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数多久遠(あまたくおん)「黎明の笛」kindle版

前回エントリーの「深淵の覇者」の著者のデビュー作。著者は航空自衛隊の元幹部自衛官。本書に先立って2008年に軍事シミュレーション小説「日本海クライシス2012」をネットで発表。その後、本書の原型となった「黎明の笛 KDP版」を個人出版。それが出版社の編集者の目にとまり、改稿の上、祥伝社から出版されたという。紙の本でも読めるが、Kindle版で読んだ。

「深淵の覇者」がハイテク軍事スリラーだとすると、本書は軍事ミステリーか。

冒頭、自衛隊の隊員らしき人物が何者かに殺害されるプロローグから始まる。彼は何かのグループに属しており、そのグループのメンバーに殺害された模様だ。主人公は航空自衛隊・航空総隊司令部の情報課情報班の倉橋日見子三等空佐。彼女は、陸上自衛隊の特殊作戦群に属する秋津和生二等陸士と2年越しでつきあっており、先週、プロポーズを受けたばかりである。彼女は、上司である情報課長の浜田から、秋津と結婚すれば、彼女の「防適」(防衛適格性)が失われるため、結婚を考え直すように言われる。防衛適格性とは、防衛秘密にアクセスする資格の基準であり、情報課に属する彼女の仕事には不可欠の資格であった。「防適」を失えば、彼女は、秘密に接する必要がない総務や広報、教育職などに配置転換されることになる。納得できない倉橋は、自分が「防適」を失う理由を調べようと決意する。「防適」剥奪の理由は、婚約者である秋津にあるはずである。そして気がつくと彼女の周辺には監視者が出没するようになっていた。倉橋は部下の安西の協力を得ながら、婚約者の情報を探っていく…。ミステリー仕立てで始まる物語は、秋津が関わる或る計画へと急展開していく。秋津をリーダーとする陸自の特殊作戦群の部隊が韓国が実効支配する竹島を上陸占領。国内の演習場からは37名の自衛官とともに数台の軽装甲車と武器が姿を消していた。

2つの謎解き

物語は、空自の情報課員である主人公が、様々な情報をもとに事件の謎を解き明かしていく過程として描かれていく。秋津たちの意図は何なのか?空自が関わって何をしようとしているのか?主人公はなぜ事件に巻き込まれたのか?ここから先はネタばれになってしまうが、この謎解きの面白さが、本書を単なる軍事シミュレーション小説以上のエンターティンメントに仕立てている。

女性の主人公

本書の主人公と彼女を監視する情報保全隊の隊員、杉井は、女性である。女性を主人公にした理由は、著者によると「女言葉を使うことで、主人公のセリフを認識しやすくできるのではないかという、なんとも言い訳がましい消極的なもの」ということらしいが、彼女たちのキャラクターはなかなか魅力的だ。軍事小説で、女性が主人公の作品は多くないが、あることはある。ステルス駆逐艦の活躍を描いたJ.H.コッブ「ステルス艦カニンガム出撃」などに登場する女性艦長アマンダ・ギャレットは、美人なのに知略に長けた戦士という設定で、とても魅力的である。本書の倉橋も、メタルフレームの眼鏡をかけた切れ長の眼が「冷たくはないものの、きつい感じのする目だ」と表現され、存在感がある。本書では彼女の頭脳がフル回転して謎を解き明かし、彼女が次々に繰り出す大胆な作戦が物語を急展開させていく。迫るタイムリミットと緊迫した状況が、彼女に大きなプレッシャーをかける。しかし彼女は微笑すら浮かべて、それを楽しんでいる…。

自衛隊とは軍隊である。

本書を読んでいちばん強く感じたのが、当たり前のことだが「自衛隊は軍隊である」ということ。いままで自衛隊自衛官を主人公にした小説をほとんど読んだことがなかったので、よけいにそう感じたのかもしれない。なんというのか、著者が元自衛官であるせいか、自衛官たちの日常というか、生活感のようなものが感じられ、それが僕たちの日常とはまったく違うものだという気がした。いままで自衛隊といえば、専守防衛に徹した、軍隊ではない、中途半端な組織というイメージがあった。しかし本書を読むと、いざ戦闘という場面になれば、ためらうことなく戦闘に突入していく臨戦態勢にある軍隊というイメージを持った。そこには米国の軍人が書いた軍事小説と共通する空気がある。それが良いとか悪いとかいうのではなく軍隊とは本来そういうものなのだろう。外国から見れば、れっきとした軍隊を、国が「自衛隊」という名称で覆い隠しているにすぎない。その事実を突きつけられて、僕らは愕然とする。本書はエンターティンメント小説であるが、色々と考え込んでしまった。