桃田健史「EV新時代にトヨタは生き残れるのか」

自動車産業の動きが激しい。
少し前から自動車関連の仕事に関わる機会があって、自動車産業のトレンドを継続的にウォッチしている。しかし、ここ1〜2年の自動車産業の動きは、激しすぎて、その全貌が見えない。特に本書に書かれているような「EVブーム」は、2016年の後半あたりから唐突に始まったような気がする。いったい何が起きているのだろう。その答を知りたくて、本書を購入。著者自身が、世界中の自動車産業を訪ね歩いた生々しいルポには説得力がある。本書は2017年12月のはじめに購入したが、その後も自動車メーカーによるEVをめぐる動きは激しい。2018年1月のCESでも、様々なニュースが飛び込んできた。自動車の未来をめぐる動きから目が離せない。同様のテーマで、井上久男「自動車会社が消える日」も読了。

2017年、突然のEVシフト。
2015年頃では、環境対応車といえばHV(ハイブリッド車)が主流で、PHV(プラグインハイブリッド車)という中継ぎを経て、将来的には、水素を燃料とするFCV(燃料電池車)になっていく、みたいなイメージを漠然と持っていた。EV(電気自動車)は、電池の制約によって、走行距離が短く、都市部におけるコミューター的役割が主体になるだろうと言われていたと思う。それが、2016年後半から、いきなり「EVブーム」といわれても納得できないのである。

現在は第5次EVブーム!
本書によると現在のEVブームは第5次EVブームだという。そうなんだ。昔からEVはあったんだ。ちなみに「第1次」は1900年代の自動車の黎明期で、自動車全体の約40%が電気自動車だったという。蒸気自動車が40%で、ガソリン車が20%だったという。その後、ヘンリー・フォードがガソリン自動車を大量生産して、劇的に価格が下がり、電気自動車も蒸気自動車も瞬く間に駆逐されてしまったという。第2次は、1970年代石油ショック、マスキー法時代。第3次は、1990年代、米国カリフォルニア州のZEV法の施行による。第4次は、2009年、オバマ政権が掲げたグリーン・ニューディール政策による。この時、テスラのモデルS、日産リーフなどが誕生。中国も全土で国家プロジェクト「十城千両」を推進した。しかしEVバブルがはじけ、EVブームはあえなく終わりをつげる。では第5次EVブームはなぜ起きたのか?

きっかけはVWディーゼル不正だった。
著者によると、このような唐突な「EVブーム」には必ず仕掛け人が存在するという。それがジャーマン3と呼ばれるドイツの自動車メーカーである。きっかけは2015年VWディーゼル不正だったという。排ガス検査で有利になる不正なソフトウエアを搭載したディーゼルエンジン搭載車を世界で1000万台以上販売していたという大スキャンダルである。この事件によりVWのブランドイメージは地に落ち、不正に関わった経営陣は辞任。欧州におけるエコカーの主力であったディーゼルエンジン車も信頼を失った。窮地に立たされたVWは戦略を大きく転換する。2016年6月に発表された新中期経営計画「TOGETHER Strategy 2025」では、2025年までに30車種ものEVを販売すると発表。この数字は2017年8月には50車種に拡大され、業界関係者を驚かせたという。VWに続き、ダイムラーBMWも「EV化」に舵を切った。著者は、ジャーマン3がEV化に踏み切った理由のひとつが、ハイブリッド車で先行するトヨタやホンダの締め出しだったという。

IAAではEVシフト一色。日系メーカーは沈黙。

2017年9月、フランクフルトで開催されたIAA:国際自動車ショー。話題はEVに集中した。ダイムラーBMWVWグループからなるジャーマン3は、量産型のEVやEVのコンセプトモデルを記者会見の主役に据え、今後5〜8年ほどで一気にEVシフトすると表明。これによって、世界的なEVブームに拍車がかかったという。その中で、EVに最も積極的なのは、VWで、2025年には年に約300万台のEVを発売し、そのうちの半分150万台は中国向けになることを発表。さらに2050年までに50車種以上のEVを世界各地で投入するという。BMWも、2025年までに25車種の新型電動車を投入し、そのうち12車種はEVとなることを発表した。そして真打ちであるダイムラーは、メルセデスのEVブランド「EQ」で量産が決まっている2台をメインステージに据えて、EVシフトをアピールした。1台はメルセデスの上級ブランドAMGの最上級スポーツカー「プロジェクトワン」1.6リッターV6ターボエンジンをミッドシップに置き、前後輪に4基のモーターを装備。合算出力は740キロワット(1000馬力)のハイブリッド車。もう1台は、全長4.3mの小型3ドア車「EQA」。最高出力は200キロワット(272馬力)、航続距離は400キロメートルで、2019年に発売され、明らかに米国テスラの「モデル3」をライバルとしているという。さらに小型車ブランド「スマート」で欧州と北米で販売する全車種を2020年までにEV化すると発表。またライドシェアリングに対応する次世代スマート「スマートビジョンEQ フォーツー」を公開し、EV、自動運転、シェアリングサービスを融合させたビジネスを促進する姿勢を強調した。一方、日系メーカーは、IAAにおいて大きな動きを見せなかったという。

