ウィリアム・ホープ・ホジスンの本

昔、東宝の映画で「マタンゴ」という作品があった。小学生のころ、近所の映画館で確か怪獣映画と2本立てで観たのだが、これが大人向けのホラー映画で死ぬほどこわかった。豪華ヨットで航海に出た男女7人が嵐に遭って難破する。たどり着いた無人島は、カビとキノコに覆われた孤島だった。一行は、わずかな食料を積んだ無人の難破船を発見する。そこで発見された日記には「キノコを食べるな」という警告が…。一行の中で食料と女を奪い合う争いがはじまる。そんな中で人が一人ずつ消えていく。やがて異様な生物が出没しはじめる…。小学生の自分には、こわすぎたようで、高校ぐらいまで夢に出てきたことを憶えている。
この映画の原作がW.H.ホジスンの「夜の声」である。嵐で船が難破し、南海の孤島にたどりついた生存者が、食料がなく島に生えていたキノコを食べてしまう。しばらくすると、彼女の身体からキノコが生えてくる。時が経つにつれ、身体の異変は拡がり、キノコ人間に変身していくという短編だ。
W.H.ホジスンという作家、19世紀から20世紀初めに活動した怪奇小説作家である。13歳で船乗りになり8年間の船員生活を送った。その後、怪奇小説海洋冒険小説を発表する。SFの父と言われるH.G.ウェルズやコナン・ドイルと同時代に活躍した作家であり、どこか同時代の匂いがする。ウェルズやドイルに比べるとマイナーだが、彼が構築した異世界はきわめて独創的で、そのオリジナリティはウェルズやドイルを凌駕する。船員時代の体験を題材にした海洋奇譚には定評がある。幽霊船、未知の生物が棲む絶海の孤島、船の墓場サルガッソー…。それらも大好きな作品群だが、ホジスンの本当の魅力は別のところにある。それは「異世界」の構築だ。代表作「異次元を覗く家」と「ナイトランド」。ナイトランドのあらすじを少しだけ紹介する。いまから100万年後の地球。太陽が死に絶え、人類は、魑魅魍魎が跋扈する永遠の夜の世界で、地上8マイル、地下100マイルという巨大なピラミッドに立てこもって最後の時を待っていた。現代の世界で、恋人を失い、生きる力を失った主人公は、同じ夢を見るようになる。その夢の世界が、100万年後の地球だった。そこで彼は、死んだはずの恋人と再会する…。怪奇小説の大家ラブクラフトやC.S.ルイスにも影響を与えたと言われる、その世界観は圧倒的だ。