新之介『凹凸を楽しむ 大阪「高低差」地形散歩』

「アースダイバー」の頃。

10年以上前、東京港区に3年ほど住んでいたが、坂が多いのに閉口したことを覚えている。特に2年目に引っ越した南麻布のマンションは、崖のすぐ側に建っていて1階と3階に入口があるヘンな構造だった。1階と3階では、外に出た周囲の街並みがまったく違っていた。1階の外は麻布十番から続く下町で、銭湯などもある庶民的な街並み。3階の外は外国大使公邸など、豪邸が立ち並ぶ閑静な住宅街だった。土地の高低差がくらしの高低差と直結する不思議な場所だった。港区内の移動用に折畳み自転車を買ったのだが、どこに出かけるにも、まず、かなりの急坂を登らなければならず、耐えきれず電動アシストの折畳み自転車を買ってしまった。ホンダ製の小さな電動アシスト自転車を走らせて、港区の様々な場所に出かけた。その時にいつもカバンに入れていたが中沢新一の「アースダイバー」。縄文時代の地図と現代の地図を重ねながら、その土地に刻まれた、太古から現代まで続く「地霊の物語」を訪ねるという街歩きは、単身赴任中のヒマで孤独な中年男の休日を慰めてくれた。生まれ育った播州平野や長く住んだ大阪、阪神間の平坦な風景に比べて、東京の地形は、本当に変化に富んでおり、退屈しなかった。

「大阪アースダイバー」、「聖地巡礼」、そして本書。

その後「大阪アースダイバー」が刊行され、大阪には東京とはまったく違った土地の物語があることを知り、大阪という街に改めて興味を持った。しかし、その場所が身近にあると、逆に、行くのが面倒になってしまい、なかなか出かけるところまでいかない。また、「アースダイバー」「大阪アースダイバー」は、読むのには、とても面白い本だが、地形散歩のガイドブックとしては、ちょっと不親切なところがあって、その場所に行っても、どこの何を見ていいのやらわからずに終わってしまうこともけっこうあった。その土地のことをよく知った人にガイドしてもらえればいいのになあ、とよく思ったものだ。「大阪アースダイビング・ツアー」があれば、喜んで参加するのになあ、とずっと思っていた。その後、内田樹釈徹宗の「聖地巡礼」シリーズを読み、大阪の地霊を訪ねる散策の思いは強まるばかりだった。本書は、そんな時に刊行された。著者は、広告会社のクリエイティブ部門に所属し、「十三のいま昔を歩こう」というブログを運営している。2013年には「大阪高低差学会」を設立し、活動を続けている。

東京の「谷」と大阪の「島」

本書はまず、大阪という土地の成り立ちを概説する。約7000年前〜6000年前の、縄文海進の頃の大阪平野は、そのほとんどが海の底に沈んでいた。海岸線は、高槻、枚方あたりまで達していたという。その後、旧淀川と旧大和川から流れ出る土砂が堆積することで、砂州が生まれ、難波八十島(なにわやそしま)といわれる無数の州(しま)が点在する海へと変化していった。東京の地名でいちばん多いのは「谷」だというが、大阪では「島」であるという。中之島、堂島、福島、加島、御幣島、姫島…。確かに「〜島」という地名が多い。

母なる上町台地

大阪の地形のもうひとつの特徴は「上町台地」の存在である。大阪平野のほとんどが海だった頃、唯一陸だった場所で、南の住吉あたりから現在の大阪城あたりまで伸びた細長い半島である。後期更新世に、地下の上町断層が活動して隆起した台地であるという。最高点でも20数メートルほどだが、大阪の街の形成に大きな役割を果たしてきたという。この上町台地と周囲の低地との高低差が、多くのユニークな地形を作り出しているという。

土木と治水の都市

大阪はまた、古代から多くの土木工事が行われてきたという。古代、河内平野に移り住んだ渡来人たちは、高い技術を持ってヤマト政権の中枢に深く関わった。彼らが、古墳の造営や多くの治水工事を行ったという。洪水や高潮を防ぐために渡来人の秦人によって築かれた「茨田堤(まんだのつつみ)」と「茨田三宅(まんだのみやけ)」。灌漑池である「依網池(よさみのいけ)」や上町台地の東側の水を西側の海に引き入れるために掘削された「難波の堀江」など、多くの土木工事が大阪の地形を形づくってきたという。

古代の港と官道

奈良盆地にヤマト政権が誕生すると、大阪は、大陸との交流の玄関口として発展していく。上町台地の南の「住吉津」と北端に「難波津」が開かれ、飛鳥につながる陸路が整備された。難波大道(なにわおおじ)と「丹比道(たじひみち)」である。これが日本最古の官道になったという。

地形歩きの極意

大阪の地形の概要を語った後、著者は「地形歩き極意」を説く。

「高低差エレメント」

都市部ではビルや民家がひしめくように建っており、その下の地形を見つけにくい。そこで高低差を形成している場所にある構造物として、石段や民家の裏の擁壁などの「高低差エレメント」を見つけ出す方法を提唱している。

「アースダイバー視点」

縄文時代の地図を頼りに、海水面が今より数メートル高かった海岸沿いを歩きながら、神社、寺、古墳や墓地など、地霊のパワーが宿っていそうな場所を巡り、その土地の成り立ちを解き明かすことであるという。

