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映画「夢と狂気の王国」

攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers」をレイトショーで観るつもりだったが、ちょっと時間が合わず、「夢と狂気の王国」を観ることにした。内容もほとんど知らず、監督の砂田麻美という女性のこともほとんど知らなかったので、あまり期待せず、退屈だったら途中で出るつもりでいた。ところが見ているうちにぐいぐい引きこまれて、気がついたら2時間弱の時間が経っていた。この異様な面白さは何だろう。感想を記しておこう。
面白さの秘密は宮崎駿鈴木敏夫、二人の人物のキャラ。
それしかないと思う。砂田監督のお手柄は、この二人の懐深くに飛び込み、半ば空気のような存在になって、二人の日常を撮り続けたことだろうか?砂田監督が時折発する質問とかは、ほとんど何の役割も果たしていない。宮崎/鈴木は、二人とも饒舌なので、次から次へと面白い話が飛び出してくる。砂田監督は、適当に相槌を打つだけである。美術館などを合わせると全体で400名のスタッフが働くというジブリのスタジオだが、この映画で描かれると、数十名ぐらいのこじんまりとしたスタジオのように感じられる。宮崎とスタッフは、ここでラジオ体操をし、弁当を食べ、煙草を吸いながら「風立ちぬ」を創り上げていく。その様子を、周囲の自然や町並み、ジブリに住み着いた猫などともに女性監督らしいキラキラした映像で淡々と描いていく。宮崎駿が絵コンテを書いている窓の外では、菅直人選挙カーから演説が流れてくる…。
垣間見る、ジブリの狂気。
この映画が、そこだけに留まっていないのは、宮崎駿をはじめとする人々が時折覗かせる怒りや絶望、憎しみの表情のせいだろうか。別のスタジオで「かぐや姫」を制作している高畑勲について、宮崎駿が口にする「彼は性格破綻者ですから」という冷水を浴びせるような言葉。「かぐや姫」のほうのスケジュールが遅れ、「風立ちぬ」との同時公開がほぼ不可能になった時、鈴木敏夫が見せるいらだちや落胆の様子も生々しい。この映画のプロデューサーである川上量生と息子の宮崎吾朗が口論をしていて、間に入った鈴木敏夫がふたりを宥めようとしているシーンなど、ジブリの内部の空気が、決して映像のように穏やかでないことを示している。かなりお疲れさまな感じの女性スタッフが、「自分の中に守りたいモノがある人は、宮崎駿の下では働けない。自分を捨ててでも、彼の下で働きたいという人しかダメなの」と語る。「風立ちぬ」の主人公の声優に庵野秀明の名が上がった瞬間の、キャスティングのスタッフの戸惑った表情…。さらに、ジブリの将来について聞かれた宮崎駿は「立ち行かなくなるのは見えています」と断言する。400人ものスタッフを率いる人物がそう断言するのだ。宮崎の危機感は根深く、深刻だ。それを聞かされるジブリのスタッフたちはどう感じているのだろう。
年を取るほど、いい顔になる二人。
映画の後半で、宮崎駿高畑勲鈴木敏夫が出会ったころの映像が挿入される。50年前に出会った宮崎と高畑、30年前にそこに加わった鈴木…。20代、30代の頃の彼らの姿は、若い。僕には、なぜか、昔の彼らより今の彼らのほうが「いい顔」に見える。オタクっぽくて、我が強そうなオヤジの宮崎駿、妙に神経質で不機嫌そうで、あまり感じのよくない鈴木敏夫。二人ともあまり付き合いたくなくない人物のように感じられる。高畑勲だけは、若い頃のほうがさっそうとしていて、ダンディーだ。宮崎も鈴木も、現在に近づいてくるほど、いい顔になってくるのは、なぜだろう。ヒゲのせい?それはたぶん、こういうことなのだと思う。衰退しつつあると言われるアニメ業界の中で、時代や世界と格闘しながら、マンネリに陥らず、オリジナリティあふれる劇場アニメを創り上げ、成功させてきた達成感と自信が、二人の顔に表れているのだろう。特に鈴木敏夫は、宮崎駿高畑勲という、途方も無い怪物二人を巧みに操り、数多くの作品を創り出してきた実績と、どんなに困難な問題でも解決してみせるという自信が表れている。この二人に比べると、高畑勲の顔は、普通の頑固なオヤジにしか見えない。
クリエイターは観ておいたほうがいい。
この映画を観て、多くの刺激を受けた。時代と格闘しながら、新しいモノを創り出していく現場の、ヒリヒリするような空気感が伝わってくる。70歳を越えて、なお新しいテーマに挑戦しようとする巨匠の格闘。巨匠の天才に押しつぶされてしまいそうなスタッフのプレッシャー。宮崎と高畑、二人が持っている才能や情熱を知り尽くし、それを猛獣使いのように操り、何とか作品を生み出そうとする鈴木敏夫の闘い…。ここには創作にかかわる者が忘れてはならない多くの真実が描かれていると思う。