池井戸潤「陸王」

著者の作品を初めて読んだ。「下町ロケット」は面白そうだったが、ベストセラーになり、映画やドラマになってしまうと、天邪鬼の虫が動いて敬遠していた。まずタイトルの「陸王」が目に飛び込んできた。今の人はほとんど誰も知らないと思うが、「陸王」は、昔の日本製オートバイのブランドのひとつである(本書には関係ない)。帯の「足袋作り百年の老舗がランニングシューズに挑む」というサブコピーで「ははあん」と内容を推測してしまった。読んでみると、まさに、その通りの内容だった。ランニングを趣味にしている人間には、「足袋」と「ランニング」の組み合わせと聞いて、ピンと来ることがあるのだ。

老舗足袋メーカーがランニングシューズに挑戦。

かつては200名近い従業員を抱え、 100年の歴史を持つ足袋メーカー「こはぜ屋」は、年々縮小し続ける需要に苦しんでいた。社長の宮沢は、取引先の百貨店で偶然、ビブラム社の5本指シューズ「Five Fingers」を目にして、マラソン足袋の開発を思いつく。その頃、ダイワ食品陸上部に所属する長距離ランナー茂木裕人は、京浜国際マラソンにおいて、 学生時代、箱根駅伝で争ったライバル毛塚直之との大接戦を演じる中、重大な故障で失速してしまう…。縮小する一方の需要に苦しむ地方の小さな老舗メーカー。箱根駅伝で活躍し、実業団陸上部に進んだ選手たちの栄光と挫折。巨大スポーツメーカーのサポートをめぐる熾烈な競争…。そこに、注目されはじめたランニングの新理論が絡んでいく。企業の、ビジネスの戦いに、駅伝やマラソンの戦いが加わって、物語が進んでいく。面白くないはずがないのだ。かなりの長編だが3日で読んでしまった。唯一物足りなかったところは、老舗の足袋メーカーならではの伝統技術が現代のランニングシューズ作りにどう活かされているのかがあまり描かれていないことだろうか。

裸足ランニングとメキシコの少数民族

本書の中で紹介されているタラウマラ族について。数年前、ベアフットランニングが話題を集めたことがあった。メキシコの山岳地帯に進む少数民族、タラウマラ族は「走る民」として知られている。年に1度開かれる祭りで彼らは、2日間にわたって走り続けるという。彼らは古タイヤの切れ端を使ったサンダルのような粗末な履物で100Km以上も走り続けることができるのだ。彼らのことを紹介した「BORN TO RUN」という本がランナー仲間の間でベストセラーになっていた。

クリストファー・マクドゥーガル「BORN TO RUN 走るために生まれた」 - 読書日記

その本によると、ナイキをはじめとする高機能シューズが、ランナーの故障の原因になっている可能性があるという。着地の衝撃を吸収する厚い靴底が、人間本来の走り方を変えてしまい、そのことに起因する足の故障が増加し、ランナーたちを苦しめている。いっそのこと、ランニングシューズを脱ぎ捨てて裸足で走ってみたらどうだろう、と始まったのが「ベアフットランニング」のムーブメントである。裸足で走ると、かかとからの着地ではなく、自然と足裏中央から前部の着地になる。それは人類が本来身につけていた走り方であり、故障も少ないのだという。そして裸足に近い感覚で走れるシューズが次々と発売される。その第1号が本書にも登場するビブラム社のFive  Fingersだった。

「5本指」という名のクツ - 読書日記

もともとヨットなどのデッキ用として開発されたものだが、ベアフットランナーたちが使用するようになり、ランニング専用モデルを発売するようになった。僕も初期のモデルを所有しているが、クッションがまったく無く、アスファルトの細かい凹凸や砂の一粒一粒まで感じ取れるようなダイレクトな感覚は鮮烈だった。衝撃吸収機能がまったく無いため、カカトからの着地は痛くて不可能。自然に、足裏の前部から真ん中を中心にした着地になる。これがすなわちフォアフット・ランニングやミッドフット・ランニングといわれる走法で、ケニアなど、少年時代に裸足で走っていたランナーに見られる走法だという。上記のタラウマラ族も、ミッドフット・ランニングで走るといわれている。本書の冒頭でも、足袋メーカーがランニングシューズ市場に参入する根拠として、ミッドフット・ランニングやフォアフット・ランニングが紹介されている。