田中利美「武庫川紀行」


自分が住んでいたり、住んだことのある土地の紀行や歴史を読むのは楽しい。本書は、ずばり「武庫川紀行」。地元 宝塚の書店で購入。宝塚に移り住んで20年余りになるが、ずっと武庫川の畔に居住。前に住んでいたマンションも、いまのマンションも、ベランダから武庫川を間近に眺めることができる。武庫川畔というロケーションが無かったら、たぶん宝塚に住んでいなかったと思う。近すぎるせいか、この川とのつきあいは、たまに散歩に出たり、年に1〜2度バーベキューをしたり(今は禁止されている)ぐらいだったが、数年前にランニングを始めてからは、宝塚から鳴尾浜の河口付近までの10キロ余りの河川敷を、週末毎に走るようになった。宝塚から下流に関しては、両岸とも、どの辺りに何があるか、どんな景観なのかは、だいたい記憶しているが、上流に関してはほとんど知らないと言ってよい。宝塚の少し上流の生瀬〜武田尾間のJR福知山線廃線跡を何度か歩いたことがある位。武田尾より上流は、どこを流れているのかさえきちんと把握していない。
本書は、序章で、仁川〜河口付近のサイクリングロードをたどりながら武庫川の概要を語った後、一気に源流の篠山市に飛ぶ。そこから川を下りながら川と流域の風土や歴史を語っていく。著者は、西宮市職員だったという経歴のせいか、治水や水利行政にまつわる話題が少なくなく、また、川のそばに作られることが多かった鉄道の歴史などにも多くのページを充てている。JR福知山線篠山口駅が町の中心から西に4キロも離れているのは、鉄道敷設の際に人力車の組合や乗合馬車の業者が反対したためらしい。この他、青野ダム建設をめぐる行政と農民たちとの対立、大規模な北摂・北神ニュータウンの開発、石油基地の誘致、高速道路の建設計画など、水利と交通をめぐるエピソードは、ほとんどが初めて耳にするもので興味深く読めた。また武庫川に流れこむ多くの支流についても丁寧に取材してあって面白い。戦争中は河口付近に飛行機の工場や飛行場があり、そこへの物資を輸送するために景観を無視して鉄道が敷かれ、それが現在の阪神電鉄武庫川線になった歴史。さらに市民の強い反対運動によって事実上白紙撤回となった「武庫川ダム計画」の経緯も詳しく書かれている。武庫川の歴史は、水利や治水、交通をめぐる対立の歴史でもあったのだ。
毎日のように眺めている武庫川。その流れが、古代から続く流れでもあると思うと、感慨深い。篠山の源流から、流域を訪ね歩いてみたくなった。武田尾〜生瀬間の廃線跡も、もう一度歩いてみたくなった。宝塚より下流も、マラソンのトレーニングだけではなく、徒歩か自転車でたどってみたい。そんな思いにさせてくれる本。ひとつだけ希望を言えば、もう少し地学的な知識や武庫川に生息する動物や植物なども語ってくれたら完璧だったのに…。※冒頭の写真は武庫川の仁川との合流付近。左岸のコスモス畑から対岸方向をiPhoneで撮影。