上田早夕里「華竜の宮」

Kindle Paperwhiteで購入。
電子書籍で最後まで読み終えた記念すべき最初の作品となった。いままでiPhoneiPad電子書籍を何点か購入したことはあるが、全部途中で挫折。Kindle Paperwhiteを購入してからも冲方丁の「光圀伝」を購入したがなぜか読了できずにいた。著者の作品は「魚舟・獣舟」「リリエンタールの末裔」を読んでいる。「魚舟・獣舟」はSF的なアイデアはちょっと弱いが、世界観と語りで読ませる作品という印象。独特の世界観にはかなり違和感を感じるが、慣れてくると、そんなに気にならなくなった。女性らしい、ちょっと硬質な文章が心地よい。
海面が260メートル上昇した未来。
本書は「魚舟・獣舟」で描かれた世界が、そのまま使われている。すなわち、地殻よりさらに深い地球内部で起きるホットプルームの上昇により、海面が約260メートル上昇。世界中のほとんどの都市が水没した地球が舞台である。海面が上昇していく段階で、生態系は激変し、多くの生物が絶滅した。土地を失った大量の難民がいっせいに残された陸地をめざして移動を始める。戦争が起きて、遺伝子操作で生まれた生物兵器が暴走し、大量殺戮が起きる。ほとんどの国家は消滅し、いくつかの巨大な連合組織に再編されていった。人類は、この環境に適応するために遺伝子操作によって自らの肉体を改造し、海上生活に適した生態を持つ海上民と、残された陸地にこだわる陸上民に別れた。海上民は「魚舟」と呼ばれる大型の魚の上で生活している。すべての海上民は、「双子」として生まれるが、その片割れは人間ではなく、サンショウウオのような魚の形態で生まれてくる。人間の子供はそのまま育てられるが、魚の形態で生まれた子供はすぐに海に放たれる。子供がある程度成長した時に、海に放たれた魚の子供も成長して人間の子供のもとに戻ってくる。再会を果たした人間と魚は、朋(とも)となって一緒に暮らし始める。一緒に暮らすというより、魚舟の身体に人間が住み着く感じ。人間と魚舟は歌によって交流をはかる。海に放たれた魚舟は、人間のもとに戻ってくるとは限らない。途中で死んでしまうこともある。また人間のほうが死んでしまうこともある。人間のほうが死んでしまうと、魚舟は「朋」を失い、獣舟という生物に変異を遂げ、陸に上がり、人間を襲い始める…。陸上に残った人間も、遺伝子操作は行わなかったものの、子供の頃にアシスタント知性体と呼ばれる人工知能を与えられ、パートナーとして一緒に成長していく。陸上民は、数少ない陸地と人工の海上都市に住んでいる。
主人公の青澄誠司(アオズミセイジ)は日本政府の外交官、領海内を管理する外洋公館の公使である。物語は、彼のアシスタント知性体であるマキの視点で語られていく。他に、海上民の集団のオサであるツキソメ。海上民ありながら汎アジア連合の海上警備隊隊長、ツェン・タイフォン。対フォンの兄で汎アジア連合の政治院上級委員、ツェン・MM・リーが登場する。海上民は集団で海上を自由に移動しながら生活しているが、陸上民の政治組織の管理を受けるためのタグを身体に埋め込んでいる。タグを埋め込むと病潮(やみしお)と呼ばれる伝染病のワクチンを接種することができるが、その見返りに税金を払わなければならない。海上民の中には陸上民による管理を嫌って、タグの埋め込みを拒否している「タグなし」と呼ばれる集団も少なくない。タグの埋め込みを強制して、海上民を管理しようとする連合と海上民の対立。連合組織どうしの対立…。主人公は、様々な集団や組織の対立を外交官として解決しようとする。
SF的なアイデア
SF的なアイデアとしては、最新の地球科学を駆使した「日本沈没」ならぬ「世界沈没」。遺伝子操作によって生み出された海上民と魚舟の共生生活。さらに人工知能によるアシスタント知性体の存在など、盛りだくさんだが、ちょっと物足りない部分もある。世界の大半が海中に没した世界に適応するために人類を遺伝子操作で改造しようとするのなら、人類自身の水棲人化のほうがよいのではないか。安部公房のSF「第四間氷期」のように…。海洋SFと言えるのに、深海や未知の深海生物がほとんど出て来ないのは残念。つっこみたくなる部分も少なくないのだが、独特の世界観、魅力的な登場人物や様々な個性を持つ魚舟の描写、巧みな語り口でいっきに読めてしまった。
異世界を構築すること。
読んでいるうちに、その印象が他の作家と似ていると感じはじめた。本書の世界観は、ハードSFというより「異世界の創造」に近いのではないかと感じた。世界そのものは大きく違うが、小野不由美の「十二国記」や栗本薫の「グイン・サーガ」にも似ているものを感じた。魚舟や獣舟という設定は、SFというよりファンタジーに近いものを感じてしまう。
Kindle版で読む。
紙の本との違いについて触れておこう。Kindle Paperwhiteは、紙にいちばん近いと思って購入したのだが、読み易さ、疲れにくさでは、かなり紙に近いと感じた。紙より優れた点は、文字の大きさを変えられること。パソコン仕事で目が疲れている時など、文字を大きくすれば、かなりラクになるのはありがたい。文字サイズが可変なのでページ数がわからず、意味不明の番号、全体のパーセント、読み終えるまでの時間で表示されることに戸惑う。いずれ慣れるのかもしれない。今回はあまり使わなかったが辞書機能は便利そう。本文中の単語を選んで長押しするだけで辞書とリンク。その場で意味がわかる。旧かな使いの作品では重宝しそうだ。途中、Kindleだけでなく、iPhoneiPadKindleアプリでも読んでみたが、そんなに違和感が無かった。別の端末で読んでも、同じ箇所から読み続けられる同期機能が便利だ。鞄からKindleを取り出すのが面倒で、ポケットのiPhoneを取り出して読んでしまうことが何度かあった。光る画面で文字を読むことに、もうそれほど違和感がなくなっているのかもしれない。
値段が高い。読みたい本が少ない。
今回は、たまたまKindle版が用意されていたが、最近読みたくなった本のほとんどが紙オンリーである。値段ももっと下げて欲しい。本書は上下巻とも、667円。紙版は777円で110円安いだけだ。今のままだと鞄の中の本は当分、減りそうにない。