中国とインドも、EVへ。
さらに世界最大の自動車市場である中国も、2019年から施行するNEV法(ニューエネルギービークル法)で、EV時代をリードすべく、動き出した。そこでも、プリウスなどのハイブリッド車は、NEVとは認められないという。(プラグインハイブリッド車はNEVと認められる)また、インド政府も、「2030年までにインドで発売する自動車をすべてEVとする」と発表。

自動車の新潮流、3VとMaaS。
著者によれば、いま自動車産業に起きている潮流は、3つのVとMaaSという概念に集約されるという。EV(エレクトリックヴィークル:電気自動車)、AV(オートメイテッドヴィークル:自動運転車)、CV(コネクテッドヴィークル:ネットにつながった自動車)、そしてライドシェアのようなMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス:サービスとしてのモビリティ)である。ダイムラーは、この潮流をCASE(Connected、Automated、Service、Electric)という戦略で集約した。彼らによれば、3VとMaaSは別々の潮流ではなく、融合、一体化して新しい自動車ビジネスが生まれてくるという。

 アップル、グーグルがEVを諦めた理由。

アップルもグーグルも、一時期、自動車の製造をめざして自動運転の研究・開発を進めていた。しかし、両社とも現在は、ハードとしての自動車の製造を諦め、自動運転のためのソフトウエアやクラウドとの連携などの「システム」に集中する道を選んだ。著者は、両社がEVを諦めた理由を、VWからはじまった世界的なEVシフトの潮流ではなかったかと推測する。

EVブームに遅れをとった日系メーカー。

著者は、トヨタをはじめとする日系のメーカーが、世界的なEVブームに取り残されているという。トヨタは、2017年になって、エコカーの路線を変更。HVから、PHVを経て、将来はFCVに移行していくというロードマップを修正せざるを得なくなったのだ。2016年12月には社長直轄のEV事業戦略室を立ち上げ、2017年9月には、マツダデンソーとEVを共同開発する「EV C.A.スピリット」が設立された。日産も、2017年9月、カルロス・ゴーンCEOがパリにおいて、ルノー三菱自動車が連携して事業を進める「アライアンス2022」を発表。2022年までに新たに12車種のEVを投入するという。ホンダも、長期の事業戦略「2030年ビジョン」の中で、2030年までに世界で販売する四輪車の3分の2を電動車にすると発表。その中心となるのはPHV、FCV、EVだが、ホンダには、太陽光などの再生可能エネルギーを利用して水素を創り出すインフラも含めた「ダブルループ構想」がある。燃料電池車を開発している自動車メーカーで、独自の水素ステーションを開発しているのはホンダだけだという。しかし独自の理念、ビジョンと、自前技術にこだわってきたホンダも、EV時代になると、すべて自前で済ませるわけには行かず、他社との協業に舵を切ったという。日立オートモーティブシステムズとモーター開発で合弁企業を設立。自動運転ではグーグルから分社したウエイモと技術提携を行う。他にも、マツダ三菱自動車、スズキなど、日系自動車メーカーのEVシフトを紹介する。

EV普及のカギを握るのは充電時間の短縮と電池の開発。

著者によると、EV普及の最大の壁は、充電時間の長さだという。日産リーフの場合、通常充電で8時間、急速充電でも80%を充電するのに30分を要する。しかも急速充電ステーションの数が少ないため、自分の前に3台が待っていると、1時間半も待つことを覚悟しなければならない。この充電時間をいかに短くするかがEV普及の鍵となる。ポルシェは、2015年9月のフランクフルトショウで、EVのコンセプトモデル「ミッションE」を発表した。このモデルは満充電で500kmが後続距離を実現。さらにポルシェ・ターボ・チャージングと呼ばれる急速充電で満充電の80%まで15分で行う。今後は、このような大出力による急速充電への対応が不可欠になっていくという。

