有栖川有栖「幻坂」

ちょっと寄り道読書。昨年3月に散策した天王寺七坂を題材にした短編集ということで購入。著者の作品を読むのは初めて。「大阪ほんま本大賞」というのがあるそうで、『大阪の本屋と問屋が選んだ、ほんまに読んでほしい本』ということらしい。本書は、2017年度第5回受賞作である。

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大阪は平坦な土地だとずっと思っていたが、実は、住之江のあたりから北にむかって、高さ20mほど、幅2kmほどの上町台地が伸びている。古代以前、この上町台地は大阪湾に突き出た岬で、あとは海だったという。その後、淀川や大和川による堆積によって、大小の洲や島が生まれ、大阪という土地ができあがっていった。聖徳太子が建立したという四天王寺は、この上町台地の西の端の崖の上にあり、その先は海だったという。四天王寺の西側の谷町筋から松屋町筋に向かって崖を下るのが天王寺七坂である。この一帯は、驚くほどお寺が密集しており、大阪でもっとも古いたたずまいが残っているエリアである。中沢新一の「大阪アースダイバー」によって、上町台地と大阪の成り立ちを知り、新之助の「大阪高低差地形散歩」によって天王寺七坂の存在を知り、昨年春に友人を誘って七坂を歩いてみた。北から「真言坂」「源聖寺坂」「口縄坂」「愛染坂」「清水坂」「天神坂」「逢坂」。ミナミの喧騒のすぐ近くに、こんなに静かで風情ある場所があるのかと驚かされる。

7つの坂をめぐる9つの怪談。

作品は、すべて怪談といってもいいと思う。著者は、それぞれの坂の歴史や伝説をかららめながら、現代の怪談・奇譚として語ってゆく。あまりこわくはない。喪失や死別のせつなさや哀しみを淡々と語っていく。「口縄坂」は坂に棲息する美しい白猫の話で、そういえば散策の途中、やけに猫が多い坂があったことを思い出した。あれは口縄坂だったか…。最後の2編は、現代ではなく、松尾芭蕉の最期と、歌人藤原家隆が出家して庵を結んで往生した話を題材にしている。本書を読んで、また、あのあたりを散策したくなった。