司馬遼太郎記念館

司馬遼太郎記念館

1996年に開館して以来、行かなければと思っている内に15年も経ってしまった。自分が読んだ作家の中で一番多いのが司馬遼太郎で、軽く100冊は超えている。家人が見つけてきた地元の旅行会社「銀のステッキ」が企画した日帰りツアーで、初めて訪れた。ツアーは、柏原の小さなワイナリーの見学とワインの試飲がメインのツアーだった。東大阪という土地は、用事がなければふだん行くところではない。歴史はとても古い土地だが、町工場など大阪府下の中小企業が集中する地域で、ちょっと遊びに行くような町でもない。宝塚からだと奈良や和歌山など、大阪の東南方面というのは結構アクセスがめんどうなのである。自分が一番たくさん読んでいる作家の記念館であり、しかも安藤忠雄設計の建築という点でも興味はあったのだが、15年も行かなかったのは、所在地のせいだ。
意外とこぢんまりしている。
朝から雨。ツアーは全部で16名。宝塚、川西、梅田で、参加者をピックアップし、阪神高速に乗って東大阪へ向かう。中高年の女性が多く、男性は自分も入れて、2名だけ。ちょっと居心地が悪い。高速を降りて、近畿自動車の側道をしばらく走る。工場、倉庫、中古車屋、ファミレスといった、日本のどこにでもある殺風景な都市近郊の風景が続く。司馬は、なぜ、この街に住み続けたのだろう。記念館に近づくと、住宅街になり、比較的大きな住宅も点在する一画に入っていく。小さな駐車場でバスを降りて、少し歩くと、作家が晩年まで暮らした家の玄関の前に出る。国民的な作家の邸宅にしては慎ましい印象。玄関の前で説明員の方の話を聞く。記念館の目玉は、6万冊の蔵書のうち2万冊を収めた高さ11メートルの書架である。雑木林を模した庭を抜けて、書斎の前を通って、安藤忠雄設計の記念館に向かう。お馴染みのコンクリートの打ち放しとガラス、そして高さ11メートルの書架。こちらも意外と小規模に感じる。そしてかすかに違和感を覚える。この書架の書物は、今後誰かが利用することを前提に考えられているのだろうか?もしそうでないなら、書物は単なる空間を形作る建築素材として使われたにすぎない。本は読まれてこそ価値がある。来場者が書架から取り出して読めなくてもよい。本の背表紙のタイトルだけでも読み取れるようにできないだろうか。次に来るときは、双眼鏡を持参して、蔵書のタイトルを一冊一冊読み取ってみたいと思った。また、どうせなら、6万冊すべてを展示してほしかった。書架のある部屋の奥のコンクリートの天井に坂本龍馬らしきシミが浮かび上がっているという。確かにそう見えなくもない、ぐらいのレベルで、そんなに感動はない。
庭を眺める猫。
地下のシアタールームで映像を見る。生い立ちと戦争体験、作家になってからの道のりが語られる。そしてライフワークとも言える「街道をゆく」の執筆。土地をまるでモノであるかのように売買するようになった高度成長期以降の日本への危惧…。作品の中で何度も語られた司馬の主張(思想といってもよい)が簡潔に語られた良い映像だ。時間があったので、1階のカフェでコーヒーを飲む。ふと窓の外を見ると、窓の外に猫が、置物のようにじっと動かず、雨が降る庭をじっと眺めていた。よく手入れされたように見える毛並みと端正な顔立ちから飼猫だと思われた。猫ですら何となく思慮深げに見えるから不思議。この猫の写真を撮りたかったが、室内は撮影禁止。館のスタッフに、室内から庭の猫を撮ってもいいか聞いてみる、とやっぱり駄目。この記念館には住み着いている(飼われている?)猫が3匹ほどいるそうである。ツアーのスタッフに「司馬さんの本はよく読まれるのですか?」と聞かれ、「はい、ほぼ読んでますね」と答える。彼女は「以前に読み始めたのですが、何だか難しくて途中で挫折してしまいました。どの作品がおススメですか?」と聞かれ、「やっぱり『坂の上の雲』かな。ただ最初に読むのは、もう少し短いほうがよいかも…。他に好きな作品としては、幕末に活躍した大村益次郎が主人公の『花神』。幕末より少し前に活躍した船乗りで商人の高田屋嘉兵衛を主人公にした『菜の花の沖』ぐらいかなあ。」などという話をする。西郷隆盛坂本龍馬といった英雄ではなく、いわば技術者やスペシャリストとして歴史に貢献し、あまり注目もされずに消えていった人物を、司馬は愛情をもって描いている。それらの作品が好きなので、とっさに勧めてしまったが、初めて読む人には「龍馬がゆく」や「翔ぶがごとく」のような作品のほうがわかりやすかったかも…。ちなみに幕末の技術者を描いた作品では蘭方医、松本良順を描いた「胡蝶の夢」も好きな作品だ。
慎ましさと軽やかさと。
記念館の外に出て、最後に執筆していた時の状態がそのまま残された書斎を庭から見る。ここでも、豪邸という感じはまったくない。拍子抜けするほど、慎ましやかで普通の書斎だった。そのことがかえって好ましく思えた。作品を執筆する際に、資料となる書物を収めていたという、白のシンプルな書棚が印象に残った。どっしりした木の書棚をイメージしていたのだが、妙に軽い印象。東京でも京都でもなく、また阪神間の高級住宅地でもなく、どちらかというと庶民的な下町ともいえる東大阪に住み続けた作家の、慎ましさと軽やかと。家とか土地とかに執着するなんて、つまらないよ、と言われているような…。大きな驚きも、感動もなかったが、ささやかな発見がいくつかあった。微笑みたくなるような軽い幸福感に包まれて、ワイナリーへ向かうバスに乗り込んだ。