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小松貴「裏山の奇人 野にたゆたう博物学」

本書は東海大学出版部「フィールドの生物学」シリーズの第14弾。読むのが3冊目になるこのシリーズは、とにかく面白い。若い研究者による執筆のせいだろうか。難点は部数が少ないせいか、価格が高いこと。ソフトカバーで全巻2160円(税込)というのはちょっと高いと思うが…。本書は痛快といってもいいほどの面白さ。

2歳から昆虫採集をはじめた。

自らを奇人と称する著者。その天才は、2歳の時に早くも発揮される。近所の家の庭にある石の下にアリの巣を発見。毎日のようにアリの巣を観察を繰り返す内に、その中から、後に著者の専門となる好蟻性昆虫(アリの巣やコロニーに寄生、共生する昆虫)のアリヅカコオロギを発見しているのだ。当時、研究者でも、蟻塚を全部掘り返さないと見つけられないといわれたアリヅカコオロギを採集する方法を、この2歳児はすでに知っていた。幼稚園に入る前から、著者は人間と遊ぶよりは、様々な昆虫たちと遊んでいたという。幼稚園から、小学校へ進んでも、著者が遊ぶ相手は相変わらず昆虫たちだった。天性のナチュラリストともいえる著者の観察力、洞察力には驚かされる。専門である好蟻性昆虫のほかにも様々な生物との触れ合いが生き生きと描かれている。

スズメバチを手なづける。

小学生の高学年に進んだ著者は、やっぱり昆虫をとって遊んでいた。その「遊び」がユニークなのである。著者が「スズメバチの使い魔遊び」と呼んでいた遊びを紹介しておこう。あらかじめエンマコオロギを捕まえておき、公園に飛来するコガタスズメバチに餌として渡して手なづけるというものだ。スズメバチがやってくる茂みに、餌のエンマコオロギを持って待ち伏せる。やがてスズメバチがやってくると、この餌を差し出す。スズメバチは、著者の手に止まって、コオロギを素早く噛み殺して肉団子を作る。肉団子を作っている間に、茂みのそばの開けた道や芝生に移動しておく。作った肉団子を適当なサイズに分けたスズメバチは、それを持って飛び立っていく。常に、顔を著者のほうに向け、ゆっくり螺旋を描いて上昇する。著者の手に残った肉団子を取りに戻ってくるつもりなので、著者の顔、体勢、立っている場所の地形を記憶しているのだ。高さ5mぐらいに上昇すると、いっきに飛び去っていく。それからおよそ5分後、ハチは戻ってくる。著者は飛び立った時と同じ場所に立ち、同じ体勢で餌を差し出す。するとハチは、著者を餌場と認識して、再び手のひらに舞い降りる。それを何度か繰り返すと、スズメバチは、著者が餌を持っていなくても、茂みのそばに立つと、餌をねだって、つきまとうようになったという。やがて1週間の間、餌をやらなくてもスズメバチは著者のところにやってきたという。これが著者の小学校高学年の時のことである。

コウモリと遊び、スズメの賢さを検証する。

天性のナチュラリストとしての才能は、昆虫以外にも発揮される。たとえば夕暮れ時になると現れるアブラコウモリ。著者は、その飛行パターンを観察し、高く飛ぶ場所と低く飛ぶ場所があることを発見。低く飛ぶ場所で待ち構えて、網で捕まえようとするが、超音波によって前方の障害物を避けるコウモリは、素早く避けてしまう。そこで著者は一計を案じ、飛んできたコウモリが頭上を通り越した次の瞬間、後ろから追いかけるように網をかぶせてつかまえる…。コウモリのソナーのしくみを巧みに利用したユニークな捕まえ方を考案して実行してしまう。中学生になっても、近所の公園で虫や小動物と遊ぶ以外に世の中を楽しむすべを知らなかったという。著者が考案した、公園にやってくるスズメがどれだけ賢いかを調べる実験が面白い。高校生になってもやることは変わらなかったが、3年になると大学の受験のために受験に備えて予備校通いが始まる。しかし、どんなに忙しくても生き物との逢瀬を止めなかったという。著者は、猛烈に勉強し、2001年、長野の信州大学理学部生物学科に入学する。長野県松本市に移り住んだ著者は、早速、自転車で大学周辺を巡って、通うべきフィールドを品定めする。第二章「あの裏山で待ってる」の「小松友人帳」では、著者が通い続けたフィールドで出会った生き物たちとの触れ合いが描かれる。カエル、アリグモ、ミノムシ、狩人蜂、ツノトンボ、ヒミズ、ヤマネ、テンなど…。どの生き物も、著者独特のユニークな観察と発想で、思いがけない生態を見せてくれる。この章だけでも本当に面白い。そして著者のナチュラリストのスキルは、ますます磨かれていく。

