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伊藤計劃「虐殺器官」

もう十数年前のことである。当時の写真週刊誌に、ボスニア紛争の写真が掲載されていた。カメラが捉えていたのは虐殺で犠牲になった「人間の骨」だった。記事には「憎悪のあまり、殺すだけでは足りず、肉を骨から削いだ。」とあった。思わず背筋が冷たくなったことを憶えている。肉をそぎ取らずにはいられない憎悪とは、いったいどのような憎しみなのだろう。ナチスホロコーストカンボジアクメール・ルージュ、そしてルワンダ…。人類の歴史の中で、執拗に繰り返される「大量虐殺」。それは、なぜ起きるのか。その時以来、「ジェノサイド」は、自分にとって最も重要なテーマのひとつになっている。本書のテーマは「虐殺を生み出すものは何か?」という問いかけである。
バイオとナノテクが支配する未来の産業、そして戦争。セキュリティ・ネットワークが全地球を覆い尽くしたID社会。民間企業が請け負う戦争。それらは魅力的なディテールではあるが、本書の中心テーマではない。
舞台は、9.11以後、セキュリティネットワークが世界中を覆い尽くし、先進国からテロは一掃されたかたに見えた未来。その一方、途上国では紛争が頻発し、大量虐殺が繰り返されていた。それらの虐殺すべてに一人のアメリカ人が関係していたことが判明する。米軍の特殊部隊の隊員である主人公は、その男の追跡を命じられる…。

設定は申し分ない。ストーリー、世界観も文句なし。文章力もある。初長編にもかかわらず多くの賞の候補になり、受賞しただけのことはある。しかしどこか凄みに欠けるのだ。テーマはとてつもなく重く、深刻なのに、読んでいて何ともインパクトが弱い。虐殺の世界に飛び込んでいくのは「地獄の黙示録のような未来の地獄めぐり」になるはずなのに、こわくないのだ。最後の戦闘で、痛みの感覚や感情をコントロールされた未来の兵士どうしが戦う場面が描かれる。戦闘で、腹から下を失っても平静に通信し、戦い続ける主人公の部下たちの描写は、ある種の「悪夢」であると思う。しかし「虐殺器官」とは何か?それは、どのように人間を狂気に駆り立てていくのか?という、肝心の部分が描かれていない。人間を虐殺に駆り立てるのは「言葉」だという。「虐殺器官」とは「虐殺の文法」のことであるという。それは、どのような文法なのか…。そこにSF的なアイデアを持ち込んでもいいのだが、表現は、もっと突っ込んでほしかった。虐殺の狂気が人々に伝染し、拡がっていく戦慄を描いてほしかった。たぶん作者自身も、そこの部分はよくわかっていたと思う。

本書を読みながら、「あ、作者はあの本を読んでいるんだ」と思う部分が何カ所もあった。そんな読書体験は、めったにないので、とても不思議な感じがした。同じ読書傾向なのだろうか?作者が読んだと思われるのは、
アルバート・ラズロ・バラバシ「新ネットワーク思考ー世界のしくみを読み解く」
フィリップ ゴーレイヴィッチ「ジェノサイドの丘」
リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子
ライアル・ワトソン「ダーク・ネイチャー」
高木 徹「 ドキュメント 戦争広告代理店—情報操作とボスニア紛争
ティスゴールドシュミット「ダーウィンの箱庭ヴィクトリア湖 」など。
他にナチスホロコーストカンボジアクメール・ルージュポーランドカティンの森事件」などの書物や資料を読みあさったに違いない。

しかし、この作者が小説家であったのは、わずか2年。3冊の長編と短編2編を残して、2009年3月、34歳の若さで逝ってしまった。作者が、このテーマをさらに掘り下げてくれるる可能性は、永遠に失われてしまった。