中井久夫「いじめのある世界に生きる君たちへ」いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉

いじめに苦しんだ経験がある高名な精神科医による、奇跡のような本。

前回のエントリー中野信子「ヒトは『いじめ』やめられない」のレヴューを読んでいて、見つけた本。著者は、高名な精神科医中井久夫。本文は100ページ足らず。文字も大きくて、文章もやさしく、小学校の高学年なら読めるレベル。大型書店で購入し、帰りの電車の中で、30分ほどで読み終えた。そして、ほんとうに驚いた。「いじめ」について、これほど平易に、これほど短く、それでいて、これほど高い精度で書かれた本を読んだことがない。すべてのいじめられている子どもたちに、この本を読ませてあげたい。

著者には「いじめの政治学」という論文があり、本書は「僕の論文を子どもが読めるようにしたい」という著者の願いから生まれた本だという。著者は、戦時中にいじめを受けたことがあり、数十年経った初老期まで、いじめの影響に苦しんだという。そんな著者による「いじめ」の考察は、やさしい言葉で語られていても、読んでいて、息苦しくなるほど、生々しく、恐ろしい。

著者によると、いじめはとは、他人を支配し、言いなりにすることであるという。そこには他人を支配していくための独特のしくみがあり、それはなかなか精巧にできているという。うまく立ち回ったり、力を見せつけたり、いじめをめぐる子どもたちの動きは、大人もびっくりするぐらい「政治的」だという。いじめが進んでいく段階を、著者は、「孤立化」「無力化」「透明化」という3つの段階で説明する。そして、このプロセスは、人間を奴隷にしてしまうプロセスだという。この本は、究極ともいえる簡潔さで書かれているので、内容を要約するのは愚の骨頂だが、「透明化」の中の、ほんの一部分だけを引用してみる。

「このあたりから、いじめはだんだん透明化して、まわりの眼に見えなくなってゆきます。『見えなくなる』というのは、街を歩いているわたくしたちに繁華街のホームレスが『見えない』ようにです。あるいはかつて善良なドイツ人たちに強制収容所が『見えなかった』ようにです。」

「しかし、何より被害者を打ちのめすのは、自分が命がけで調達した金品を、加害者がまるでどうでもいいもののようにあっという間に浪費したり、ひどい場合、燃やしたり捨てたりすることです。被害者が一生懸命やったことも、加害者にとってはゼロみたいなものだと見せつける行為です。」

いじめの被害者や親が、いじめのプロセスを理解するだけで、いじめに対する態度が大きく変わってくると思う。ぜひ手に入れて読んでほしい。本書の元になった論文「いじめの政治学」は、著者の第三エッセイ集「アリアドネからの糸」に所収。

 

中野信子「ヒトは『いじめ』をやめられない」

「いじめ」の報道がいっこうになくならない。「いじめ」が明らかになるのは、多くの場合、いじめに遭った被害者が自殺するなど、最悪の事態になってからである。そして学校側は、判で押したように「いじめの事実は認められない」と発表。それに満足できない親が、教育委員会などに訴え、第三者委員会が設置され、再調査の結果、いじめがあったことが明らかになる。?なぜ、いつも同じようなプロセスが繰り返されるのか?   いじめを根絶することはできないのか?  脳科学者である著者が、「いじめ」をどのように解き明かしてくれるのだろう?  著者の本を読むのは「サイコパス」に続いて2作目。

「いじめ」は種の生存のために、脳に組み込まれた「機能」。

著者は冒頭でいきなり、結論らしき仮説を語る。「実は『社会的排除』は、人間という生物種が生存率を高めるために、進化の過程で身につけた機能ではないか。」

脆弱な肉体しか持たないヒトは、集団を作り、協力しあうことによって種を生存させてきた。集団にとって最も脅威となるのは、集団の和を乱す異分子である。この異分子を見つけ出し、排除するために、ヒトの脳には進化の過程で「裏切り者検出モジュール」が組み込まれるようになり、異分子に対する「制裁(サンクション)が発動される仕組み」が出来上がってきたのである。そして、これらのシステムは、いくつかの脳内物質の働きによってコントロールされているという。

仲間意識を高め、排他性を強める脳内物質、オキシトシン

愛情ホルモンとも呼ばれる神経伝達物質オキシトシン」は、分娩や授乳の際に多く分泌されるが、男女を問わず、スキンシップや、名前を呼びあったり、相手の目を見て話すことでも分泌される。愛する人や仲間と一緒に過ごしたり、仲間と握手したり、肩を組んだりすると、愛情や仲間意識を感じるのは、オキシトシンの作用である。しかしオキシトシンによって、仲間意識が強まるいっぽう、異分子を峻別する排除意識も強くなるという。仲がよい集団ほどいじめが起きやすい逆説は、オキシトシンの作用によるのだ。著者は、仲間意識と敵愾意識がどのように生まれるかを、有名な「泥棒洞窟実験」を例にあげて紹介する。

泥棒洞窟実験とは。

1954年、アメリカの社会心理学者、M.シェリフらが行った実験である。9歳から11歳までの少年を2つのグループに分け、互いの存在を知らせずに、キャンプ地である泥棒洞窟の、少し離れた場所でキャンプを行う。最初の1週間は、それぞれのグループでハイキングなど野外活動を行わせる。これによってグループ内の結束が強くなり、仲間意識が生まれた。その後、もうひとつのグループが近くでキャンプしていることを知らせ、2つのグループで綱引きや野球など、互いに競い合う競技を行った。その結果、グループ内では仲間意識が高まったが、相手のグループに対して敵対心を持つようになり、競技中に相手グループの悪口を言ったり、相手を攻撃するようになったという。実験では、2つのグループの敵対関係を解消するために、一緒に食事をさせたり、一緒に映画を鑑賞させたりしたが、食事中に喧嘩を始めてしまうなど、対立関係が解消することはなかった。2つのグループの関係に変化をもたらしたのは、キャンプに必要な飲料水のタンクを共同で修理させるなど、どうしても2つのグループが協力しなければならないという状況を作り出し、力を合わせて作業するという経験をさせることだった。この実験が示すのは、集団において、いじめの原因となる「仲間意識」や「排外感情」が、状況によって、実に簡単に発生したり、解消したりするということ。

安心ホルモン、セロトニン

いじめに関わるもうひとつの脳内物質がセロトニンである。セロトニンは安心ホルモンとも呼ばれ、このホルモンが多く分泌されると安心感やリラックス状態を作り出される。逆に不足すると、不安感が生まれ、リスクを回避しようと、行動が慎重になり、周囲の人の意見に同調しようとする。このホルモンに関わる遺伝子型の調査で、日本人は、もっとも同調性が高い遺伝子型を持っていることが判明している。このことから、日本人は、集団の同調への圧力が強く、いじめに加担しやすいという。

いじめることは快感である。ドーパミンの作用。

3つ目が脳内麻薬ともいわれるドーパミン。この物質は、セックスや食事をした時に分泌される。つまり個体や種の生存につながる欲求が充たされた時に分泌される物質だが、集団を守るために、ルールに従わない者に制裁を加えるという、正義達成欲求や、所属集団からの承認欲求が充たされた時にも、放出されるらしい。いじめの始まりは「間違っている人を正す」という気持ちから発生するという。そして「お前は間違っている」という気持ちで制裁を加え、「自分は正しいことをしている」と感じることで快感が得られるのだ。いじめが発生し、集団の中に拡大していくと、制裁がどんどんエスカレートしていくのは、脳内麻薬の作用によるものだ。ネットの炎上が、わかりやすい例だという。誰かが少しでもポリティカル・コレクトネスから逸脱したと見なされると、みんなで寄ってたかって叩きに行く。あの人は共同体のルールに従わない人なので、攻撃してもいいのだというお墨付きを自分は得ているのだと思い込み、ありとあらゆる激しい言葉を使って相手を痛めつける。ネットの社会で、炎上がこれほど起こるのは、どんなに過激な言葉を使っても、匿名性があることでリベンジされるリスクが低いからだという。

「いじめ」は深化する。スタンフォード大学監獄実験。

著者は、いじめがエスカレートしていく実験を紹介する。1971年に心理学者のフィリップ・ジンバルドーは、大学の地下実験室を改造し、刑務所を作った。そこに新聞広告で集められた、互いに面識のない大学生など、21人の被験者によって行われた。被験者は「看守」役と「受刑者」役の2つのグループに分けられ、それぞれの役を演じさせた。一見、お遊びのように思えるが、翌日になると、受刑者には受刑者らしさが現れ、看守は、看守らしく振舞うようになった。恐ろしいことに、受刑者は従順に、看守は強権的になり、その行動はどんどんエスカレートしていったという。看守役は、命令に従わない受刑者役に対して、腕立て伏せなどの罰を与えたり、食事を与えないなど、役割を越えて、虐待を加えるようになっていったという。監獄の様子はモニターされ、ジンバルドーは状況をすべて把握していたにも関わらず、実験を止めることができなかった。実験6日目にジンバルドーの恋人であった心理学者が見学に来て、あまりにひどい状況にショックを受けて、実験を中止させたという。

いじめられやすい人。

第3章では、著者は、いじめの傾向を脳科学の視点から分析していく。第1節では「いじめられやすい人の特徴」をあげる。主に暴力を伴ういじめを受けやすい人として「体が小さい人」「体が弱い人」「太っている人」「行動や反応が遅い人」をあげる。これはサンクションを行う際に、身体的に弱く、リベンジが少なそうな人を選んでいるということ。身体的な特徴でなく、人柄、性質といった内面的な特徴としては、「大した意図もなく、集団の和を乱す言動をとってしまう人」「まじめで一人だけ正しい指摘をするがゆえに、みんなの楽しい雰囲気を台無しにしてしまう人」など、いわゆる「空気の読めない人」。また「一人だけ得をしているように見える人」も、妬みからいじめに発展していく。「妬み」の感情は、互いの関係において「類似性」と「獲得可能性」が高い時に強くなるという。類似性とは、性別、職種、趣味嗜好などが似通っていること。獲得可能性とは、相手が持っているものに対して、自分もそれらを得られるのではないかとおいう可能性。例えば自分と同等、もしくは僅差と思われる人が、自分には手に入れられないものを手に入れ、また自分が届かなかったレベルに相手が届いてしまった時に、妬みの感情が生まれる。価値や年齢が全く違う人、努力しても追いつけないほどの天才、手が届かないほどの権力者や、超のつくお金持ちの子などは、類似性も獲得可能性も低いため、妬みの感情は生まれない。しかし、学校は、通う目的も年齢も同じ子が集まり、そこで均一の教育を受けるため、そもそも「類似性」「獲得可能性」が高い人間関係であるという。そのほかにも」外国にルーツのある人や性的マイノリティの人に対する偏見、差別からいじめにつながるケースもある。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによる、日本の学校におけるLGBTの子供に対するいじめについての調査によると、学校でのLGBTへの暴言を経験した人は86%にのぼり、そのうち、「教師が言うのを聞いた」と回答した人は約3割もいたという。

テストステロンといじめの関係。

いじめは、小学校高学年から中学2年に過激化するという。著者は、いじめと年代の関係を裏づけるデータがないのだが、と前置きした上で、小学校高学年から中学2年という年代が、身体が子供から大人に生まれ変わる時期であることに注目する。一般的には反抗期と言われたりするこの時期は、特に男子の場合、性ホルモンである、テストステロンの分泌量が急激に高まるという。9歳ごろから急激に増え、15歳頃、ピークに達し、9歳以前に比べると約20倍にもなるという。テストステロンは、支配欲や攻撃性といった男性的な傾向を強めるホルモンであり、この時期の男子は、理由もなく攻撃性が高まってくる可能性があるのだ。同時に、この時期から、情動のブレーキともいえる前頭前野が育ってくるのだが、こちらの方は30歳前後に成熟するため、攻撃性を抑えるブレーキがあまり効かないという。テストステロンによって高まった攻撃性と裏切り者検出モジュールが結びつくことで制裁はより苛烈になるという。また、5月と6月、10月、11月にいじめが増加するのも、日照時間が変化によって脳内物質のセロトニンが不足しがちなことが原因ではないかと言われている。