「スリバチ地形視点」

スリバチ地形とは、皆川典久が『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩」で提唱している地形の呼び方で、3方向を丘に囲まれたU字型の地形で、関東地方特有の地形である。大阪でも、千里丘陵などで見ることができるという。

「路地歩き視点」

表通りから小さな路地に踏み入れ、どんどん奥に入っていくと、まるで昭和の時代で時間が止まったような路地裏に出会うことがあるという。路地では素敵な被写体にたくさんめぐり会えるという。玄関先の植木や窓の面格子、石畳やマンホール、子供達、そして必ず現れる猫…。

「暗渠・川・水路視点」下を向いて歩こう。

暗渠とは、コンクリート板でフタをするなど、外から見えない水路のこと。大阪では戦前まで無数の水路が流れていたが、その後下水道として整備され、暗渠らしい暗渠を見ることは少なくなったという。今では川や水路のほうが見つけやすいという。探すコツは、下を向き、ひたすら、その痕跡を辿っていくことだという。川や水路の跡を辿っていくと緩い凸部に会えることも多いという。高低差の少ない土地でも、わずかに変化する微地形を楽しむことができるという。

「境界線視点」

町割や、町と町との間の境界線は、地図には引かれているが、街を歩いていても見つけることは困難だ。それを見分ける一番わかりやすいものは、住所表示板であり、道路元票(げんぴょう)などであるという。川の近くを歩くと、飛び地の住所表示を見つけることがあり、それは昔の川が蛇行していた名残である場合が多いのだという。

「ドンツキ視点」

ドンツキとは突き当たりや袋小路のこと。直線道の先がドンツキのこともあれば、奥に横道があるので行ってみたらドンツキだったという隠れドンツキもある。人の家の玄関に辿り着いてしまう玄関型ドンツキなど、古い町ほどドンツキが多く存在するという。ドンツキ視点は、寄り道を楽しむ町歩きでもあるという。

大阪の高低差を歩く。

地形歩きの極意を説いた後は、いよいよ大阪の高低差をめぐる旅が始まる。0m〜40mという微細な高低差を表す地図と豊富な写真によって、高低差をめぐる様々な物語が語られていく。その内容を、文章のみで要約するのは困難なので、止めておこう。それにしても、高低差に着眼するだけで、大阪という街が、こんなに新鮮に見えてくるとは驚きだ。僕らが毎日目にしていて、すっかり記号と化してしまった地名が、その土地の、かつての地形(特に海や川に関わりがある)をそのまま表していたことに改めて気付かされる。僕が5月まで所属していた事務所の辺りも、土佐堀、江戸堀、京町堀と「堀」の付く地名が多かった。「堀=人の手で掘られた運河」を表しているのだけれど、江戸堀という名前を聞いて運河を思い浮かべる人はほとんどいないと思う。地名にまつわるエピソードも、本書のように地形の成り立ちと絡めて語られると、俄然、リアリティが増す。そこにさらに人物が加わると、土地の物語が立ち上がってくるのだ。道頓堀を開いた成安道頓、長堀を開いた岡田心斎、淀川の堤を築き、中之島を開発した淀屋常安…。地形や由来から切り離されてしまった地名が、もう一度、昔の「地形」や「物語」を伴ってよみがえってくる。この他、靱公園の前身は、進駐軍の飛行場であったことなど、初めて知る大阪の地形の由来が満載で「へぇ〜」の連続である。著者の文章は、学者風というか、理詰めで控えめ。中沢新一のように想像が飛躍し、ほとんど妄想の領に入ってしまうようなことはないので安心だ。

大阪の背骨「上町台地」をめぐる高低差の冒険。

本書でいちばん興味深いのは上町台地をめぐる高低差地形である。しかしあべのハルカスなど、超高層ビルの展望台に登って、上町台地あたりを見渡しても、本書が描くような高低差は実感できない。上町台地のほぼ全域がビルに埋め尽くされ、土地の高低差を隠してしまっているのだ。それを実感するには、本書のように、地上を歩きまわって地形の痕跡を探していくしかない。上町台地の北端、現在の大阪城公園難波宮跡から始まり、道頓堀をはじめとする堀川の掘削、巨大な古墳跡に建立された四天王寺、かつて多くの谷が存在したという阿倍野、古代の海岸線跡が今も残る住吉大社など、興味深いエピソードが満載である。まずは「上町台地」に焦点を絞って高低差散歩に出かけようと思う。

伊丹段丘

宝塚からJR福知山線に乗って、川西池田駅に着く直前、南側に高台のように盛り上がって見える場所が目に入ってくる。注意して見ると、そこから南西に向かって緑地帯のような地形とが続いていく。何か遊歩道のようなものがあるのだろうか、と不思議に思っていた。本書で、この地形を伊丹段丘と呼ぶのだと初めて知った。この段丘は、伊丹の有岡城跡まで続いている。崖が急で家を建てにくかったのか、緑地のまま残っているのだろう。機会があれば、自転車などで、この段丘探訪に出かけてみたい。

東京と京都の高低差の本

なお本書には姉妹本ともいえる本がある。1冊は本書と同じ装丁の『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』。本書に寄稿している皆川典久の著書。もう一冊は、京都高低差学会の著者による「京都の凸凹を歩く 高低差に隠された古都の秘密」。どちらも面白そうなので読んでみよう。