万城目学「偉大なるしゅららぼん」


京都、奈良、大阪の次は、滋賀だ。滋賀というか、近江は、マイ古代史ブームの中で、かなり重要なポジションを占めているので、期待して読んだ。著者の作品は、「学園もの」プラス「伝奇的ファンタジー」である。軽妙な語り口で描かれる学園生活の中に、古代からつながる驚くべき伝説や神話がいまも生きていることが明かされる。主人公は、何も知らずにやってきて、その伝説の中に飛び込み、翻弄されながら、仲間たちと困難に立ち向かっていく。自分の中では、ハチャメチャぶりでは「鴨川ホルモー」がいちばん。壮大な構成では「鹿男あおによし」。「プリンセス・トヨトミ」では少し息切れかな、という感じだった。一連の作品が成功したのは、歴史や伝説を題材としながらも、その世界に深く入り込まず、一番核になる設定だけを借りてきて、あとは創作で思い切りふくらますという手法による。「ホルモー」では「陰陽師が鬼を操る」という設定。「鹿男」では「卑弥呼に愛された神がいる」という設定のみ。残りはすべて著者の妄想というか、創造によって生み出されている。琵琶湖の沿岸部には、古代から人が定住していた。彼らは、製鉄や、陶芸、土木、工芸といった技術を持ち、琵琶湖の水運を利用した交易も盛んに行っていて、大和政権成立後も大きな影響力を維持していたことは知られている。作者は、そのような古代史的な背景などを一切使わず、「湖にはるか昔から住み続けていた謎の一族がいた。」という設定のみから出発している。彼らは、ある特別な力を先祖から受け継いでいる…。作品の冒頭から、この部分の種明かしがされてしまっているので、ワクワク感が少し弱くなっている、と思った。話が進むにつれて、この一族の歴史と力の正体が明らかにされていく。さらに不思議な力を持っているのは主人公の一族だけではなく、もう一つの一族がいることがわかってくる。ネタばれになるので、これ以上書かないが、3分の2ぐらいまでは、むしろ淡々と進んでいき、それほど面白くないと思った。3分2を過ぎて、一族の運命を変えるような事件が起きたあたりから、ストーリーが動きはじめ、著者の筆も走りだし、妄想も全開になる。最後のほうは、幻魔対戦か、AKIRAか、と思うほどのサイキックバトルと、龍神伝説の現代版で、飽きさせない。特に最後の100ページほどは、退屈する間もなく、ノンストップで一気に読んだ。「ホルモー」という言葉は不明のまま終わっているが、「しゅららぼん」は、◯◯◯の◯◯や◯◯のことであるとタネ明かしされている。人に面白いですか?とか聞かれたら「面白かった。読んで損はないよ」と勧めると思う。舞台となった「石走」は架空の町だが、雰囲気としては、彦根の町を小ぶりにして寂れさせたような感じだろうか。
ただ、自分の好みとしては、もう少し古代の近江の歴史や事件、人物なども取り込んで、物語を作ってくれたほうがリアリティが出てうれしい。ホルモーでは「主人公は安倍晴明の末裔」という設定が、鹿男では「卑弥呼」の存在が、作品に、あるリアリティを与えている。近江は、古代から桃山時代まで、様々な歴史の舞台となった場所である。伝説や神話も多く残されているので、小説の素材には事欠かないだろう。本書の中で、彦根市を中心とした地域にだけ残っているというゲーム「カロム」も紹介されていて珍しい。