女はグループを作り、男は派閥を作る。

女性は、もともと愛情ホルモン、オキシトシンの分泌が多いため、グループや仲間を作り、その中でいじめが発生する傾向があるという。男性の場合は、派閥など、ヒエラルキーを前提とした集団においてのいじめが多いという。それは男性において多く分泌される性ホルモンのテストステロンが、支配欲、攻撃性を高めるため、つねに自分が上にいたい、もしくは強い組織に属していたいという意識が高まりやすいからだという。そして男性の制裁行動は、過激化し、暴力を伴うことも少なくないという。女性の場合、制裁行動は、リベンジを恐れて、匿名化、巧妙化する傾向があるという。

文部科学省のいじめ対策。

2011年に滋賀県大津市で中学2年の男子がいじめを苦に自殺した事件を契機として、2013年「いじめ防止推進対策法」が施行された。その中で、学校が講じるべきことの一つに“いじめの事実確認”があげられているが、その具体的な方法は教育現場に任されていたため、対策を講じる温度差が自治体の教育委員会や学校によって違っており、たとえ被害者本人から「いじめられている」という相談があっても、それだけで学校が直ちに対応に乗り出すということは多くなかった。法の施行後も、自殺のような重大事態が減らないことを憂慮した国は、2017年3月に「いじめの重大事態の調査に対するガイドライン」を策定した。その中で「重大事態は、事実関係が確定した段階で重大事態としての対応を開始するのではなく、『疑い』が生じた段階で調査を開始しなければならないと認識すること」としている。しかしガイドラインの策定から1ヶ月後、宮城県仙台市の中学校で2年性の男子生徒がいじめを苦に自殺する事件が起こった。市の教育委員会は、事件の3日後、最初の記者会見を行った。教育長や校長は、いじめについて、「はっきり断定したものはない」「いじめではなく生徒間のトラブル」と発表した。しかし翌日、教育長は、前日の発言から一転「いじめという認識があった」と認めた。校長も、保護者説明会の後の記者会見で「いじめというべきだったと反省している」と話した。その後も、事件は醜悪な事実を露呈することになる。自殺した被害者生徒に対して、女性教諭が口にガムテープを貼る、さらに自殺の前日には男性教諭が握りこぶしで頭を殴るという暴行を加えていたことが判明した。

いじめゼロをめざす学校が、いじめを認めたくないという矛盾。

その後も、いじめを苦にした自殺などの重大事態は後を絶たない。学校や教育委員会の対応も相変わらずである。著者は、「いじめゼロ」をめざす学校にとって、いじめは「あってはならないもの」であるため、疑わしい場合でも「いじめ」や「重大事態」を認めることに慎重になり、対応が遅れてしまうのではないか、と指摘する。いじめがあれば学校の評価も下がるし、教師の評価も下がる。そして調査の実施や報告書の作成、保護者への説明など、仕事が増えるだけである。これでは、学校や教師の中で、いじめを見つけ出すモチベーションが高くなりえない。この問題は、学校や教師が悪いのではない。学校に、いじめを報告することが報われる環境がないことが問題なのだと著者は語る。

第4章では「いじめの回避策」が語られている。第1節の「大人のいじめ回避策」は、いわゆるHow toなので飛ばしてしまうが、要は、妬まれたり、目立ってしまうことをできるだけ避けようということである。

第三者の目、外部の目で死角をなくす。

第3節で、著者は、現在の学校に、いじめを抑制するための手立てや効果的なシステムがないことを指摘する。いじめは、そもそも教室という、社会の目が届きにくい、子供達だけの「密室」で行われるため、その発見や防止は容易ではない。本気でいじめをなくそうとすれば、文科省教育委員会、学校だけで解決できると考えるべきではないと著者は主張する。そして、現在のいじめは、触法行為であることから、ここに至っては、学校とは別の組織で扱うことや、法的措置や、警察などの導入の検討も議論される時期かもしれないという。日本では学校に警察権が入ることに強い抵抗があるが、アメリカでは、多くの州で、被害者が「いじめられた」と感じた時点でいじめと認知して直ちに報告することが州法によって義務づけられているという。また、いじめを触法行為、犯罪として扱い、小学生であっても犯罪歴となる州もあるという。日本の現場でも「警察に報告します」「あなたのしていることは刑法によって罰せられる行為だ」ということをはっきり言う。そして時と場合によっては本当に警察に相談するということができれば、大きな抑止力になるという。最近では、いじめを訴えても学校が対処してくれないため、保護者が証拠集めのために探偵を雇うケースが急増しているという。しかし探偵は学校内に入ることはできない。子供たちだけの密室で行われるいじめをどのように察知するか。警察OBやセキュリティ会社の人を巡回させるという方法も第三者の目を入れるという点では有効である。

大津市の場合。

2011年に起きた中学2年生いじめ自殺事件の後、大津市長は、学校と教育委員会の調査が不十分であったことを認め、遺族推薦の委員を含む第三者調査委員会を市長直轄として立ち上げるなどして、徹底した原因調査に取り組んだ。さらに学校、教育委員会とは独立する形で、市長直轄の部署として「いじめ対策推進室」新設。さらに、常設の第三者機関として、弁護士や臨床心理士などを常駐させた「大津の子どもをいじめから守る委員会」を設置した。いじめを受けた子どもや保護者は、学校や教育委員会を通さず、直接この委員会にいじめの相談をすることができる。また「守る委員会」には、直接相談のあったいじめ事案に関する調査の実施や、市長に対して再発防止やいじめ問題解決のための方策の提言を行う権限が与えられている。また、教育委員会も、一校をのぞく私立小中学校53校すべてに「いじめ対策担当教員」として、生徒指導に力を持ついじめ対応の専任教師を配置した。

ルシファーエフェクトを防止する防犯カメラ。

著者はまた、防犯カメラを教室に設置することも有効な方策であると主張する。人は誰にも見られていない時や、自分が特定されないという条件で、倫理的に正しくないことする確率が高くなる。これを「匿名化によるルシファーエフェクト」という。普通の善良な人たちが、一瞬で悪魔=ルシファーのようになってしまったスタンフォード大学監獄実験を行った心理学者のフィリップ・ジンバルドーが名付けたものだ。教室の密室化、匿名化を防ぐために、監視カメラを導入することを前向きに検討してみてもよいのではないかと著者はしめくくる。

教室からつながっている場所。

ここからは僕の感想。「いじめ」に関する本を読んで驚かされるのは「いじめの手口」が実に巧妙で効果的であること。親や教師から見えないように、実に巧妙に、しかも最大限のダメージを与えながら、被害者を追い詰めていく、そのやりかたは、大人顔負けである。人生経験の少ない小学生や中学生が、どうやって、それを身につけたのだろうと、ずっと謎だった。しかし最近では、きっと「いじめ」は学ぶものではなく、人間が生まれつき持っている「仕組み」ではないかと思うようになってきている。本書は、そんな思いを裏付けてくれる本である。「いじめ」という言葉は、パーソナルな世界の小さな現象のようなイメージを感じさせるが、本当は、人間の根源的な「悪」につながる特性なのだと思う。「いじめ」は、どんな集団にも起こる、ありふれた現象なのだが、その破壊力は凄まじい。子供たちの教室と、アウシュビッツはつながっているのだ。

P・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」再読。映画「ブレードランナー2049」を観る前に。

 

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映画「ブレードランナー2049 」を観る前に。

前作から35年ぶりとなる「ブレードランナー2049」は、個人的にいろいろな視点で観ることになった。まず、前作をマイベストSF映画と決めているSF映画ファンとしての視点。もちろん長年のSFファンとしての視点。さらに原作者のP.K.ディックのファンという視点。どの視点で観るかで、かなり評価が違ってくる。「2049」を観る前に、原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を40年ぶりに読み、前作の「ブレードランナーファイナルカット版」をもう一度観た。

ブレードランナー」は、マイ・ベスト・SF映画である。

もう一度言わせてもらうが、前作「ブレードランナー」はマイベストSF映画である。35年前に観た時、何よりもまず、あの映像と世界観に度肝を抜かれた。荒廃し、酸性雨が降り続ける未来のロサンジェルス。日本、中国をはじめとするアジア文化がはびこる、猥雑で倒錯した街のイメージ。SF小説では、そんな未来描写は珍しくもなかったが、実際の映像で目の当たりにするのはものすごい衝撃だった。その中に、シド・ミードがデザインしたビークルや建築が違和感なく溶け込んでいる。巨大な神殿のような、未来のピラミッドのようなタイレル本社。それまで、未来をこんな風に描いた映画はなかった。冒頭に登場するフォークト・カンプフ検査の装置も、どういうわけか、ジャバラで空気を送り込む仕掛けを備え、レトロフューチャーな気分を盛り上げる。そして、なんと言ってもよかったのが、レプリカントたち。ルドガー・ハウアー扮する戦闘型アンドロイド、ロイ・バッティの存在感。映画が創りあげた男性のアンドロイドのNo.1は、なんといってもターミネーターのT800だが、2番目が、こちら。ラスト近く、デッカードを追い詰めていく時に、バッティが上げる、狼の遠吠えのような叫び声。自らの死が近いことを悟ったアンドロイドが、最後の力を振り絞って、仲間の復讐を果たそうとする。恐ろしくて、それでいて哀しい声は、今でも耳に残っている。デッカードとアクロバティックな格闘を繰り広げる女性アンドロイド、プリスを演じたダリル・ハンナは、この1作でファンになった。そして極め付けは、ショーン・ヤング演じるレイチェルの完全無欠の人造美女。往年の大女優を思わせる、古典的でありながら、どこか無機質な美しさに、完全にノックアウトされた。あれから35年、多くのSF映画を観たが、「ブレードランナー」を超えるSF映画にいまだ出逢えていない。

しかし前作には、ディック・ファンとして許せない部分があった。

ブレードランナー」は、そのすべてが、その後の様々な作品に少なからぬ影響を与えた金字塔のような映画だった。しかし、いっぽうで、ディック作品の映画化版として観ると、僕にはどうしても許せないところがあった(後述)。そのせいで、映画「ブレードランナー」は、本書「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の映画版ではなく、ディックの作品のストーリーや設定を借りてつくられた、まったく別の作品だと考えることにしている。

40年ぶりの再読。

すっかり黄ばんでしまった早川SF文庫の奥付を見ると、昭和52年(1977年)なので、僕が23の時に読んでいる。ディック作品としては最も有名だが、当時、評価はそれほど高くなかったような気がする。

映画「ブレードランナー」と同じ部分と違う部分。

大規模な核戦争によって、地球は汚染され、生物が次々と絶滅していく。人々は、放射能の降灰に怯えながら、様々なメディア装置に浸ることと、電気仕掛けの動物を飼うことで、救いのない毎日を過ごしている。原作には、ディック特有の、様々なガジェットやメディア装置が登場する。情調オルガン、共感ボックス、テレビショウ「バスターフレンドリーと仲良し仲間」…。主人公や、その妻は、情調オルガンによって、日々の感情をコントロールしている。愛憎や高揚も、チャンネルひとつで切り替えることができるこの装置は、未来の生活には欠かせない機械だ。共感ボックスは、没入型のメディアで、ウィルバー・マーサーという教祖に完全に同化することができるVR装置である。テレビでは、人気キャラクターのバスターフレンドリーのショウが24時間途切れなく、宇宙への移民を宣伝している。主人公のリック・デッカードは、ロボットの羊を飼っているが、近所の住人に本物でないことを知られるのを怖れ、いつか本物を手に入れたいと願っている。環境が悪化する中、国連は、人類の宇宙への移住計画を推進している。移住を希望する者には、特典として奴隷として使えるアンドロイド一体が与えられる。最新型のネクサス6は、人間と見分けがつかないほど進化し、感情を持っているという。そのアンドロイド8体が、自らの主人を殺害し、逃亡、地球に潜入してきた。彼らのリーダーはロイ・ベイティ(映画ではロイ・バッティ)。腕利きのバウンティハンター、ホールデンは、2体ののアンドロイドを倒すが、3体目で、逆に襲われ、重症を負う。ホールデンに次ぐバウンティハンターであるリック・デッカードに声がかかる。彼はアンドロイドの開発メーカーであるクローゼン社に出かけ、アンドロイドを判別する「フォークト・カンプフ判別機」で、逃亡アンドロイドと同じネクサス6型であるレイチェルを検査する。映画も、このあたりまでは、原作に近い設定を保っているが、ストーリーが進むに従い、原作とは違う展開を見せるようになる。

レイチェルは、ムンクの絵画「思春期」の少女!?

