柞刈湯葉「横浜駅SF」

横浜駅」が暴走、自己増殖して日本を覆い尽くす。

映画「ターミネーター」で人類に反乱を起こす人工知能の名は「スカイネット」。本書では「横浜駅」と「スイカネット」が暴走を起こして、日本全土を支配しようとする。昨年末に出版された直後、書店で手にとったが、購入には至らず。アイデアは面白いが、一発芸的な浅い内容であろうと敬遠していた。先日、友人のH君と飲んでる時に本書の話が出て、なかなか面白いとのこと。元々はWeb小説だったようだ。大正4年にできて以来改築工事を繰り返してきた「横浜駅」がついに自己増殖を始めた。その結果、本州の面積の99%が「エキナカ」となり、「スイカID」を脳に埋め込まれた人だけが「エキナカ」で生活することができる。横浜駅は、本州を制圧し終え、北海道、四国、九州への侵攻を始めていた。すでに四国は瀬戸大橋を通じて、侵入が始まっている。北海道は青函トンネルを挟んでJR北日本との戦闘が続いており、九州も関門海峡を渡ろうとする横浜駅とJR福岡の間で激しい攻防戦が続いていた。「スイカID」を持たない人々は「自動改札」と呼ばれるロボットに強制的に排除される。主人公のヒロトは、スイカIDを持たない「エキソト」の住人で、鎌倉あたりの小さな海辺の集落に暮らしていた。(「横浜駅」は海に入ることができないため、海沿いには、非スイカ住民が暮らす集落が点在している。彼らは、「横浜駅」から排出される廃棄物をを利用して生活している。)

18きっぷ」の冒険。

主人公は、横浜駅に抵抗する「キセル同盟」のメンバーを名乗る人物から「18きっぷ」を渡され、エキナカに潜伏する仲間を探すように頼まれる。「18きっぷ」の有効期限は5日間。主人公の「エキナカ」の冒険がはじまる。これ以上書くとネタバレになるので書かないことにするが、けっこうディテールが読ませる。例えば富士山は山頂まで「横浜駅」に覆われ、頂上まで、エスカレーターで登ることができるとか…。

鉄ちゃんには残念。

増殖したのは駅であって、鉄道ではない。そのため「エキナカ」の移動は、歩くか、動く歩道か、エスカレーター、エレベーターに限られる。様々な列車は登場せず、昔の遺物としてリニア新幹線がちょこっと出てくるだけである。それが物足りないといえば物足りない。「700系のぞみ」「みずほ」「さくら」の名は、本書に登場する銃器の名前で出てくるにすぎない。本当は、様々な列車が進化して自律型のロボットとなり、戦ったりするともっと面白かったかもしれないが、そうなるとトランスフォーマーみたいで収拾がつかなくなるかもしれないが。

「時計じかけのスイカ」

各章のタイトルも笑える。「時計じかけのスイカ」「構内2万営業キロ」「アンドロイドは電化路線の夢を見るか」「あるいは駅でいっぱいの海」「増築主の掟」「改札器官」。全部わかる人はかなりのSFマニアだ。

なかなかの才能。

独特のユーモアもあって、筒井康隆かんべむさしを思わせるところもある。なかなかの書き手だ。「横浜駅」の自己増殖の仕組みの説明はちょっと物足りなかったかな。それと時代設定を「数百年以上先の未来」というのも、ちょっと不満。もっと現代に近いほうがよりシュールな面白さが出せたのに、と思った。関西に住む人間としてはJR西日本や「イコカ」も登場させてほしかった。(ちょっとだけ出てくる)。