藤田日出男「隠された証言 日航123便墜落事故」

日航123便墜落事故」関連の本を読んでいる。

8月28日のエントリーで書いた

青山透子「日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る」 - 読書日記

を読んで以来、あの事故のことが気になってしかたがない。そこで、いろいろ読んでみることにした。大型書店で探しても、あの事故について書かれた本は、もうほとんど置いていない。あるのは青山氏の新刊のみ(けっこう売れてる)。しかたなくAmazonでいろいろ購入。その中の1冊。

日航パイロットの視点。

本書を選んだのは、著者が日航パイロットであること。そして早くから航空事故調査に取り組んできたこと。さらにその知見から、日航123便事故調査委員会の結論に疑問を持ち、再調査を主張し続けたことが理由。事故当日、著者は、翌朝の香港便に搭乗のために成田にいたが、事故発生の一報を聞き、群馬県に急行、墜落現場へ駆けつけて調査を開始した。1994年、日本航空を定年退社し、「日本乗員組合連絡会議」事故対策委員を務めた。本書は、2003年に出版された(2006年文庫化)。2008年永眠。

著者は、圧力隔壁の金属疲労による破壊を原因とする事故調査委員会の結論に疑問を持ち、独自の検証で事故原因を追求した。特に、生存者の証言やボイスレコーダー、フライトレコーダーの解析から「圧力隔壁破壊による急減圧は無かった」と主張。自説を実証するために、急減圧の実験を行い、事故原因の再調査を訴え続けた。

陰謀論には加担しない。しかし。

日航パイロットのせいか、「自衛隊のミサイルが直撃した」「墜落の直後から自衛隊の特殊部隊が現場に入っていた」などの陰謀論には懐疑的。しかし、防衛庁の素早すぎる対応、墜落現場特定の遅れ、事故直後、現場に来て救援を行おうとしていた米軍ヘリを日本政府が断っていたこと。そして、そのまま翌朝まで救助活動を行わず放置していたことなど、当時の錯綜した情報を整理することで、「謎」を浮き彫りにしている。

パイロットならではの視点。

異常が発生し、墜落するまでの123便の飛行を、フライトレコーダーやボイスレコーダーの情報を元に分析しているのは、わかりやすい。パイロットならではの視点には説得力がある。

隔壁破壊説に一貫して反論。

著者は、事故調の結論である「圧力隔壁の金属疲労による破壊説」に、一貫して反対している。本書の半分以上は「隔壁破壊による急減圧説」を否定するために書かれているといってもいい。生存者の証言、急減圧を起こした過去の航空事故、そして、急減圧の実験を行って、隔壁破壊説に反論する。その論理には説得力があると思う。

本当の事故原因は?

著者は、隔壁破壊説を否定した上で、どのような原因が考えられるのか、考察を加えている。しかし相模の湾海底に沈んでいるはずの垂直尾翼の残りの部分を回収して、検証しなければ、本当の原因はわからないという。ミサイルや隕石の直撃という「とんでも説」を除くと、「フラッター説」が有力であるという。フラッターとは方向舵が、旗が強い風でバタバタとはためくのと同じような状態になることを指す。過去にはフラッターによって墜落した飛行機も少なくないという。著者はボイスレコーダーに記録された8〜16Hzの周波数変動が、フラッターではないかと推測している。この振動は、異常発生を表す「バーン」という音の、約4分の1秒前から始まっていて、尾部のどこかの破壊の始まりとも見られるという。

内部告発者とのコンタクト。

本書の中に、著者に接触してきた内部告発者のことが紹介されている。彼は運輸省の官僚で、事故調査の様々な資料に触れるポジションにいる。2000年11月、運輸省は、翌年に控えた情報公開法の施行に備えて、多くの資料を廃棄処分した。その直後、著者の元に匿名の手紙が届いた。そこには、「調査資料は、破棄された。しかし、役所にも良心はある。資料を残しておこうという有志がいて、資料を手元に残している。それを集めてお渡ししたい」という内容が書かれていた。著者は、彼とコンタクトし、資料を見ることができたという。著者自身が預かるわけにいかず、資料を保管している秘密のトランクルームに預けることにしたという。

残念ながら、著者は2008年に亡くなっている。著者が強く願った、日航123便事故の再調査は、いまだ実現していない。著者は亡くなる前に、ジャーナリストと共同執筆の本を出そうとしていたという。米田憲司「御巣鷹の謎を追う」。こちらも読む予定。他に吉岡忍「墜落の夏」飯塚訓「墜落遺体」小田周二「524人の命乞い」も購入済み。池田昌昭の著作も読むつもり。