原作と映画でいちばん違っているのは、アンドロイドの描き方である。原作では、リーダーのロイ・ベイティは、モンゴロイド系の、平坦な顔で、火星時代は、薬剤師を自称し、様々な精神融合薬を盗み出しては、自ら実験していた。彼は、アンドロイドの生命の神聖さを説き、集団脱走計画を発案したという。原作のアンドロイドたちは、映画のような超人的な身体能力を与えられていない。また、レイチェルとプリスは同じ型のアンドロイドで、少女のような姿であると描写されている。また、なぜディックは、そのように描いたのか。デッカードが逃亡アンドロイドの一人を逮捕しにいくのが、「ムンク展」の会場なのである。逃げられないと覚悟したアンドロイドは、デッカードに、今見ている絵の複製を買ってほしいと懇願する。その絵が「思春期」だ。黒髪で眼の大きな全裸の少女が、おびえたような表情でベッドの端に腰掛けている、あの有名な絵だ。原作のレイチェルは、やせっぽっちで、胸も小さく、少女みたいで、顔だけが大人であると描写されている。映画を観るまで、僕が描いていたレイチェルのイメージは「思春期」の少女なのである。レイチェルの人物像は原作では重要な意味を持っている。

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デッカードは、残ったアンドロイドを倒すために、レイチェルの協力を求める。レイチェルは協力するふりをして、デッカードを誘惑する。彼は、レイチェルの誘惑に負け、彼女と寝てしまう。レイチェル型のアンドロイドは、人間の男性の愛情を獲得するために造られたらしい。レイチェルを愛するようになったデッカードは、一度はアンドロイド狩りを断念するが、レイチェルによる誘惑が、クローゼン社や逃亡アンドロイド達の策略だったことを知って、アンドロイド狩りを再開する。デッカードはレイチェルを一度は殺そうとするが、結局、殺せずに解放して、逃亡アンドロイドたちを狩りにいく…。

原作ではアンドロイドは「悪」。

映画は、原作の筋書きにおおむね忠実なように思えるが、決定的に違う部分がある。それはアンドロイドについての解釈が、原作と映画では180度違っている点である。映画では、人間と同じように知能や感情を持ちながら、4年の寿命しか認められていないアンドロイドの運命と悲哀が描かれている。観客は間違いなく、デッカードではなく、レプリカントのロイ・バッティのほうに感情移入するはずだ。しかし原作は違っている。アンドロイドの存在自体が「悪」なのである。彼らがどれほど人間に近づいても、それは人間の心の動きを模倣しているに過ぎず、本物の感情ではない。死の灰によって、脳が犯され、落伍者の烙印を押された登場人物のイジドアが見つけてきた蜘蛛を、アンドロイドのプリスがつかまえ、その脚を1本ずつちぎっていく場面には寒気がする。アンドロイドは、人間を含む、あらゆる生物に共感することができないのだ。主人公にしても、その妻にしても、落伍者のイジドアにしても、どこか精神を病んでいるのだが、生き物に「感情移入」する心は失われていない。アンドロイドがどれほど精密に人間の心の動きを再現しようとしても、それは所詮「模倣」に過ぎない。彼らは、本物の心を持つことができない邪悪な存在として描かれている。作者は「感情移入」こそが、人間を人間たらしめている特質であると言いたいかのようである。「人間と人間もどき」。このテーマは、ディックの作品の中に繰り返し出て来るテーマのひとつなのだ。リドリー・スコット監督は、ディックとは正反対の位置にアンドロイドを置いてしまった。僕は、この1点において、映画をディック作品の映画版として認めないことにした。

AIやシンギュラリティ時代の「2049」。

SF小説SF映画が未来予測の手段のひとつだとすれば、シンギュラリティに関しては、映画のほうが正しいような気もする。シンギュラリティが現実に起こり、アンドロイドたちが、人間になり、さらに人間を超え、文明の継承者となっていく日がくるのかもしれない。そういえばリドリー・スコットの、もうひつの傑作「エイリアン」と、一連のシリーズでも、アンドロイドは重要な役割を担っている。今年公開された「エイリアン・コヴェナント」では、アンドロイドのデビッドが、人類の創造主であるエンジニアの文明を滅ぼすという設定だった。そういう意味で、アンドロイドが人間になろうとした前作から、人間とのハイブリッドによって、人間になり、さらに人間を超え、今度は、人類に対して革命を起こすという「2049」は、ある意味のシンギュラリティを描いた映画であると言えないこともない。リドリー・スコットは、この映画は「ピノキオ」の物語なんだと言ってるらしいが。

VR、AR満載だった「2049」。

興行的には失敗だったと言われている「2049」だが、僕自身は十分楽しんだ。2時間40分におよぶ長尺も気にならなかった。前作のストーリー、世界観を継承しながら、前作とは異なる映像美を創り出している点も評価できる。SF映画の魅力は、出てくるガジェットに負うところが大きいが、その点でも満足した。今回、初めて出てきたAI×AR×ホログラフィーのVRキャラ「ジョイ」も、なかなか魅力的だった。ジョイと本物の女性(後でアンドロイドと判明)が合体した相手とのセックスも面白かった。インタラクティブに反応するエロティックな巨大ホログラフィー広告、スピナー(空飛ぶ自動車)に付属の偵察ドローン、ウォレスが操るミニドローン群など、新しいアイデアも満載だ。

ちょっとキャラが弱かった?

難点をあげるとすれば、登場人物のキャラが、ちょっと弱かったことかな。前作の、ロイ・バッテイ(ルドガー・ハウアー)、レイチェル(ショーン・ヤング)、プリス(ダリル・ハンナ)のような、強烈な存在感のキャラクターがいなかった。前作でハリソン・フォードが演じたデッカードは、実は、あまり存在感がなかったと思うが、「2049」では彼が一番存在感を主張していた。

映像は美しいが、クールすぎて…。

それと、前作とのつながりを重視するあまり、映像がストイックになりすぎて、前作のような、猥雑なカオス的賑やかさが出てなかったこと。前作の、過剰ともいえるディテールは、2度目、3度目に観ても、発見があったが、今回はどうだろう。

P.K.ディック全作品を再読破したい。

今回、40年ぶりぐらいで本書を読んで、もう一度ディックを読みたくなった。自宅の本棚で数えると40冊ほどある。最後に読んだのは、もう何年前だろう。10年以上読んでないのではないだろうか。「ヴァリス3部作」など、途中で挫折した作品も少なくない。定年後の身に時間はたっぷりあるので、全作品読破に挑戦してみようか。

POPなカフカ
ディックは、SF作家として知られているが、僕は、彼が、「SF作家であって、SF作家ではない」と思っている。宇宙人、時間旅行、火星、パラレルワールド、超能力など、当時でも、ありふれて陳腐なSFの題材を用いながら、まったく別の異質な物語を紡ぎ出す作家である。日常の一部が、ある日突然、ほころびはじめ、現実と仮想、過去と未来、自分と他者など、あらゆる境界が、曖昧になり、意味の混沌の中に呑み込まれてゆく。そのすさまじい崩壊感は、ディックでしか味わえない。誰かがディックを「POPなカフカ」と表現しているのを目にしたことがある。30年ほどの作家生活の中で40編を超える長編を書き、数多くの短編を残した。1982年、53歳、映画「ブレードランナー」の完成を見ることなく亡くなっている。

藤田日出男「隠された証言 日航123便墜落事故」

日航123便墜落事故」関連の本を読んでいる。

8月28日のエントリーで書いた

青山透子「日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る」 - 読書日記

を読んで以来、あの事故のことが気になってしかたがない。そこで、いろいろ読んでみることにした。大型書店で探しても、あの事故について書かれた本は、もうほとんど置いてない。あるのは青山氏の新刊のみ(けっこう売れてる)。しかたなくAmazonでいろいろ購入。その中の1冊。

日航パイロットの視点。

本書を選んだのは、著者が日航パイロットであること。そして早くから航空事故調査に取り組んできたこと。さらにその知見から、日航123便事故調査委員会の結論に疑問を持ち、再調査を主張し続けたことが理由。事故当日、著者は、翌朝の香港便に搭乗のために成田にいたが、事故発生の一報を聞き、群馬県に急行、墜落現場へ駆けつけて調査を開始した。1994年、日本航空を定年退社し、「日本乗員組合連絡会議」事故対策委員を務めた。本書は、2003年に出版された(2006年文庫化)。2008年永眠。

著者は、圧力隔壁の金属疲労による破壊を原因とする事故調査委員会の結論に疑問を持ち、独自の検証で事故原因を追求した。特に、生存者の証言やボイスレコーダー、フライトレコーダーの解析から「圧力隔壁破壊による急減圧は無かった」と主張。自説を実証するために、急減圧の実験を行い、事故原因の再調査を訴え続けた。

陰謀論には加担しない。しかし。

日航パイロットのせいか、「自衛隊のミサイルが直撃した」「墜落の直後から自衛隊の特殊部隊が現場に入っていた」などの陰謀論には懐疑的。しかし、防衛庁の素早すぎる対応、墜落現場特定の遅れ、事故直後、現場に来て救援を行おうとしていた米軍ヘリを日本政府が断っていたこと。そして、そのまま翌朝まで救助活動を行わず放置していたことなど、当時の錯綜した情報を整理することで、「謎」を浮き彫りにしている。

パイロットならではの視点。

異常が発生し、墜落するまでの123便の飛行を、フライトレコーダーやボイスレコーダーの情報を元に分析しているのは、わかりやすい。パイロットならではの視点には説得力がある。

隔壁破壊説に一貫して反論。

著者は、事故調の結論である「圧力隔壁の金属疲労による破壊説」に、一貫して反対している。本書の半分以上は「隔壁破壊による急減圧説」を否定するために書かれているといってもいい。生存者の証言、急減圧を起こした過去の航空事故、そして、急減圧の実験を行って、隔壁破壊説に反論する。その論理には説得力があると思う。

本当の事故原因は?

