町山智浩「トラウマ映画館」


一度観ただけでトラウマになるほど強烈な映画ってあるのだろうか。少し前に書店で見かけた本書のタイトルがずっと気になっていた。2週間ほど前、本書を手に取ってみて目次を眺めて、ついに購入。紹介されている映画のうち、観たことがあったのは、この時点で2本だけ。「去年の夏」と「眼には眼を」。劇場で観たのは「去年の夏」のみで、高校生の頃だ。少年と美しい未亡人の恋を描いた「思い出の夏」のようなノスタルジックな青春映画を期待して観たのだが、もっとシリアスで残酷で痛い映画だった。「眼には眼を」のほうは、いつかわからないがテレビで観た。クルト・ユルゲンス扮する主人公の医師は、ある日、自宅に病気の妻を連れてきたユダヤ人の治療を断る。翌日、彼の勤める病院に行くと、彼が治療を断ったユダヤ人の妻が死んだことを知らされる。その日から、ユダヤ人の執拗な復讐が始まる。覚えているのは、ラスト場面。二人とも砂漠で死にそうになって、ユダヤ人のほうは自分が死ぬ前に、主人公を許し、砂漠から脱出する道を教える。その言葉に従って歩き出した主人公の後ろ姿。カメラが後退して行くと、主人公の行く手に果てしなく広がる砂漠だけがある…。救いのないエンディングが強く印象に残っている。2作とも、確かにそれなりの衝撃を受けた作品ではあるが、トラウマというほどではないと思った。しかし著者が選んだ作品は、どれも実際に観たら、かなりの衝撃を受けたと思われるものばかりだ。それはもちろんホラー映画やスプラッター映画の衝撃ではない。どれも、それまでの映画の常識やタブーを破ったことによる衝撃なのである。本書を読んでいく内に、観たことがある映画がもう1本あった。ロミー・シュナイダーが出演した「追想」。これもナチスに妻と子供を殺された医師がナチスの部隊を自分の城に閉じ込めて、たった一人で復讐していくストーリー。最後に生き残ったナチスの将校を火炎放射器で焼き殺すシーンをしっかり覚えていた。他に「かもめの城」とともに紹介されている「シベールの日曜日」も観た記憶がある。インドシナ戦争で心の傷を負った青年が父親に捨てられた少女を愛する話で、割と好きな映画。本書に登場する映画は必ずしも興行的には成功したとは言えないようだ。しかし人々の記憶に残り、その後の映画に大きな影響を及ぼしていることはま違いない。現に本書の作品と同じテーマやストーリーで多くの映画が作られているという。悪魔祓いを描いた「エクソシスト」の原型とも言える「尼僧ヨアンナ」と「肉体の悪魔」。「シックスセンス」につながる「恐怖の足跡」。「フライトプラン」等と同じような肉親の失踪を描いた「バニー・レークは行方不明」…。本書を読んで観たくなった映画がいくつもある。イギリスで34年間上映禁止だった「不意打ち」。エクソシストにつながる実在の事件を元に描かれた「尼僧ヨアンナ」。偽ドキュメンタリーという手法を生み出した「傷だらけのアイドル」。デザイナーのソウル・バスが監督して、蟻と人間の戦いを描いたSF「戦慄!昆虫パニック」。日本のグループサウンズにも影響を与えたという「わが青春のマリアンヌ」。「シベールの日曜日」の可憐な少女が成長した「かもめの城」。ヘンリー・ジェイムスの小説「ねじの回転」の前日談として描かれた「妖精たちの森」。「泥棒日記」を書いたジャン・ジュネの脚本による「マドモワゼル」など。
それにしても、この著者による映画の解説は的確で、明快そのもの。文章も平易で、読みやすい。しかも作品が生まれた時代や社会への造詣も深く、映画の理解が一層深まる感じがする。著者は、映画批評では有名らしい。他の本も読んでみようと思った。著者による「映画の見方がわかる本 80年代アメリカ映画 カルトムービー編 ブレードランナーの未来世紀」も購入。