充電方式は、日本の東電や日系自動車メーカーが進めるチャデモ(CHAdeMO)、ドイツとアメリカが進めるCCS、そして中国の国家企画GBで定める独自方式があり、デファクトスタンダードを巡ってしのぎを削っている。ここでも下手をすると日本が推進するチャデモはEVの世界潮流から取り残されてしまう可能性があるという。

高出力の急速充電システムの量産が現実味を帯びてくると、それに対応したリチウムイオン2次電池の開発が不可欠になる。第4次EVブームでは、日産など自動車メーカーを中心にEV用2次電池の開発が加速したが、ブームが予想より早く終わってしまったため、各社は開発や投資計画の見直しを余儀なくされたという。いっぽう中国は、第4次EVブームが終わった後も、リチウムイオン2次電池の製造設備を日本や韓国から買い入れ、オバマ政権のグリーン・ニューディールの失策により倒産した米の電池メーカー数社を買収。さらに日本から技術者を高給で短期間雇い入れることにより、生産技術を高め、量産コストの大幅な低減を実現し、EV技術の世界制覇に向けて力を蓄えていった。そして2017年、ジャーマン3が仕掛けた第5次EVブームが突然やってきた。しかもジャーマン3は、急速にコスト競争力を高めた中国の電池メーカーと密接な関係にある。リチウムイオン2次電池でも日本は、取り残される可能性があると著者は警告する。

国が牽引して、一刻も早く、オールジャパン体制を。

著者は、EVをめぐる内外の動きを紹介しながら、100年に1度の変革期への日本企業の対応の遅れを危惧する。最後の章で、著者は、経産省の強いリーダーシップが必要だと主張する。国が自動車産業の未来を描き、自動車メーカーや自動車部品メーカーの合従連衡を促してまでも、業界全体をグイグイと引っ張っていくべきだという。その一環として日本版ZEV法の導入もありえる。こうした自動車産業の大手術を行うためには、経産省内に、国土交通省警察庁総務省から精鋭を集めた、モビリティ産業局を新設すべきだと著者は主張してきたという。

自動車部品メーカーは、カーディーラーを買収せよ。

EV化が進むと、1台あたりの部品点数が大幅に少なくなる。さらに共通プラットフォーム化で、部品メーカーの数は現在の十分の一にまで減少する可能性があるという。自動車部品メーカーにとっては、これから茨の道が待ち受けているという。そこで著者は、これまで自動車部品メーカーが発想しなかった大胆な事業の転換を提案する。その一例が、赤字のカーディーラーを買収して、モビリティ・サプライヤーに再生するビジネスである。

テスラはEVベンチャーの参考にならない。

第4次EVブームから現在まで、多くのEVベンチャーが立ち上がり、そのほとんどが消えていったという。著者は、EVベンチャーの多くが、テスラを目指していることが気になるという。テスラは、独自の資金調達、政界や自動車メーカーへの強力な働きかけなどで、かろうじて現状を維持しているにすぎず、成功事例と呼べないという。世界市場ではジャーマン3がEVシフトを急ぎ、それを受けて、トヨタを中心とするオールジャパンの体制が立ち上がろうとしている今、EVベンチャーが生き残る道はどんどん狭まっているという。その中でEVベンチャーに残された唯一の道が、オールジャパン体制の中に「EVベンチャー枠」を設けてもらい、その枠の中で、独自のサービス事業を創出することにあるという。

トヨタは生き残れるか?

著者は、ジャーマン3が仕掛けた「EVシフト」は、プリウスを基盤にトヨタが築きあげてきたハイブリッド王国に対する宣戦布告であるという。その戦法は、マーケティング手法により、EV、自動運転、コネクテッド、それぞれの技術をMaaSという、いまだ事業の形態がしっかり確立されていない枠組みの中に取り込み、トヨタや日系メーカーが得意とする技術オリエンテッドとは別の時間軸で、一気に次世代自動車での事実上の標準(デファクトスタンダード)を狙うというものだ。トヨタとしての対抗策は、ただひとつ。真の意味での「オールジャパン」を狙うことだという。