著者は、隔壁破壊説を否定した上で、どのような原因が考えられるのか、考察を加えている。しかし相模の湾海底に沈んでいるはずの垂直尾翼の残りの部分を回収して、検証しなければ、本当の原因はわからないという。ミサイルや隕石の直撃という「とんでも説」を除くと、「フラッター説」が有力であるという。フラッターとは方向舵が、旗が強い風でバタバタとはためくのと同じような状態になることを指す。過去にはフラッターによって墜落した飛行機も少なくないという。著者はボイスレコーダーに記録された8〜16Hzの周波数変動が、フラッターではないかと推測している。この振動は、異常発生を表す「バーン」という音の、約4分の1秒前から始まっていて、尾部のどこかの破壊の始まりとも見られるという。

内部告発者とのコンタクト。

本書の中に、著者に接触してきた内部告発者のことが紹介されている。彼は運輸省の官僚で、事故調査の様々な資料に触れるポジションにいる。2000年11月、運輸省は、翌年に控えた情報公開法の施行に備えて、多くの資料を廃棄処分した。その直後、著者の元に匿名の手紙が届いた。そこには、「調査資料は、破棄された。しかし、役所にも良心はある。資料を残しておこうという有志がいて、資料を手元に残している。それを集めてお渡ししたい」という内容が書かれていた。著者は、彼とコンタクトし、資料を見ることができたという。著者自身が預かるわけにいかず、資料を保管している秘密のトランクルームに預けることにしたという。

残念ながら、著者は2008年に亡くなっている。著者が強く願った、日航123便事故の再調査は、いまだ実現していない。著者は亡くなる前に、ジャーナリストと共同執筆の本を出そうとしていたという。米田憲司「御巣鷹の謎を追う」。こちらも読む予定。他に吉岡忍「墜落の夏」飯塚訓「墜落遺体」小田周二「524人の命乞い」も購入済み。池田昌昭の著作も読むつもり。

 

柳広司「風神雷神」

2015年、京都国立博物館で開かれた「琳派展」において、宗達光琳、抱一の「風神雷神図」が一堂に会した。宗達の「風神雷神図」は、他の2点とは「次元が違ってる」と感じた。作品が放射しているオーラが桁違いに強い。日本画の絵師の中で、俵屋宗達伊藤若冲は、最も気になる存在である。その宗達を主人公にした小説が出た。著者はベストセラーになった謀略ミステリー「ジョーカー・ゲーム」を描いた柳 広司。

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高名だが、その生涯は不明な部分が多い。

琳派の開祖と言われ、残された作品も多いが、宗達の生涯には不明な部分が多いという。生没すら不詳。残した言葉もほぼゼロ。要するに人物像がよくわからないのである。小説家にとって、それは、難しいと感じられると同時に、自由に人物像を創作できる面白さもあるだろう。頼りになるのは、残された多数の作品のみ。小説家は、それらの作品の変遷を通じて、俵屋宗達という人物の全体像を造形していかなくてはならない。太っていたのか?痩せていたのか?背は高かったのか?低かったのか?どんな顔つきだったのか?…。著者である柳広司は、「ジョーカー・ゲーム」では、読者の意表をつくトリッキーなストーリー展開で読ませてくれた。あっと驚くような宗達像が期待できそうだ。

わりとオーソドックスな宗達像。

主人公の伊年は、京で繁盛する扇屋に養子でもらわれてきた少年。ふだんからぼーっとしたところがあり、店の者たちは「大丈夫やろか」と心配している。しかし扇絵を描いたり、過去の作品の模写をしていると時は、まわりが声をかけても気づかないほど集中する。「絵のこと以外は目に入らず、いつもぼーっとしていて、周囲から不安がられている変人」という人物像は、無難な線ではある。この人物に、豪商の若旦那・角倉与一、紙屋の宗二、本阿弥光悦、公卿の烏丸光広などの人物がからみ、信長から秀吉、家康へと、激しく移り変わる時代を背景に、物語は語られてゆく。

作品をたどることで、ストーリーが進んでいく。

当然ながら、宗達の足跡である作品をたどることで、ストーリーが展開していく。厳島神社の「平家納経」の修復に始まり、角倉与一、本阿弥光悦らと作り上げた「嵯峨本」「鶴図下絵和歌 巻」「養源院襖絵・杉戸絵」「舞楽図屏風」などが登場する。著者は、これらの作品が生まれた経緯や描く過程を丁寧に描き上げていく。作品が生まれるエピソードは、それなりに楽しめるのだが、「目で見るもの」を「言葉で表現する」もどかしさは否めない。どうしても「概念的」になってしまうのだ。それは絵画や彫刻など、美術を題材にした文学作品が落ち込むジレンマだ。幸い、取り上げられた作品の多くは、僕自身が実際に目にしたことがあるものだったので、「絵」を思い浮かべながら、読み進むことができた。本書を読もうという人は、上にあげた作品を、画集やネットで探しながら、読んだほうがいいと思う。

宗達と女たちと、風神雷神

本書のタイトルは「風神雷神」である。下巻の「雷の章」も後半になり、あまりに有名なこの作品を、著者がどう料理するのか、期待が高まっていく。宗達はなぜ「風神雷神図」を描いたのか?あの大胆な構図は、どうやって生まれたのか?いつ、どこで、どのように描き上げたのか? 期待があまりに大きかったので、結末はちょっと肩透かしである。妻のみつ、上巻から登場する出雲阿国、光悦の娘、冴という3人の女たちが揃って「風神雷神図」を見る場面で、読者は、著者が仕掛けた壮大なエンディングを体験する。風神と雷神とは何者なのか?光悦の娘である冴が宗達を恐れた理由、宗達の妻であるみつが烏丸光広を恐れた理由、出雲阿国が最後に見たかったものがあきらかになる…。これ以上はネタばれになるので書かないでおこう。

京都国立博物館で「風神雷神図」に遭える。

 本書が出た2017年、10月3日から、京都国立博物館・開館120周年記念の「国宝」展が開かれる。「風神雷神図」も出るらしい。本書のカバーには割引券が付いている。本書を解説書代わりに、宗達に会いに行くのもいいかもしれない。

辻邦生「嵯峨野明月記」を読みたくなった。

本書に登場する本阿弥光悦俵屋宗達、角倉素庵の3人が主人公の小説をずいぶん前に(十代後半だったか)読んだことを思い出した。辻邦生「嵯峨野明月記」。3人の独白で語られる「嵯峨本」成立の物語。光悦や素庵の人物イメージはなんとなく残っているのだが、宗達がどのような人物として描かれていたのか、まったく記憶がない。もう一度読んでみようか。

高城剛「不老超寿」

「ドローン」の次は「医療」かよ!

著者の高城剛にはいつも驚かされる。デジタルメディアのクリエイターとして活躍しているかと思ったら、突然、会社や財産をすべて処分して、世界中をLCCを駆使して移動する生活を送ったり、専用の炊飯器を持ち歩いて「発芽発酵玄米」しか食べない健康食生活を送ったり、ドローンに 1千万円以上つぎこんだり…。著者のことを信用できないという人もいるが、時代のトレンドをいち早く読みきり、それに合わせて自らのライフスタイルを素早く切り替えることで、したたかに生き残っていく才能は、なかなかのものだ。そして今回は、先端医療である。

超先端医療で「膵臓がん」が見つかった。

著者は1年ほど前、「最新のテクノロジーが医療をどう変えていくか」というテーマで、世界の医療の最先端の研究者や企業を取材して本を書こうとしていた。「デジタル技術がいよいよ生命科学と融合し、人類は新たな進化を遂げ、150歳まで生きられる時代が来たのではないか」と考えたのだという。取材のための1ヶ月にわたる米国滞在から帰国した直後、著者は、膵臓がんであると診断された。高額な最先端医療のひとつで、血液の中を流れるエクソソーム内のマイクロRNA(mi-RNA)を調べることでがんを発見できるミアテストという検査を著者自身が受けた結果だった。前年の前半に受けた人間ドックの腫瘍マーカーではまったく問題がなかったという。著者は、高精細のMRCPやエコーなど、がんを可能な限り「視覚化」できる先端技術を駆使して膵臓を調べることにした。膵臓がんは、自覚症状がなく、しかも奥まった位置にあるため、見つけるのが難しいという。しかも進行が速いことが多く、3ヶ月で倍のペースで大きくなっていくのだという。スティーブ・ジョブズ膵臓がんだった。可能な限り「視覚化できる」技術でも、著者の膵臓がんは見つからなかった。がん細胞が上皮細胞内に留まっている状態を「ステージ0」というが、著者の場合は、「ステージ ー1(マイナス1)」というべき超早期発見であった。ただし、このまま放っておけば、早ければ数ヶ月、遅くとも1年以内には発症すると診断された。著者は、本書を執筆しながら、治療を行い、膵臓がんの駆逐に成功する。

アンジェリーナ・ジョリーの選択。

 2013年5月、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは、遺伝子検査によって、乳がんのリスクが高い遺伝子変異が見つかり、予防のために両乳房を切除する手術を行ったと告白した。がんの抑制遺伝子であるBRCA1とBRCA2に変異があると、DNAの修復が適切に行われず、がんが発生する率が高まるという。彼女の場合、BRCA1に変異があり、担当医によると、将来的な乳がんの罹患リスクは87%、卵巣がんは50%と推定された。アンジェリーナの母親は卵巣がんで7年の闘病のあと、56歳の若さで亡くなっている。アンジェリーナは、その後、2015年に、卵巣と卵管を摘出する手術を受けている。遺伝子検査により、将来の病気のリスクを予測し、先回りして病気を防ぐ。米国のセレブの間では、そんな治療がもう始まっているという。著者は、米国で、さらに進んだ医療の実験が行われていると聞いて、早速、取材に出かける。

年齢を逆行させる。

米国のバイオベンチャー「バイオ・ヴィバ USA」社の最高経営責任者、エリザベス・バリッシュは、自らの身体で遺伝子治療の実験を行った。彼女が行った治療というのは染色体の先端にあるテロメアという構造を「伸ばす」治療であるという。テロメアは染色体の末端部分を保護しているキャップのようなもので、細胞分裂の度に短くなっていく。テロメアがある一定の長さまで短くなると、その細胞は分裂を停止する。つまり寿命を迎える。バリッシュは、テロメアを伸ばすことで20年ぶんの寿命を延ばしたという。彼女が若返りにこだわる理由は、彼女の息子が、わずか9歳で1型の糖尿病と診断されたことにある。一般的な2型の糖尿病と違い、自己免疫系の疾患で、将来にわたってインスリン注射を打ち続けることで症状を抑えることができるが、完治しないという。バリッシュは、息子の治療法を探るうちに、幹細胞を利用した治療法にたどり着く。彼女は、幹細胞を研究するバイオ企業と投資家をつなぎ、資金調達のマッチングをすることで、新たな治療法や薬剤の恩恵を受けるというものだった。しかし、投資家から「これが人間で本当に有効かどうか証明してほしい」という声が相次いだ。そこで彼女は、この治療法の治験を行うために、バイオ・ヴィバUSA社を立ち上げる。彼女自身に施術しようとしたのは、検査で彼女のテロメアが短いことがわかったためであるという。2015年、バリッシュは、施術に対してFDAの認可が降りにくい米国ではなく、南米のコロンビアで遺伝子治療を受ける。現在のところ100万ドル以上かかるという、その治療法は、成功を収めつつあるという。彼女たちが目標にしているのは永遠に生き続ける体をつくることではなく、20〜30代の若いうちに、この治療を受けることで健康な状態を維持し、老化によって生じるアルツハイマー病などの病気を撲滅することであるという。

日本で受けられる「3つ星!最先端医療」

第2章では、著者自身が「世界中の研究機関やクリニックを回り、実際に大枚をはたいて、受けて判定した、効果的かつ誰でも日本で受けられる『3つ星!最先端医療検査』をまとめた」もの。第1章の「米国の先端医療事情」に比べると、インパクトにかけるが、かなり身近な内容。分子栄養学に基づく「栄養分析プログラム」から、遅発性の食物アレルギーを調べる「IgG検査」、体内年齢を調べる「酸化抗酸化検査」、腸内細菌を調べる「腸内フローラ検査」、「24時間ステロイドホルモン代謝検査」と「唾液コルチゾール検査」、「有機酸検査」と「SNP検査」、「有害重金属検査」、「LOXインデックス検査」「MGC検査」「有毒勇気化学物質検査」「ミルテル検査などを紹介。