ヒッチコック「鳥」を再現。

大学時代の面白いエピソードを紹介しておこう。著者が大学時代の冬休みに、青森の実家に帰っている時のことだ。実家の近くに小学校があり、雪で真っ白になった校庭に夕方になるとおびただしい数のハシボソガラスが集まってくる。著者は観察しているだけではつまらくなり、ワシになりすましてカラスに近づくことに成功する。著者はそれだけでは物足らず、今度はヒッチコック監督の映画「鳥」のシーンを再現できないかと考える。動物が黒くてダランとした物体をぶら下げていると、カラスは「仲間を捕らえた敵」とみなして攻撃する習性を持っているのだ。著者は被っていた帽子を手に持ち、大声で叫びながら、カラスの群れに突撃した。さらに手に持っていた帽子を巧みに動かして必死にもがくカラスに見せかけ、仕上げにカラスの悲鳴まで発してみせた。するとその場にいたカラスが一斉に飛び立ち、たちまち著者の頭上にカラスの竜巻ができた。カラスたちは激しく鳴き交わしながら、著者の上を旋回する。その騒ぎを聞きつけた他の場所からもどんどんカラスが集まってきて、夕暮れの空は真っ黒に染まった。しかしいっこうに襲ってくる気配がない。著者の猿芝居がバレてきたのか、カラス達は地上に1羽また1羽と降りてきてしまう。彼らはつまらそうに著者を見つめている。興奮した著者は帽子を振り回しつつ、わめきながら、雪の校庭の真ん中で踊り続けた。ところが、いつもよりカラスが騒いでいるのを不審に思った近隣住民たちが様子を見にぞろぞろと集まってきたため、著者は何食わぬ顔で校庭を立ち去った。このエピソードもユニークだが、同じ「フィールドの生物学」シリーズの「孤独なバッタ群れる時」の著者も、バッタの大発生を見物に来た観光客の女性が緑の服を着ていたため、バッタに服を食いつくされるという話に感動し、アフリカの砂漠に研究に行くときにわざわざ緑の服を持っていった、という話を思い出した。生物学の研究者には、そのような願望を持つ人がいるのだろうか。それにしても数百羽のカラスが映画「鳥」のように本当に襲ってきたらどうするつもりだったのだろう。

アリヅカコオロギとの再会。好蟻性昆虫の研究へ。

学部の4年、研究室配属の時期を迎えた著者は、進化生物学の市野教授のもとで研究を行うことなり、様々な研究テーマを検討するが、研究したい虫が多すぎてテーマが決まらない。教授のほうから「アリヅカコオロギ」の名が出てくる。著者が2歳の時、石を裏返して見つけたアリの巣にいた昆虫である。アリヅカコオロギの採集にかけてはギネス級の腕を持つと自認する著者は二つ返事でこのテーマに飛びつく。全国に分布するアリヅカコオロギの研究には、サンプリング旅行が不可欠であるという。さらに上野の国立科学博物館にいる丸山宗利に相談するように言われる。この丸山宗利こそ、著者が「悪魔将軍」と呼ぶ怪人物であることが後に判明する。著者の卒業研究は「日本産アリヅカコオロギ属の分子系統解析」。著者は自ら採集旅行に出かけ、さらに丸山氏の協力により国内のアリヅカコオロギのサンプルを集め、そのDNAを抽出して解析し、分子系統樹を作り上げていった。卒業研究は順調に進み、著者は大学院の修士・博士過程に進学する。こうして、アリのコロニーに寄生する昆虫「好蟻性昆虫」、中でも「アリヅカコオロギ」の研究が、著者のライフワークになっていく。大学院へ進んでからも、研究の領域を世界に拡大し、研究を続けている。

