小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」

理数系の頭を持っていない自分には、数学やチェスのようなゲームの世界に強い憧れがある。「フェルマーの最終定理」や「ポアンカレ予想」に取り組んだ数学者たちのドキュメンタリーを読んだりするのが好きなのは、そんな理由からだと思う。
博士の愛した数式」も本書も、そんな文系人間に理数系世界独特の面白さと美しさを教えてくれる貴重な小説。この作品を読む最大の醍醐味は、チェスの対戦の場面だと思う。不思議、シュール、透明、精緻…。現実の世界ではありえない空間が様々な言葉を費やして表現される。それは読み終わるのが惜しいほど心地よい体験である。登場人物たちは、このチェスのワンダーランドから生まれてきたように抽象的で、デフォルメを施され、キャラクター化されている。11歳で成長を止めてしまった少年。バスに暮らす太り過ぎたマスター、ミイラ少女、成長しすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ…。

「この作品を映像化するとしたら、実写よりアニメーションのほうがいいかも」と思った。メビウスみたいなタッチの絵で…。