がんを早期発見、ミルテル検査。

この中で、僕がいちばん興味をもったのは、著者自身の膵臓がん発見につながった「ミルテル検査」。これは、テロメアの長さを測ることで遺伝子の強度を調べる「テロメアテスト」と、血中のエクソソームのmi-NRAを調べてがんを発見する「ミアテスト」を組み合わせた検査。現在、100%に近い精度を誇るのは、乳がん膵臓がん、大腸がんの3種類のみだが、肺がん、胃がん、肝臓がん、頭頸部がん、子宮がんなども85〜90%の精度がある。一般的な人間ドックで受ける腫瘍マーカーの精度が50〜60%であることを考えると驚異的な数字だという。

高濃度ビタミンCの点滴で膵臓がんを治療。

第2章の最後に、本書の冒頭でも語られている、著者自身の、膵臓がんの発見から治療までの経験が語られる。著者の場合、多い時は年70回に登る海外渡航で、高高度を飛ぶ国際線での被曝も無視できないという。そこで、著者は執筆以外の仕事を即座にやめることにしたという。適度な運動を維持し、電車と船旅を楽しみ、ストレスを徹底的に軽減することにしたという。そして唯一受けた治療が高濃度ビタミンCの点滴だった。化学名「L-アスコルビン酸」を、1日の摂取量の過剰といわれる量の20倍から100倍の量を直接血管内に注入する治療法だという。2005年に、米国立衛生研究所から「L-アスコルビン酸は、選択的にがん細胞を殺す」という研究結果が出ているという。その一方で「効果は懐疑的だ」という医師もいるという。著者は、抗がん剤と違い、製造パテントの切れたビタミンCでは、もうからない製薬会社のネガティブキャンペーンではないかと推測している。著者は、人体実験を兼ねて、自分自身でおよそ3ヶ月集中的に高濃度ビタミンC点滴を続けてみたという。3ヶ月後、再度、ミルテル検査を受けてみると、膵臓がん発症リスクは大きくレベルが下がり、テロメア年齢も10歳も若返っていたという。

「あなたのDNAがわかります」というチラシ。

第3章では、著者が予測する医療の未来の話。わずか15年前、人間の遺伝子を含む全ゲノム解析を行った時のコストが3000億円を超えていたのに、今では、わずか数千円で「あなたのDNAがわかります」というチラシがポスティングされているという。このような安価に受けられるDNA検査は、「マイクロアレイ」と呼ばれる一世代前の技術を利用しているからだという。「マイクロアレイ」は、これまでの遺伝子解析結果に基づき、遺伝子型と体質が統計的に有意であると判明している部分を主に検査する。これに対してDNA配列をすべて検査し、その人が持っている遺伝子型のすべてを明らかにするのが「次世代シーケンサー」である。「次世代シーケンサー」によって、個人の全ゲノム解析が実現すれば、現在はもちろん、第1章のアンジェリーナ・ジョリーのように、将来にわたって罹患しやすい病気や、個人に合わせた最適な治療法(オーダーメイド医療)が可能になるという。2017年初頭現在、次世代シーケンサーを使った検査は20万〜30万円程度すると。米国のバイオベンチャー、イルミナ社は、全ゲノム解析を11万円というコストで実現しているという。

IT業界が医療界へ進出。

2017年1月のCESでは、これまでにない新しい潮流が出現していた。ひとつは「電気自動車」であり、もうひとつは「ヘルスケアと医療」である。スマートフォンという、超高性能のネットワークコンピュータを終日身につけているようなライフスタイルが実現したため、ちょっとしたディバイスを身に着けるだけで、24時間のフィジカルデータが採取可能になった。まず普及してきたのはスマートウォッチや活動量計だ。体温、心拍数、歩数などのデータが、スマートフォンに送られ、スマーフォンからさらにクラウドに送られ、即時に分析が行われ、再び、端末に戻ってくる。中には日々の呼吸から睡眠、脳波までフォローして24時間アドバイスするサービスもある。このような身体データを記録するディバイスは、運動や生活習慣をチェックするために使用されているが、現在では、医療機関に浸透し、院内外の患者の動向を24時間チェックできる体制を整えている病院やクリニックが増えてきたという。さらに、身体情報のデジタル化やクラウド化は、顧客が施設を訪れず、オンラインで24時間ケアされる、そんなサービスや取り組みが行われるようになるだろう。音楽配信同様、医療も、近い将来、月額定額のようなサブスクリプションモデルになる可能性があるという。

がんはソフトウエアのバグ?

2016年、マイクロソフトは「がんは、コンピュータウィルスのようなもので、コードを読み解くことで解決できる、そして人工知能を使った、新たなヘルスケアへの取り組みを開始する」とアナウンスした。IBMは「ワトソン・フォア・オンコロジー」というプロジェクト名で、AIによるがん治療のプログラムを実施している。グーグルの出資で2006年に創業された「23アンドミー」は個人向けの遺伝子情報サービス(PGS:Personal Genome Service)企業で、検査1項目あたり約161円という、従来の遺伝子検査の約50分の1という低価格で提供した。低価格の理由は、集めたDNAをサンプルとして遺伝子研究に利用することが大前提だった。23アンドミーのサービスは順調に見えたが、2013年、FDAが、同社のサービスが、FDAの安全性基準を満たしていないと、同社の遺伝子検査キットの販売中止を命じた。このほかにもHIVの検査ができるUSBデバイスや、体内に埋め込んで、生体情報をモニターするスマートステッチズなど、デバイスも進化を遂げている。CESではリアルタイムで血糖値がわかるスマートウォッチも数社から出店されていたという。

量子医療の時代へ?

量子コンピュータの実用化が近づいているように、医療も、ニュートン力学の時代から次の段階へ進もうとしていると著者は言う。量子力学から波動、チャクラまで登場する最後の「メタトロン」の話は、ぶっ飛びすぎて、僕には理解できない。

「超ホモ・サピエンスの時代へ」

著者は「おわりに」で、イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」の最終章に言及。「われわれサピエンスは、生命の設計図であるDNAをある程度自由に扱える能力を手に入れたので、一動物を脱し、これからは自然の偶然に身を任せる存在とは異なるステージに入る」というハラリの考え方はおそらく正しい、と著者は言う。

 

クリスティ・ウィルコックス「毒々生物の奇妙な進化」

ヘビこわい。すべての霊長類がヘビを怖れる。産まれて間もない赤ん坊もヘビをこわがるという。ほとんど生理的ともいえるような、あの恐怖感は、いったいどこから来るのだろう?その答は本書のなかに記されている。約6000万年前に、この爬虫類に起きた、ある変化が、霊長類の祖先の脳に、あの根源的な恐怖感を植えつけたのだという。本書に登場する有毒生物は毒ヘビだけではないが、主役はやっぱり彼らだ。

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ヤマカガシ、チャドクガヒアリ

本書は、今年の初めに購入していたが、1ページも読まずに放ってあった。それを読む気になったのは、夏の初め頃、兵庫県伊丹市の小学生がヤマカガシに咬まれて意識不明になるというニュースが流れた頃だ。その少し前、僕自身も、左の二の腕に発疹ができて、またアトピーの再発か、と皮膚科へ行くと、チャドクガの被害だと診断された。同じ頃、各地でヒアリの発見が相次いだ。周りがなんとなく「有毒生物」で騒がしい、というわけでもないが、本書のことを思い出して、積ん読山から発掘してきて読み出した。読んでみると、有毒生物の研究が、今世紀に入ってから、急速に進んでいることに驚かされる。

昔から、ヘビには強い興味があった。怖いもの見たさというのだろうか。いまでも書店の生物学コーナーの爬虫類の棚は時々チェックしているし、新しい本が出ていれば、即購入する。わが家にはヘビに関する本が十数冊はあるはずだ。飼ってみようとか、触ってみようとは思わないが、とにかく目が離せないのである。

タイトルはB級ホラー映画みたいだが、有毒生物の博物誌。

それにしても本書のタイトルはひどい。「毒々生物の奇妙な進化」。まじめな本なのに、このB級ホラーっぽいタイトルのせいで敬遠されてしまうかもしれない。原題は “VENOMOUS” :「有毒の」「毒を持った」の意。サブタイトルが「地球上で最も致死的な生物がいかにして生化学をマスターしたか?」著者はハワイ大学に在籍する若い女性の研究者でミノカサゴの毒を研究している。彼女自身の「毒体験」を交えながら、有毒生物と人類の関わりの歴史をたどり、驚くべき有毒生物の生態を紹介していく。さらに世界中の有毒生物研究の現場を訪ね歩き、有毒生物研究の現在と未来を描こうとする。本書は「有毒生物の博物誌」といってもいい。有毒生物に関する知識が得られるのはもちろん、科学読み物としても楽しめる本だ。有毒生物たちのコワい生態をゾクゾクしながら読み進むスリルも味わえる。

カモノハシの毒。

有毒生物といえば、毒ヘビ。毒グモ、サソリなどを思い浮かべるが、著者は、本書を、有毒らしくない動物から語りはじめる。その動物は、なんとカモノハシ。世にも奇妙な形状と生態を持つこの哺乳類は、オーストラリア先住民の間では、恐ろしい毒を持つ動物として恐れられていた。しかしカモノハシを解剖したり、その生態を調査した研究者たちは、この哺乳類が有毒である証拠を見つけることができなかった。「カモノハシ無毒説」は、19世紀末まではびこっていたという。1895年、カモノハシの蹴爪から抽出した毒が、オーストラリア産の毒ヘビの毒と似通った特性を持っていることが確かめられる。雄のカモノハシのみに見られる毒は、季節により、その強度が変化するため、特定が難しかったという。繁殖期に雌を争って他の雄と争う時に、毒の強度がもっとも増すのである。1935年には、カモノハシの毒液が、「非常に弱い毒性を持つクサリヘビの毒液とよく似ている」ことが判明する。この毒液により、人間は、死に至ることはないものの、耐え難い痛みを長時間にわたり味わい続けるという。ある退役軍人が狩猟中に、怪我か病気で弱っているらしいカモノハシに出会い、抱きあげようとして刺された。親切が仇となり、彼は激痛の中で6日間も入院しなければならなかった。彼の治療に当たった医師たちは、最初の30分に合計30ミリグラムのモルヒネを投与したが、ほとんど効果がなかった。ふつうの痛み止めに用いられる量は、1時間あたり1ミリグラムだという。医師たちが神経ブロック剤で手のすべての感覚を麻痺させてはじめて彼は痛みから解放されたという。5千種以上の哺乳類の中で毒を持つのはたったの12種類しかいない。4種のトガリネズミ類、3種のチスイコウモリ類、2種のソレノドン(長い吻を持つ夜行性の哺乳類、中南米産)、一種のモグラ、一種のスローロリス、そしてカモノハシである。近年、遺伝子研究の進歩で、毒の研究が急激に進んでいるという。カモノハシとクサリヘビという、まったく隔たった種が同じような毒を持つようになることを収斂進化というらしい。

