読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

数多久遠「深淵の覇者」

大好きな海戦&潜水艦モノ。

舞台は、尖閣諸島付近や沖縄トラフなど東シナ海。著者は航空自衛隊の元幹部自衛官。帯に「これはただのフィクションではない。警告の書だ!」とあるが、「尖閣諸島をめぐる日中の紛争」という点では、設定にリアリティが足りず、かわぐちかいじの「空母いぶき」のほうが説得力がある。しかし海戦モノ、あるいは潜水艦どうしの戦闘という点では、半端じゃないリアリティとスリルがあり、読み応え充分。僕の中での本書の位置づけはハイテク軍事スリラー。トム・クランシー「レッドオクトーバーを追え」から始まったジャンルだ。土日で一気に読んだ。

新型ソナー兵器と5年前の潜水艦事故。

2016年、防衛省技術研究本部が開発した新型ソナー兵器「ナーワルシステム」の完成が近づき、そうりゅう型潜水艦「こくりゅう」での実用試験が始まろうとしていた。開発の中心である防衛省の技官、木村美奏乃は、システムに細工を施し、自分が「こくりゅう」に載らなければ試験が行えないようにしていた。彼女は、5年前の潜水艦事故で恋人の橋立真樹夫を亡くしており、その事故の真相を探ろうとしていた。その頃、中国では人民解放軍に動きがあり、海軍が何らかの軍事行動を目論んでいるとの情報が入ってきた。「こくりゅう」がナーワルシステムの試験を続けている頃、尖閣諸島に中国駆逐艦「石家荘」が接近。日本政府は海自の護衛艦「あきづき」を派遣する。魚釣島近海で国籍不明の潜水艦を追跡していた「あきづき」が消息を断つ。「こくりゅう」は実用試験を中止し、尖閣諸島へ向かう。

「見えない潜水艦」VS「最速潜水艦」

潜水艦「こくりゅう」が実用試験を行っている「ナーワルシステム」は、オーディオのノイズキャンセルと同じく、敵艦から照射されたアクティブソナーを検出し、それと逆位相の音を発して音を消すシステム。ナーワルシステムが機能している間、敵の艦船や対潜航空機からは位置が特定できず、「見えない潜水艦」として、戦闘で優位に立てる。この「こくりゅう」と戦う中国の潜水艦は、ロシアのアルファ級原潜に改造を加え、60ノットというありえないような高速航行を実現した「長征十三号」。魚雷でも追いつけないほどの高速移動により、戦闘をリードする「最強の潜水艦」を自負する艦である。この「見えない潜水艦」VS「最速潜水艦」の戦いが本書のクライマックスである。

女性総理の決断。

中国は、空母遼寧」を核にした機動部隊を尖閣諸島に派遣することにより領海権を主張しようとするが、日本の御厨首相(女性)は、「遼寧」を撃破することにより中国軍の意図を阻止することを決意。「こくりゅう」の艦長、荒瀬に空母攻撃を命じる。

潜水艦事故の謎。

5年前の事故の真相を探ろうとする美奏乃は、事故が起きた潜水艦の副長であった荒瀬に接近する。海自の発表では、潜水艦「まきしお」は海溝壁に衝突し、その損傷で魚雷室に浸水し、そこにいた水雷長の真樹夫が溺れ死んだことになっていた。しかし真樹夫の遺体には、全身に打撲の傷があり、単に溺死では説明がつかなかった。美奏乃は、真樹夫の弟で、兄と同じ潜水艦乗りになっている嗣夫の協力を得て、事件の真相に近づいていく。

息詰まる戦闘シーン。

本書の面白さは戦闘シーンのリアリティと迫力に尽きると思う。海戦、潜水艦戦を描いた小説は数多く読んできたが、海外作品でもここまでの迫力は表現できていないものが多い。新しい才能の出現だと思う。著者の前作「黎明の笛」も読んでみよう。