東南アジア、南米への遠征。

もう一人の奇人である丸山宗利と知り合った著者は、以後、一緒に様々な場所へ好蟻性昆虫の野外調査に出かけていく。多様な昆虫の宝庫である東南アジアのジャングルは、著者にとってはパラダイスのようなところである。マレーシアでの野外調査の時、著者は興奮と疲労のあまり、クアラルンプールのホテルの前でぶっ倒れる。翌日生まれて初めて入った熱帯雨林では、見るものすべてが珍しく、言葉も出なかったという。様々なアリや好蟻性昆虫をはじめとする昆虫たちとの出会いがいきいきと描かれていて読み応え十分な章。特にファイアーアントをはじめとする攻撃的なアリたちとの攻防戦は背中がムズムズしてくるほど、痛かったり、痒かったりするから、要注意だ。ここでも著者は天才ぶりを発揮。普段は地中に隠れているフンコロガシたちが、木や茂みの高いところに移動するのを見て「嵐が来る」と予言し、2~3時間後、果たして豪雨になり、同行した者達を驚かせる。

蚊をあなどるなかれ。デング熱に感染。

アリや蜂など、刺す昆虫たちと触れ合っている著者にとって、蚊に食われるぐらいは全然平気だった。しかし、そこは熱帯雨林だ。翌年再びマレーシアに出かけた時のことだ。著者はアカカミアリの行列を撮影することに夢中になり、暑くなってきたので腕をまくった。そこに大量の蚊が止まってくる。虫除けを使うなど軟弱の極みと言っていた著者は蚊に血を吸わせるままにしておいた。帰国翌日の夜、著者は高熱と全身の関節痛に襲われた。思い当たる節は、ただひとつ。先日の蚊である。インターネットで調べると、どうやら「デング熱」らしい。信州大学の付属病院が休みで県内の大きな病院に駆け込む。大病院とはいえ、地方の病院であり、医者が輸入感染症の知識を持っていなかった。著者は海外で蚊に刺されまくったこと、デング熱という感染症に症状が酷似していると訴えるが、医者は取り合ってくれず、風邪の解熱剤を処方するだけで著者を帰してしまう。1週間経っても症状が改善しないため、入院となるが、著者の症状は血液中の血小板が減少する劇症型のデング出血熱に移行していた。入院5日目に、血小板の減少はボーダーラインを超え、著者は、生まれて初めての血小板輸血を受ける。この頃からようやく回復に向かったという。その後も、著者は東南アジアや南米に何度も出かけている。著者は、デング熱で生死の淵をさまよった経験から、自分の生死を分ける境目が見えるようになったという。

裏山に宝あり。

博士論文が通り、晴れて理学博士になった著者はしかし、申請していた研究職にことごとく落とされてしまう。あわや無職か、という時に教授が申請していたプロジェクトの研究費が通って、著者は数年の間の職を得ることになった。信州大学でのポスドク時代も、著者は相変わらず「裏山」に通って、論文のネタを探し続けた。中でも、ひじょうに珍しい「ケカゲロウ」の採集と飼育に挑戦し、2年がかりで、日本ではじめて人の管理下でふ化させることに成功した話には感銘を受ける。それは同時に旧世界で初めて、卵から成虫まで飼育に成功したことになるという。著者は、今でも身近な裏山に通って、好蟻性昆虫の観察を続けているという。