最凶の殺戮者は誰だ。

著者は、次に、有毒生物たちが人類に与える影響について語る。毒の強さを科学的に測る方法の中で最もよく使われるのが「半数致死量」で、LD50という数値だ。毒液を投与された動物(ラットとマウスが最も多い)の半数が死ぬ量で、体重1kg当たりのmgで表される。地球上でいちばん致死的な動物と言われるオーストラリアウンバチクラゲではLD50は、0.011。このクラゲに刺されると耐え難い激痛に襲われ、刺された場所の壊死、視力低下、呼吸困難、心停止などの症状が現れ、1〜10分で死に至るという。近年、本州沿岸でも確認されようになったヒョウモンダコも、フグと同じテトロドトキシン0.0125(LD50)を主成分とする毒を持つが、毒液まるごとはいまだに検査されていない。毒ヘビの中では、オーストラリアのタイパンが、0.013で、もっとも殺傷能力が高いとされる。しかしLD50は、ラットやマウスによる検査が主であり、現実には種によって毒液に対する耐性が異なっている。そこで有毒生物の致死性を表すデータとして症例全体に占める死亡率が注目されている。上記のオーストラリアウンバチクラゲに刺されて死亡する人は毎年0.5パーセント以下である。恐ろしいナイリクタイパンでも1956年に抗毒素が作られて以来、死亡者はいなくなった。(それ以前はほとんど100パーセントが死亡していた)毒ヘビ全体での死亡率は2パーセントだが、インドアマガサヘビ(死亡率60〜80パーセント)とキングコブラ(死亡率50〜60パーセント)では、毒液そのものは強くないが、ひと噛みで注入される毒の量が圧倒的に多く、また夜行性のため、噛まれても、毒ヘビであることがわからず、痛みも少ない場合が多く、治療が遅れ、死に至るケースが多くなるという。著者によると、ヘビは、今日でも世界トップクラスの殺人生物であるという。インドの4大毒ヘビ、ラッセルクサリヘビ、サメハダクサリヘビ、インドコブラ、キングコブラは、他の毒ヘビと比べて毒液の強さは1/30〜1/110にとどまるが、毎年、何万人もの人間を殺している。その生息地は主要な人口密集地の内部や周辺にあり、頻繁に人間と接触すため、咬まれる機会が多い。4大毒ヘビの抗毒素はすべて手に入るが、そのような場所は貧しい人々が多いため、医療サービスが制限され、治療できる症例でも死に至る場合が少なくないという。サハラ以南のアフリカでも、同じような事情で何万人もの人間がヘビに咬まれて死亡している。もっとも致死的な毒を持つヘビ(タイパンなど)は辺境地に生息し、人間の多い場所とは距離を置く傾向があるため、彼らに咬まれるなどということはめったに起きないという。

人間の脳と視覚は毒ヘビから逃れるために進化した?

人間に限らず、すべての霊長類がヘビを恐れるという。赤ん坊でも同様にヘビをこわがる。多くのヘビが、まわりの環境に自らを巧みに溶け込ませるカモフラージュの能力を身につけている。しかし人間は、それを素早く見分けることができるという。「人間の脳と視覚は毒ヘビから逃れるために進化した」という説を唱える研究者がいる。約6000万年前、人類の祖先が、キツネザルなどの初期霊長類から別れる頃、ヘビ類の中に、より強力な毒液を持ったクサリヘビ科とコブラ科が出現したという。クサリヘビ科には、マムシ、ハブ、ガラガラヘビ、そして恐ろしいクサリヘビがいる。コブラ科にはナイリクタイパンや、ブラックマンバという地球上で最も猛毒なヘビがいる。これらの科が出現したことにより霊長類とヘビ類の関係が変わる。捕食者となったヘビ類は狩りの方法も変え、最後の瞬間までじっと動かず待ち伏せするようになった。この強力な毒を持つヘビに対する恐怖が、進化を促す圧力となって、霊長類の視覚を進化させ、視覚情報を処理するための脳が発達した。巧妙に身を隠した捕食者を見つけ出すことができる「立体視の能力」を身につけた霊長類は、生き延び、繁殖することができたのだという。実験によって、コンピューターのスクリーン上に気がつかないほどの短時間、ヘビの画像を表示させると、私たちは生理的に不安を感じるという。私たち自身がヘビを見ていると自覚するより前に、その存在を認識している。クモなどの危険な生物では、このような反応は起こらないらしい。僕らがヘビに対して感じるいわれのない恐怖感、ほとんど生理的ともいえる嫌悪感は、猛毒のヘビから生き延びるために霊長類が身につけた特殊な能力の一部なのかもしれない。

26年にわたり自分の身体にヘビの毒を注射しつづけた男。

動物の中には毒に耐性を持つ種が存在する。毒ヘビを食べるマングースは、自らの免疫を進化させ、毒への耐性を身につけたという。同じ哺乳類である人間も、毒への耐性を高めることができるのか?26年にわたり、ヘビの毒を自分の身体に注射しつづけた男がいる。著者は「自家免疫実践者」と呼ばれる人々のことを紹介する。彼らは科学者ではなく、自らの身体でコブラ科やクサリヘビ科の、様々な毒ヘビたちの毒液を混合した毒液を静脈注射で自らの身体に送り込む。彼らのSNSでは、ブラックマンバなどの猛毒のヘビを素手で扱ったり、咬まれたりしている画像が投稿されている。彼らは、自ら毒液を投与することで毒に対する免疫力を強化し毒への耐性を作りあげようとしているのだ。一般に毒ヘビの血清は、馬、羊などに毒液を注射して作るが、別の動物の血液であるため、その副作用も問題になっている。人体を使って、同じように血清を作ることができれば、副作用の少ない毒被害の治療を行うことができるはずだという。彼ら「自家免疫実践者」と研究者が協力して毒に対する人体の耐性を高める研究が始まっているという。毒に対して人間が耐性を身につけるメカニズムは、免疫の仕組みと大いに関わりがある。ミツバチなど、無害な毒に免疫システムが過剰反応し、死に至ることもあるアナフィラキシーを引き起こすアレルギーは、実は様々な毒に対する生体の防衛反応ではないかという説がある。アナフィラキシーは、人体が、命がけで毒と戦う最後の防衛線であるかもしれないという。血圧や心拍数を急降下するのは、毒による激しい出血を抑えるためかもしれない。激しい嘔吐や下痢も、体内の毒物を急速に排出しようとする反応かもしれない。このアレルギーを引き起こす免疫の仕組みをコントロールすることが可能になれば、人類が、マングースのように、有毒生物の毒に対する耐性を手に入れられるかもしれないという。

人生を変える激痛。

昆虫学者のジャスティン・シュミットは「刺されると痛い昆虫ランキング:シュミットの疼痛指数」を作るために、アリやハチなど78種に自ら刺され、0.0(無痛)から4.0(底知れない苦痛)までの段階を定めた。それによるとホオナガスズメバチは、2.0で、世界最大のハチであるオオベッコウバチが、4.0である。(最近話題になっているヒアリは、1.2)。ランキングのトップに立つのは南米のサシハリアリで、4.0+とされている。その痛みは「踵に7〜8センチの釘を打って、真っ赤な炭の上を歩くようだ」と表現されている。英名を(bullet ant)といい、このアリに刺されるのは、銃で撃たれるようなものだという。被害者によると激しい苦痛が3〜4時間続くだけでなく、完全に痛みが鎮まるまで丸一日もかかり、震え、吐き気、発汗などの副作用が伴うという。アマゾンには、このアリの苦痛を、若者の通過儀礼に用いる部族がいるという。その儀式では、村の長老たちが森の中から100匹ほどのサシハリアリを集めてきて鎮静作用のある薬草で眠らせる。そして葉っぱで作った手袋の中に、針が内側に来るように編み込んでいく。目を覚ましたアリはひどく興奮し、触れてきたものは何であれ刺してやろうと身構えている。部族の少年は、「男」になるために、サシハリアリの手袋を身につけて、何百回も刺されるのに耐えなければならない。少年の手は棍棒のように腫れ上がり、体は痛みのために震えはじめる。毒液が回っても、少年は声をあげることも涙を流すこともできない。もし声をあげれば、儀式をはじめからやり直さなければならないからだ。この部族の少年は12歳から始めて、生涯で最大25回も儀式を行うという。部族以外にも、これまで多くの勇敢な俳優や映画製作者たちがこの儀式をやり遂げようと試みた。オーストラリアのコメディアンは、手袋に、わずか2、3秒しか手を入れられなかった。そしてあまりの苦痛に倒れてしまい、病院で何時間も過ごす羽目になった。ナショナルジオグラフィックチャンネルの司会者は、5分間完全にやり遂げたが、錯乱状態に陥り、数時間喋ることができず、体の震えが止まらなかったという。サシハリアリの毒が正気を保てないほど痛いのは、獲物を捕えたり、消化するために毒素を使うヘビやクモと違って、自らの防衛を目的にしているからである。激しい痛みを生み出すのは、ポネラトキシンと呼ばれる小さなペプチドのせいである。この化合物は、ニューロンのナトリウムチャネルに作用し、神経伝達を狂わせる。筋肉は制御不能になり、痛みのメッセージを伝えるニューロンが執拗に刺激されるのだ。大きな傷もないのに激しく痛んだり、火傷もしていないのに熱を感じたり、アリやハチの毒が生み出す苦痛は、「あっちへ行け」という、捕食者への手厳しいメッセージなのだ。

血液毒と神経毒。

有毒生物の毒は、大きく血液毒と神経毒に分けられる。血液毒は、ヘビでいうと、マムシ、ガラガラヘビなどのクサリヘビ科の毒。神経毒はコブラ科の各種コブラ、タイパン、ブラックマンバなどの毒である。血液毒と神経毒は2元論的に分けられるものではなく、あらゆる有毒生物の毒は、どちらか一方のカテゴリーに入るというわけではなく、この2種類の毒からなる連続体のどこかに位置づけられるという。もっとも致死的な毒液は、そのほとんどが神経毒からなるものであるという。神経信号のブロッックや過剰刺激を通じて、横隔膜、胸壁、心臓などの生死に関わる筋肉を麻痺させるのである。それに対して血液毒の要素の強い毒液は、それほど致死的ではないが、出血と壊死をもたらすという点ではより残酷であるという。

骨まで食い尽くす毒。

壊死をもたらす毒液は、皮膚や脚一本を丸ごと腐らせ、壊疽を引き起こし、血液、膿、腐敗臭を滲出させる。血液毒は、血液や組織をターゲットにする毒である。ガラガラヘビは獲物を制圧するためだけではなく、毛や骨までを食べ物に変えるために血液毒を使う。中央アメリカ南アメリカ北部に生息するテルシオペロ(クサリヘビ科ヤジリハブ属の毒ヘビ)とその近縁種は、破壊的な壊死を引き起こすことで知られている。著者によると、これらのクサリヘビ類が、世界でも貧しい地域で人間と共存していることが問題であるという。そうした場所には、医師はわずかしかおらず、しかも遠く離れたところにしかいない。毒ヘビに咬まれた人たちが病院に運ばれ、治療を受けられるのは、数週間後、脚のほとんど、あるいはすべてが壊死してからだという。現地の大衆紙は、壊死した脚を無情にも「黒い棒」と呼ぶ。その姿は著者のように鈍感になった生物学者にとっても吐き気を催させるものだという。

