P・W・シンガー&オーガスト・コール「中国軍を駆逐せよ!ゴースト・フリート出撃す」

最近、軍事関係のエントリーが多いかなあ…。実際には、読む本全体の1/10にもならないと思うが、最近のエントリーだけを読むと誤解されるかもしれない。潜水艦モノ、海戦モノ、ハイテク軍事スリラーはもともと好きなジャンルだけど、本書も、その類である。しかし、タイトルがひどい。いかにも軍事モノであることを強調するような紋切り型タイトル「◯◯を◯◯せよ!」はやめてほしい。原題である“GHOST FLEET”のほうがずっといい。カバーの絵を見なかったら絶対に買わなかった本だ。上巻のカバーに描かれているのは、実在するアメリカ海軍のステルス駆逐艦「ズムウォルト」。潜水艦じゃないのか、と思う程、異形のフォルムだが、2015年12月に初航行したばかりの最新鋭艦である。「ズムウォルトが出てくるのか」と興味を持って、カバーの紹介文を読んでみると、米軍の通信ネットワークが壊滅し、ハッキングの影響を受けにくい現役を退いた旧軍艦を集めた「ゴースト・フリート:幽霊艦隊」が結成され出撃する、という話。最近、試験航海を始めたばかりの最新鋭の「ズムウォルト」が、本書の中では「現役を退いた旧艦」にされてしまっている。これって一体いつの話なの?という疑問が…。少なくとも今から10年後の2025年ぐらいか。だから一読んでいて、一般的な軍事スリラーと少し違う印象を受ける。※読み終えてからカバーを見ると、2026年とある。本文の中には書かれていなかったように思うが…。

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未来の戦争の話

本書の中で描かれる世界は、現在とはかなり違っている。人々は普段からVIZグラスというウエアラブル端末を装着している。VIZグラスは、網膜に映像を直接投射するもので、現在見ている映像を自動的に記録するのはもちろん、様々なネットワークとつながって膨大なネット情報を利用できる。情報関係の仕事をしている者は全員が体内に情報セキュリティ用チップを埋め込んでいる。また、中国は、共産党がクーデターで倒され、軍と企業による独裁体制「董事会:ドンシーハイ」が支配している。兵器の無人化はさらに進み、航空機だけでなく、艦船も無人化し、さらに自律化(ロボット化)が進んでいる。またウォルマートが発売する家庭用3Dプリンターを使って兵器の部品や弾丸を製造するシステムなど、軍事産業自体も進化を遂げている。

エネルギーをめぐる戦争

戦争のきっかけは、中国がマリアナ海溝で大規模なガス田を発見したことから始まる。中国は、このガス田の利権を確保するために、太平洋において大きな影響力を持つアメリカの排除に動く。まずは、宇宙ステーションから高出力レーザーを使用してアメリカの軍事用衛星をことごとく破壊する。そして密かに同盟を結んだロシア空軍が沖縄嘉手納基地の米戦闘機群を急襲。さらにパナマ運河を破壊し、ハワイ オアフ島太平洋艦隊を壊滅させ、オアフ島を占領する。また、発見が難しいミサイル原潜を見つけ出し、破壊してゆく。しかも軍事用の様々な機器に使用されている中国製チップにはマルウエアが仕込まれており、あらゆる軍事用ネットワークはハッキングされてしまった。太平洋における支配力をほとんど失いつつある米国は、ハッキングの影響を受けにくい退役した艦船を集めて「ゴースト・フリート:幽霊艦隊」を結成し、圧倒的な優位に立つ中国海軍と戦うために出撃する。

中国軍へのテロ攻撃。

オアフ島では、島を占領した中国軍に対して、生き残った海兵隊が抵抗を続けていた。彼らは「ノースショア・ムジャ・ヒディン」を名乗り、爆弾によるテロを中国軍に対して仕掛けていく。本来ならテロと戦うはずの米軍が、自らテロリストとなってハイテクの中国軍と戦うという皮肉。海兵隊を狩るのは、無人の武装クワッドコプターだ。

戦争の切り札。

ゴースト・フリートの中心となるステルス駆逐艦「ズムウォルト」には戦争を左右するかもしれない兵器「レイルガン」が搭載されている。しかし「レイルガン」は膨大な電力を必要とし、「ズムウォルト」の電気供給システムには大きな不安があった…。レイルガン以外にも、本書には様々な軍事技術が登場する。軍事衛星を破壊する高出力の化学レーザー。海中深く潜む原潜の原子炉のチェレンコフ効果を捉えて発見する技術。兵士の心身を強化する数々の「ドーピング技術」。中国製コンピュータチップに仕込まれたマルウエアによる様々なハッキング技術。むき出しにした脳に電極を差し込んで意志をコントロールする尋問。人体の赤外線輻射を遮断し、無人機による監視を騙すマントなど…。

民間の力。大富豪、宇宙海賊、3Dプリンター。

本書でもうひとつ面白いのは、様々な民間の人間が米軍に味方をして、中国軍と戦うことだ。大富豪が観光用の宇宙船を買い取り、宇宙海賊として、中国製宇宙ステーションを乗っ取る。ウォルマートは大量の3Dプリンターを配布して、一般市民による巨大な武器製造体制を構築する。ハッカー集団「アノニマス」は、中国軍ハッカーセンターをハッキングして、中国軍の破壊工作を妨害する。

ふたりの著者は、国防総省のプロジェクトのまとめ役。

著者の一人、P.W.シンガーはニューアメリカ財団の戦略家で、国防総省や米国情報コミュニティ、様々なハリウッドのプロジェクトのコンサルティングを行っているという。もう一人のオーガスタ・コールは、ライターで、アナリスト。シンクタンク「大西洋評議会」の非常駐シニアフェローとして、フィクションを通じて未来の戦争を探求している。二人とも国防総省のNextTec(次世代テクノロジー)プロジェクトのまとめ役を務めているという。アメリカには、そんな仕事があって、それでちゃんと食べていける人がいるのに驚かされる。

エンターティンメントだが、リアル。

本書はもちろん、軍事スリラーというエンターティンメントだ。しかし、二人とも軍事関係の仕事に就いているせいか、未来のテクノロジーの描写に妙なリアリティーがある。軍事、テクノロジーだけではなく、ベテランのロシアスパイ、美貌の殺人者、ユニークな大富豪なども登場して、小説的な面白さも抜かりない。