゃいました。(中略)何が言いたいかといいますと、日本という国は木を植えれば簡単に育つんだということなんです。(中略)若い時は木を切ってほしくないと怒っていましたが、年を取ってきたら、切られても木はまた植えられると思えるようになってきました」
これらの思いは、50年にわたってアニメを創り続け、多くのヒット作品を送り出してきた巨匠が、たどり着いた「境地」だと思う。最後の、日本という「持たざる国」が唯一持っている資源が「水と緑」であるという認識。それは最近読んだ別の本でも主張されていた考え方だ。昔から宮崎アニメは、何だか説教くさくて好きではなかったが、「もののけ姫」の辺りから、説教臭さが薄れて、普通に共感できるようになった。「風立ちぬ」でも「生きねば」というキャッチフレーズに押し付けがましい説教くささを感じて、観るのをためらっていたが、映画そのものには、そんな説教くささはなかった。しかし、本書を読んで、巨匠の思いを知ると、「生きねば」というメッセージが、素直に受け止められるようになったと思う。「生きろ」「生きねば」というメッセージは、「風の谷のナウシカ」以降の宮崎作品を貫く巨匠の強い思いなのだと思う。