壊死をもたらす毒液は、ヘビの牙によって注入された瞬間に仕事を始める。金属プロテアーゼが、血管の細胞同士をしっかりと結びつけている接着タンパク質を含む、血管と組織の重要な成分をバラバラにしていく。それによって、毛細血管が出血を始めると、局所的な浮腫が起こり、体液によって膨れあがる。そして毒素は骨格筋へ働きかけながら組織への攻撃を継続する。同じようにホスホリパーゼという毒素も筋肉細胞を攻撃し、最終的には筋壊死をもたらす。一部のホスホリパーゼは膜に穴を開けて、細胞壁を形成しているリン脂質をバラバラに切り離す。さらにヒアルロニダーゼやセリンプトテアーゼを含む毒素も虐殺に加担する。毒液注入箇所での戦いが激しさを増す一方で、他の毒液化合物は戦闘から離脱して、全身を駆け巡る。そして血管を広げて血圧を急降下させ、ショック状態、さらに死さえももたらす。骨格筋全体が死ぬ横紋筋融解症になると、大量の筋タンパク質ミオグロビンが放出され、腎臓の尿細管が詰まり、深刻な腎不全を発症してしまう。そして、これらの症状は序の口にすぎない。毒液の成分は、私たちの細胞も巧妙に騙して同士討ちさせるのだという。金属プロテアーゼによる腫瘍壊死成分の放出と、ホスホリパーゼによる生理活性をもつ脂質の放出が起きると、傷口に大量の免疫細胞が押し寄せる。細菌やウィルスに対してめざましい効果をあげる免疫細胞も、毒液化合物を見分けることができない。そのため、白血球やその他の免疫細胞は、炎症を強めるべく、インターロイキン6のようなサイトカインを生産・放出し、免疫系に対して、さらなる猛攻を呼びかける。しかし溶解させる細菌や異物は存在しないため、免疫系は侵略軍を踏み潰していると思いながら、自らの組織を殺し続ける、誤爆を行ってしまうのだ。抗毒素の投与も、こうした壊死に対しては有効ではないという。逆に体の免疫反応を抑える薬を用いることで壊死を大幅に少なくできることが明らかになってきたという。しかし、抗毒素以外の治療法は研究の歩みが遅く、十分な研究助成金が必要であるという。このような壊死性の毒液はクサリヘビ類に限らず、あらゆる有毒生物がもっているのだ。コブラ科のヘビは一般に神経毒をもっているとみなされているが、毒液を吐くタイプのコブラなどは相手の組織に深刻な損傷与えることがある。クラゲ類の中でも、致死性の毒をもつハコクラゲ類も、皮膚に深刻なダメージをもたらすという。

無痛だが致死的。ヒョウモンダコの神経毒。

コブラ科のヘビがもつのは致死性の神経毒だ。著者は神経毒を語る章を、小さなヒョウモンダコから始める。小さなオウムのような嘴によって開けられる小さな二つの穴は、せいぜい針で刺されたか、つままれたかという程度の痛みしか与えない。出血していることでようやく被害に気づく人もいるくらいだ。それは確かに無痛だが、致死的である。1970年代、ヒョウモンダコの毒液からきわめて致死的な成分を単離した。その成分はマクロトキシンと呼ばれ、ラットやウサギに注射すると、血圧と心拍数が急降下し、呼吸器系は完全に麻痺した。その8年後、マクロトキシンが、フグ類から発見されたものと同じ化合物であることが確認された。かの悪名高きテトロドトキシンである。テトロドトキシンは、知られている限り、もっとも致死的な化合物のひとつであるという。砒素、シアン化物、炭疽菌より猛毒であり、コカインよりも12万倍、メタンアンフェタミンよりも4万倍、致死率が高い。テトロドトキシンは、他の致死的化合物と同じように神経毒である。血液毒と違い、神経毒は即効性をもつ殺し屋であると著者はいう。神経毒は細胞間のコミュニケーションを阻害することによって相手を麻痺させる。著者は、ここで、私たちの細胞のコミュニケーションの仕組みについてレクチャーしてくれる。細胞のコミュニケーションの中でもっとも速いのは電気的な信号を通じてのものである。細胞は本質的には小さなマイクロ電池であり、2つの異なる電荷をもつ溶液を細胞膜が障壁となって隔てている。この細胞膜の内外の電荷の差を膜電位と呼び、これを利用して、ニューロン細胞を経由して信号を瞬時にやりとりしているのだ。細胞膜には、イオンチャンネルと呼ばれる回路があり、イオンを出し入れすることで電気信号を伝えていく。私たちのあらゆる感覚もあらゆる筋肉の運動も、すべての伝達は、電気信号の連鎖反応を生むイオンチャンネルによって生み出される。そして、このイオンチャンネルこそ、神経毒が攻撃する標的なのである。テトロドトキシンは、イオンチャンネルのうちのナトリウムチャンネルを阻害する毒素である。ヒョウモンダコに咬まれると、テトロドトキシンがが神経信号を停止させ、痺れが放射状にひろがっていく。吐き気、嘔吐、下痢が伴い、やがて脱力と麻痺が訪れる。脳は筋肉に動くように命じることができなくなる。呼吸でさえ電気信号を必要とする。横隔膜の運動を遅くさせ、最終的には完全に停止させてしまう。毒液に一定以上の量があれば、心臓も動かなくなる。

麻痺毒の王様、イモガイ

毒液には私たちの神経信号伝達システムのあらゆる段階に影響を与えられるよう、さまざまな神経毒が含まれている。テトロドトキシンのように、きわめて重要なチャンネルを閉じさせるものもあれば、逆にこじ開けるものもあるという。貝などの海生軟体動物がもつ毒素は、それぞれが非常に特異的な分子標的をもち、またその正確さによって知られている。そうした巻貝類は、熟練したバーテンダーのように、獲物を正確に動けなくする、独特で複雑な毒液カクテルをこしらえるという。著者が住むハワイの潮だまりには神経毒をもつ危険な動物はいっぱいいるが、なかでもイモガイ類は、研究者たちの再三のの警告にもかかわらず、子供たちが手にしているのを見かけるという。この危険な捕食性海生軟体動物は、銛(もり)に似た形のの変形版の歯のようなもの(歯舌)をもっていて、これが細い管で毒腺につながっている。彼らは攻撃を受けると、この針のような銛を敵に向けて発射する。すると管を通って毒液が吸い上げられ、敵の体内に撃ち込まれるのだ。毒液は、ほぼ瞬時に麻痺を引き起こす。フィリピン生まれの研究者、バルドメロ・オリヴェーラは、イモガイの一種であるアンボイナガイの毒液からテトロドトキシンに似た強力な毒素、コノトキシンと、コブラに見られる毒素とよく似たものを発見する。さらに実験によってコノトキシンは、驚くほど複雑で多様な混合物であったことが明らかになる。あるペプチドはマウスを跳び上がらせたり、体をねじらせたりし、別のペプチドはマウスをグルグル回らせたり、眠らせたりした。最新の素晴らしい装置によって、コノトキシンは麻痺だけでなく、信じられないほど多様な症状を引き起こすことができる化合物であることが判明。1980年代のはじめ、一人の学生が、身震いペプチドと名付けた化合物を精製した。それは現在ではプリアルト(重度慢性疼痛治療薬)という名前で、イモガイの毒液由来として初めてFDAに認可された薬品として知られている化合物である。イモガイの毒液化合物が、なぜ人の薬品になるのか。それはこの毒液化合物が獲物である魚類をターゲットにした、非常に特殊なものであるため、この毒が人間に麻痺を引き起こすことはないという。しかし、私たちは、魚の筋肉と非常によく似たイオンチャンネルを実は持っている。それは筋肉に働いて運動を制御するのではなく、痛みの伝達回路において重要な役割を果たしている。プリアルトは、痛みを感じるニューロンの末端でイオンチャンネルを完全に閉じてしまい、痛みの信号を脊髄に送れなくするのである。イモガイ類は、どうして、このような特殊な毒を持つようになったのだろう。イモガイ類の中には同じペプチドをもつ種は2つと存在しないという。それぞれの種が自分たちだけの独自のセットを持っているのだ。イモガイ属には500種以上がおり、海の中では、他のどの属よりも多いという。しかしそれは氷山の一角にすぎない。イモガイの拡大家系図を見ると、この地球上には1万種以上の、毒液をもつ海産巻貝類がいて、それぞれが二、三百から数千の種類の異なった毒素を持っていると推定される。しかし、そのほとんどは研究室で調べられたことがない。彼らの多くは2〜3センチの大きさしかなく、さらに浅瀬ではなく、簡単には近寄れない海域にすんでいるからだ。先の計算が正しいとすると、まだ発見されず、解析されていない毒性ペプチドは、30万〜3000万種類もあるかもしれないという。

巻貝類はこの世でもっとも進化速度が速いDNA配列を持っている。

毒液を持つ巻貝は、なぜこれほど多くの毒素を生み出すことができたのだろう。それは彼らが持っている遺伝子は、この世でもっとも進化速度の速い遺伝子配列のひとつなのだという。それによって彼らの遺伝子の変異率は、哺乳類で報告されているもっとも高い突然変異率よりも5倍、ショウジョバエで見つかったもっとも高い突然変異率よりも3倍にあたるという。この進化速度の速さを活かして有毒巻貝たちは、考えられないような毒素の多様性を生み出してきた。毒素の進化速度がこれほど速いのは、新しい獲物を攻撃するためではない。時間が経って、獲物が毒に対する耐性を身につけた時に備えるためなのである。かつてイモガイ類は、ゴカイなどの環形動物を食べていた。その頃、海の食物連鎖の頂点に立つ魚類が捕食者となってイモガイ類の脅威となっていた。高速で進化する毒素遺伝子が、この軟体動物に、捕食性の魚類を撃退する武器を与えた。毒素はしだいに強力になり、魚類が死ぬようになった。それを好機として、イモガイ類は魚類は食べ始めた。食物連鎖の逆転が起きたのだ。

主役登場

有毒生物の系統樹を見ると、ほとんどすべての枝に神経毒生物がいる。しかし、人類の誕生以来、私たちに恐怖と魅力を刻みつけてきた1つの種に光を当てることなく、神経毒について語ることなどできない、と著者は言う。それは人類の眼と知性が進化する原動力になったと言われる種であり、各時代の文明において物語の主役を演じている種であり、今日でも、地球上でもっとも見分けのつく動物のひとつだ。著者が最後に語ろうするのは、コブラ科のヘビのことである。クサリヘビ類は相手の体を制圧し、血まみれにし、跡にはズタズタに切り裂いた遺体を残す。しかし、コブラ科は、時には、徹底的な病理解剖がなされるまで咬まれたことに気づかない人さえいるのだ。世界に存在する致死的なヘビのほとんどはコブラ科に見られる(コブラ、マンバ、アマガサヘビ、タイパン、デスアダー、ウミヘビ、サンゴヘビなど)。彼らはイモガイと同じように獲物を麻痺させるために強力なペプチドを用いる。イモガイ類と違って、彼らが獲物にするのはふつう哺乳類であるため、その毒液が人間にとって致死的なのは不思議ではないという。コブラ科のヘビたちが持つ神経毒のなかでもっとも致死的なのは、αニューロトキシンである。この毒素は、筋肉細胞にある神経伝達物質の受容体を阻害し、麻痺によって死をもたらす。しかし一部のコブラ科の毒液は、麻痺を引き起こす一方で、私たちの体に別の影響を及ぼすという。これらのヘビは、私たちの筋肉を麻痺させるだけでない。彼らは、はるかに邪悪で、不気味にも、私たちの心を操るのだという。

