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ミシェル・ウエルベック「服従」

これも原さんから。フランスにイスラム政権が誕生するという架空の近未来を描いた小説。日本の読者の間でもかなり話題になっている。読んでみてとても面白かったのだけれど、僕の知見では、要約や批評的な文章は到底無理。フランスにイスラム政権が成立する過程の政治闘争や選挙の話はほとんど理解できず、また主人公が研究している19世紀の作家J.K.ユイスマンスも一冊も読んだことがないので、僕には、本書を語る資格なし。だから、とりあえずの読後感想を記す。

ディストピア小説、ではないが…。

最初に読み始めた時は、オーウェルの「1984」みたいなディストピア小説かなあ、と思ったけれど、読み進むにしたがって印象が変わってくる。日本で、イスラム政権成立なんていう設定の小説を書くとしたら、SFにしかならないけど、フランスではリアリティがあるのかもしれない。中東やアラブ諸国に隣接し、移民や難民の問題が深刻化するヨーロッパでは、ありうる話として捉えられているかもしれない。

主人公のフランソワは、19世紀のデカダン派の作家、ユイスマンスを研究する大学教授。パリ在住の44歳。研究のかたわら、ガールフレンドや女子学生とのセックスを楽しんいる。少ない講義のほかは、同僚の教員とのつきあいや大学のパーティなどが、彼の日常となっている。政治には興味を持っているが、距離を置いている。そんな彼の日常が、大統領選挙をきっかけに、少しずつ侵食されていく。パーティの後、友人の家に向かう途中、爆竹のような銃声を聞く。

世界は、こんな風に変わっていく。

本書を読んで、人々の生活を根底から覆すような政治体制の変化も、その始まりは、本書が描くように、日常の中に「銃声」のような小さな異物が紛れこんでくることから始まるのだなと思った。僕らも、ある日、街なかで、本物の銃声を聞いた時、それを銃声と認識するのは難しいだろう。なぜなら、本物の銃声をじかに耳にしたことがある人間なんてこの日本ではほんとうに少ないからだ。そして、知らず知らずの内に侵食は進行し、ある日、自分がまったく違う世界の中にいることに気がつく。主人公は、ある日、大学の中に入ることを拒絶される。大学の教員は全員がイスラム信者でなければならなくなり、主人公は、解雇される。しかしサウジアラビアのオイルマネーをバックに持つ政権は裕福で、主人公の生活は年金によって保障される。しかし主人公の才能を惜しむ大学の関係者は、主人公にイスラム教への改宗を勧める。そして結局、主人公は、イスラム教徒になり、大学への復職を果たす…。

ヨーロッパが壊れかけている。

本書の解説で、佐藤優は、本書がヨーロッパに人々に衝撃を与えた理由のひとつとして友人の「ヨーロッパが壊れかけているからだ」という説を紹介している。「ギリシア危機に象徴されるようにEUの通貨統合は危機に瀕している。(中略)現在、EUが経済的、政治的に統合できると考えているヨーロッパ人はいない。EUは再び分解過程を歩み始めている。EUが分解し、ドイツとフランスが対立するようになると再び戦争が発生するのではないかという不安がヨーロッパ人の深層心理に潜んでいる」「21世紀の独仏戦争?」「そうだ。EUが分解するとその危険が生じる。それよりもイスラム教のもとでヨーロッパの統一と平和が維持される方がいいのではないかという作業仮説をウエルベックは『服従』で提示しているのではないかと思う。ヨーロッパ人は、自らが内的生命力を失ってしまっているのではないかと恐れている。この恐れが『服従』からひしひしと伝わってくる」

ますます混迷に向かう世界の中で。

本書を読んでつくづく思うのは、僕らが拠って立つべき精神的基盤ともいえる知識や教養の脆弱さ。そして民主主義や自由主義には、政教一致の圧倒的な強みを持つイスラム主義に対抗するパワーがないことである。21世紀になっても、世界は有効な社会や国家のカタチを見つけられずにいるということ。

ifの力。これはSFだ。

ウエルベックの、この想像力。僕に言わせると「SF」だ。読んでいて楽しくはないが、ゾクゾクする作家。もっと読みたい。幸いなことに数冊が文庫化されている。さっそく「素粒子」を買って、読み始めた。