南米で幻のメバエを追う。

本書は、全編面白いが、その中でもクライマックスともいえるのが南米の悪名高きグンタイアリを利用する好蟻性昆虫ハラボソメバエの調査。グンタイアリの行列が森に攻め込んでくると地面の落ち葉や倒木の陰に隠れていた小動物が慌てて地表に這い出してくるという。こうして追い立てられた小動物を専門に襲う「アリドリ」という鳥がいるが、それと同じ生態をもったハエも存在する。それがハラボソメバエだ。このハエは、グンタイアリに追い立てられた獲物(ゴキブリ)に卵を産みつけ、寄生させる。著者たちはグンタイアリの行進に何度も出くわすが、メバエを見つけることができない。ある日、街からかなり離れた森に出かけてグンタイアリの行進に出会う。そこで著者は、行列の先頭あたりの上空を飛んでいるメバエを見つける。行列の先頭を追っていくと、やがて崖の下に達し、今度は崖を登り始めた。メバエの群れも崖に沿って上昇していく。著者は自分も崖を登って、追いかけようとするが、丸山氏に無理だと言われ、泣く泣く追跡を断念する。その後はグンタイアリの行進すら見つけられず、失意のまま帰国の途につく。もう南米に行くチャンスはあるまいと思っていた著者に、1年後、再びチャンスがやってくる。丸山氏のペルーへの調査旅行に同行することになったのである。今回のペルーの森は、ジャガーや、ワニ、アナコンダが生息するアマゾンのジャングルだ。著者は、それらの猛獣に怯えながら、膨大な蚊、ヌカカ、サシチョウバエ、ダニなどに全身を刺されながら、グンタイアリ行進を追いかけることができた。黒い河のように押し寄せてくるグンタイアリの進軍。逃げ惑うゴキブリ。それを襲うハエの群れ、鳴き叫ぶアリドリ、舞い飛ぶチョウ、森は、阿鼻叫喚の場と化した。ようやくメバエを見つけた著者は、アリの攻撃をものともせず、行列の先頭めがけて突進していく。しかしメバエは人間の接近を嫌い、近づくと散ってしまう。著者は一旦接近を諦め、観察に徹することにする。ここでも著者特有の観察と洞察で、メバエを操り、撮影に成功する。濁流のようなグンタイアリの群れのまん中で、アリドリと過ごし、ハエと遊ぶ著者は、ここ数年で最も幸福な瞬間を味わっていた…。

著者は、虫の眼、虫の気持ち、虫の時間で生きられる人。

本書を読んでいると、著者は、きっと「虫の眼」や「虫の気持ち」を持っている人なんだと思う。世界を虫の眼で見ることができて、虫のように考えることができる。そして虫の時間で生きることができる。それは、一種の天才なのだと思う。自然の中に入りこんで鳥や獣や虫と触れ合うことができる人間。近代以前なら、彼のような人間は、魔法使いや呪術師と恐れられたかもしれない。マタギや深山を駆け巡る山岳信仰の修験者として生きたかもしれない。

「サイエンス読み物」の面白さ、半分は「人間」の面白さ。

本書で3冊目になった「フィールドの生物学」シリーズ。3冊とも、とても面白かった。この面白さの半分は、著者という人間の面白さではないかと感じた。3冊とも、大学から大学院へ、ポスドクへと進む若い研究者たちの、不安定で過酷な生活が描かれている。彼らが悩んだり落ちこんだりしながらも、自らを駆り立て、なんとか成果を上げていくサクセスストーリーの面白さでもあるのだ。本書にも登場する丸山宗利氏の新書「昆虫はすごい」を読んでみると、面白いことは面白いのだが、このシリーズほど痛快な面白さは味わえない。「昆虫はすごい」からは、丸山氏自身の生活や人物像が見えてこないからだと思う。福岡伸一の「生物と無生物のあいだ」などのサイエンス読み物の面白さも、そこに描かれた生命科学の理論だけでなく、登場する研究者たちの情熱や野望、失意や妬みまでが描かれているから面白いのだと思う。3「フィールドの生物学」シリーズには、本書にも登場する悪魔怪人、丸山宗利氏の著書「アリの巣をめぐる冒険」もある。それを読んだら、サイエンス系読書はしばらくお休みとしよう。