 コブラに咬ませてハイになる。

インドのデリでは、2、3百ドルほどの金額でコブラの毒液を体験することができるという。ある人たちによれば、世の中に出回っている薬物のなかで、もっともハイになれるものだという。K-72あるいはK-76と呼ばれる、粉末にした毒液は、インドでは他の不法薬物の5倍から10倍の値段で売られているという。少々のコカインと同じように感覚をハイにして、エネルギーを高める、この高額商品は、インドの裕福な若者たちのあいだで人気が高いという。密輸業者たちは、毒液1リットルで2000万ルピー(30万ドル以上)も稼げるという。毒液に法外な金額を支払えない、あまり裕福ではないが、スリルを求める人は、もっと直接的な方法で毒液を手に入れる。インドの幾つかの都市では、娯楽目的でヘビに咬ませる体験を商売している売人たちがいる。売人たちは単独で商売をしているか、「ヘビ窟」と呼ばれる怪しげな娯楽施設に属しているか、どちらかであるという。ヘビ窟では、咬傷によってもたられる朦朧状態のなかで、数時間を過ごすことができる。ヘビ窟のいくつかでは、多様なヘビの品揃えを自慢にしていて、効果の緩やかなものから、激しいものまで選べる。体験者によれば、彼らはコブラアマガサヘビなどの、コブラ科のヘビに咬まれるサービスを受けたという。著者は、自ら求めてヘビに咬まれた人たちの体験を紹介する。30種類以上の麻薬を経験したことがある52歳のミスターPKDは、放浪しているヘビ使いの協力を求めて、適正な値段で、2週間に2度、ヘビに前腕を咬ませた。恍惚感は、目眩と視野のかすみから始まり、それに続いて「高揚した覚醒感と幸福感が2、3時間にわたって持続したという。それはアヘンで体験するよりも、ずっと気持ちの良いものだった。ケララ州で逮捕された19歳の男は、定期的にヘビに咬まれるために100マイル近い旅行をした。彼は最大で40ドルを支払って、小さなヘビの頭を舌の裏に押し付け、咬ませることで、数日間持続する恍惚感を得たという。快楽のためのヘビの毒液について書かれた記述には、咬まれた場所に腫れが見られないという驚くべき一貫性がある。これは使われたヘビが、基本的に血液毒性をもたず多様な神経毒性をもつこと「つまりコブラ科であること」を示している。著者は研究者のなかで、誤って毒ヘビに咬まれ、ハイになった人たちの体験も紹介している。オーストラリアのブライアン・フライはピルバラデスアダーに咬まれた時の体験を回想録に書いている。彼は全身が麻痺し、人工呼吸器によって命が保たれていた。しかし、彼はまったく気にしていなかったという。彼の体験に一部を紹介しておこう。「それはもっとも強力な、1000倍の笑気ガスを吸ったときのようだった。体を動かす能力をまったく失ってしまうと、私は人工呼吸器につながれた。感覚はもう一段上のレベルへ行き、なんの心配もなく、私は頭上高くの世界を漂っていた。(略)時間をワープしていた。何十億年も私は、満ち足りた気持ちで、宇宙のなかを移動し、はるか彼方の土地や遠くの銀河を探検した。(略)」インドコブラに咬まれたジム・ハリソンは、感受性が研ぎ澄まされ、自分が毒液に反応しているという感覚を覚えた。「部屋中のすべてのものが光り輝やいているように思えた。すべてを感じるんだ----誰かがしゃべっているのも、その他あらゆることも」。神経毒と、咬傷に付随する「ハイ」を直接結びつける研究はないため、毒液の毒素に「ハイ」にする効果などほとんどないと主張する人もいる。「しかし、もしかしたら」と著者は語る。「この化学的なカクテルが実際に、何かとてつもなく素晴らしいことをおこなえる----血管脳関門を越えて、私たちの脳に影響を与えられる-----神経毒を含んでいると考えるほうが当を得ているかもしれない」

脳の防御壁を突破し、中枢神経に入り込む。

実際、そうした効能を持つと知られている毒液成分はいくつか存在するという。ミツバチの毒液成分であるアパミンは、カルシウム依存性カリウムチャネルを遮断して、ニューロンにインパルスを発射しやすくさせる働きをもっている。大量に投与されると震えや痙攣を引き起こすことがあるが、少量では興味深いことが起きる。ラットで行われた実験では学習・認知能力が改善されることが示されているという。また、アパミンは体内に注射されても血管脳関門を通り抜けて、脳の報酬系に働きかけることができるのだ。ヘビの毒液は、アパミンを含んでいない。ヘビの神経毒の「ほとんど」は、はるかに大きいタンパク質とペプチドであり、そう簡単に脳内に入ることはできない----ただし、ここで大事なのは「ほとんど」という部分である。少なくとも一部のヘビの毒液には、血管脳関門を通過できる分子が含まれているという証拠がしだいに増えてきているという。ミナミガラガラヘビの毒液をマウスの体に注射すると、2時間後には脳内から毒液が検出される。同じくミナミガラガラヘビの毒液から単離された毒素、クロトキシンとクロタミンも、中枢神経に働きかけて鎮痛作用をもたらすという。

獲物をゾンビ化する毒。

脳に働きかけてマインドコントロールする毒の働きを示すために、著者は、この章の最初に、エメラルドゴキブリバチを紹介する。このハチは数倍の大きさを持つゴキブリに、頭上から急降下して、ゴキブリを口で掴み、毒針で胸部の第一歩脚のあいだを刺す。この一撃でゴキブリを一時的に麻痺させ、今度は2箇所の神経節(昆虫の脳に相当する部分)に毒液を送り込む。ゴキブリバチの毒針は、ゴキブリ用にぴったり調整されていて、脳のどの部分に毒液を注入すべきかなのか感じ取ることができる。毒針は、機械的、化学的な手がかりをもとに、ゴキブリの脳の中を探ることができて、神経節鞘(血管脳関門に相当する組織)を通り抜ける経路を見つけだし、正確に毒液を送りこむ。すると、驚くべきことに、犠牲者はまず身づくろいを始める。一時的な麻痺から前肢が回復すると、ゴキブリはただちに、30分ほどかけて綿密に体をきれいにする。体をきれいにしたいという突然の欲求は、ゴキブリの脳内へドーパミン流入させることによって誘導できるという。ゴキブリが体をきれいにしている間に、ゴキブリバチは、自分の子供と、その生贄になるゾンビゴキブリを置いておける、人目につかない場所を探しにいく。およそ30分後、ゴキブリバチが戻ってくると、毒の効果で、ゴキブリは逃げ出すという意志を完全に失っているのだ。このゾンビ状態は、一週間ほど続くという。ゴキブリの運動能力は無傷で残るのだが、彼らはそれを使いたがらない。ゴキブリの翅や脚に触るといった、普通なら回避行動を促すような刺激を与えると、脳に信号は送られるものの、行動上の反応が引き起こされない。毒液が特定のニューロンを弱めて、ゴキブリの活性と反応性を低下させる。ゴキブリは突然、恐怖感を失うのだ。ゴキブリが動かなくなると、ゴキブリバチは、その触角を噛み切り、甘くて栄養のある血液を飲むことでエネルギーを補充し、残った触角を騎手が手綱を扱うように操作して獲物を墓場まで導いていく。巣穴の中に入ると、ゴキブリの体に卵を1つ産みつけ、入り口を塞いでしまう。そしてゴキブリバチは、ここで最後の一撃を加える。ゴキブリの代謝速度を低下させる。獲物が確実に長生きして、新鮮なままむさぼり食われることができるように…。エメラルドゴキブリバチの毒液は、ほんの一例で、彼らの属するセナガアナバチ属には、何種類かの心理操作を行うものがいる。彼らはゴキブリだけでなく、クモや芋虫、アリなどに寄生する。そのすべてがゾッとするような生活様式もっているという。

終章:有毒生物と人類の未来。

かつて有毒生物が注目されたのは、彼らがもたらす「死 」のためであった。死をもたらす力は、尊敬と崇拝を集めた。しかし今、彼らが注目を集めているのは、毒液が命を救う力によってであるという。1990年代の初めごろ、ブロンクスの退役軍人病院で働く内分泌学者であったジョン・エングは、アメリカドクトカゲの毒液に含まれるエキセンジンと呼ばれる救命化合物を発見した。それは糖尿病の治療に革命をもたらした。そして、その合成版を開発し、製薬会社のイーライリリー社に売った。その結果できた製品、バイエッタ は、2006年のアメリカ製薬市場でヒット商品になった。この薬品に含まれるエキセナチドという合成分子は、血糖値が高い時のみインスリンの放出を促すので、定期的なインスリン注射と違い、事故によるインスリン昏睡が起こらないという。バイエッタは、数年にわたり10億ドルの年間売上をもたらした。

バイエッタが出た直後、カプトプリルが登場する。この薬はハララカというブラジルのクサリヘビに由来するもので血圧を降下させる働きをもつ。他にも抗血液凝固成分として作用するヘビ血液毒性を利用したインテグリリンとアグラスタットも登場。今日の市場には、6種類の毒液由来の薬剤が出回っているという。1980年代や1990年代には、「毒液を薬の基にすべきだ」と言う人はいなかった。それが2000年代に入ると、科学者たちは核磁気共鳴分光法など、いままでとは違うやりかたで毒液を調べはじめた。今や誰もが「毒液は複雑な分子の図書館だ」と言い始めているという。

ミツバチに刺されて難病が完治した女性。

有毒生物の毒による治療は、昔から民間療法として行われてきた歴史を持つ。最古の毒液治療法のひとつはアピセラピー(ハチの毒を用いる治療)で、ギリシア、中国、エジプトの古代文明で採用されていた。伝統的なインド医学であるアーユルヴェーダでも治療法としてヘビの毒を用いたという。今日でも毒液による治療の研究は順調に進んでいる。著者は、ライム病で死にかけていた女性がミツバチに刺されて、病気が完治した例を紹介している。ライム病とは、シカダニに咬まれることで、その毒液に含まれる螺旋菌んい感染することで発症する。感染しても、ほとんどは抗生物質で簡単に治療することができるが、なかには細菌が生き残り、神経変性をもたらす場合がある。優れた物理学者であった、その女性は、この感染症によって行動能力を奪われた、かろうじて立ち上がったり、考えをまとめることができるだけで、正常な暮らしなど、とてもできなかったちう。どの医師にかっかても、どの治療法を試しても、つねに病気はぶり返した。絶望した彼女は死に場所を求めてカリフォルニアに移った。新しい場所に住みはじめて数日経ったある日、彼女はミツバチの群れに襲われた。彼女は、子供のころ、ハチに刺されて命の危険があるほどのアレルギーを引き起こした経験があったため、これでもう終わりだと思った。彼女は、「これは、一刻も早く苦しみから解放するための、神の思し召しです」と友人に語って、あらゆる処置を拒んだ。数日間、彼女は、想像できる限り最悪の痛みに苛まれた------しかし、死ぬことはなかった。そして彼女を苦しめたライム病は完治していた。後に彼女は、ミツバチの毒にもっとも多く含まれるメリチンが強力な抗生物質であることを発見する。彼女は、その後、ミツバチの毒液を用いる化粧品の会社を立ち上げたという。

ミツバチの毒でHIVを殺す。

ここ10年で、医療のための毒液研究が急速に進んでいるという。最近ではミツバチの主要毒液成分のひとつはHIVを攻撃し、殺せることが発見されたという。他にもマラリア、心臓病、血液疾患、癌など、様々な病気の治療に、毒液の成分を用いる研究が始まっているという。 

感想

本書を読んで驚かされるのは、今世紀に入ってからの毒の研究が、かつてないほど広がり深まっていることだ。それによって生物における毒液の成分が解明されるようになると、単一の種でも、数百から数千もの成分が含まれ、その多くが、いまだ解明されていないという。「動物の毒には血液毒(出血毒ともいう)と神経毒があり、ほとんどの有毒生物は、血液毒と神経毒からなる連続体のどこかに位置している」というぐらいの、今までの僕の認識は、「毒」の実態の、ほんの表面をなぞっているだけにすぎなかった、ということに気づかされた。毒液に含まれる、多様で、複雑な毒素には、生命の進化の歴史が凝縮されている。そこには、私たちに「死」をもたらすだけでなく、「命」を救う力を持った多くの物質が、発見を待っている。