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宮本喜一「ロマンとソロバン-----マツダの技術と経営、その快走の秘密---」

11/19のエントリーでマツダの広告について書いたが、

マツダの「Be a driver.」キャンペーンに感じたこと。 - 読書日記

マツダに何が起きているのか、俄然、興味が湧いてきた。企業が外部から見えるほど変化している時、その内部では驚くほど大きな変化が進行しているものだ。ちょうど、よい本を発見。マツダの全社革命ともいえる大改革を克明に描いた本だ。読み終えて、NHKの人気番組だった「プロジェクトX」を思い出した。中島みゆきの、あの歌をバックに、あの独特のナレーションが聞こえてくるようだ。こんな風に始まるだろうか。「マツダは出遅れていた。」「時代はエコカーを求めていた。しかしマツダにはエコカーと呼べるクルマがなかった。」「独りの男が立ち上がった。常務執行役員、金井誠太。金井は技術者たちに向かって、こう語りかけた。」「君たちにロマンはあるか?」「世界一のクルマをつくろう」 「最初は半信半疑だった技術者達も金井の情熱と本気に真剣になっていく。」「金井はさらにヨーロッパから戻ったばかりの商品企画ビジネス本部長であった藤原清志をチームのリーダーに選んだ。」「金井は思った。世界一のクルマには世界一のエンジンが必要だ。」「社内の研究部門で定年が近い独りの技術者がいた。彼の名は人見光夫。人見には一つのアイデアがあった。」「それはターボやモーターなどの機器を付加することなくエンジンの燃焼効率を飛躍的に高める『高圧縮』の技術だった。」「プロジェクトのリーダー藤原は、人見のアイデアに賭けることを決意する…。」

「X」であれば、こんな風に語られただろうか?それにしても「X」の「語り」の手法はよくできていたなあ。これならスイスイ語れそうだ。続けてみよう。

「多くの困難を乗り越えて、画期的なエンジンが生まれる。このエンジンを核にして、マツダのクルマは生まれ変わろうとしていた。」「開発、生産、デザイン、販売が一丸となって『世界一のクルマ』が生まれようとしていた。」「その時、思いもよらない事件がマツダを襲う。2008年9月の『リーマンショック』だ。」「消費はいっきに冷え込み、業績は悪化、売上は27%減少、経常利益、当期利益も大幅な赤字に転落した」「引退を考えていた社長は、資金調達に奔走しなければならなかった。」「2011年、3月、追い打ちをかけるように『東日本大震災』が発生。生産が止まった。」「しかし、マツダには過去に多くの困難な状況を乗り越えてきた底力があった。2011年5月には生産台数が前年比90%を確保。6月にはほぼ通常通りの生産体制に復帰していた。」「2012年2月、ついに運命の日がやってきた。スカイアクティブエンジンを搭載した最初のクルマ、『CX-5』がデビューする。」「山内社長兼CEOは発表会で静かにこう宣言した。『マツダはこの新世代商品の第一弾であるCX-5によって、新しい市場を創造します。社運を賭けております。』」「CX-5」は予想を裏切る大ヒットなる。そして9ヶ月後の11月、第二弾の「アテンザ」も1ヶ月で7300台を受注した。マツダの業績も劇的に改善していった。」

以上「X」風終了。最後のメキシコ工場完成のあたりでは、エンディングテーマ「ヘッドライト、テールライト」が流れてきそうだ。

これは日本のモノづくりの物語である。

長々と「X風」で紹介してきたのは、本書が描いたマツダの革命が、日本のお家芸である「モノづくりの物語」であったと思うから。困難を抱えて行き詰まる企業や組織。その中から不屈の男たちが立ち上がり、様々な障害を乗り越えて奇跡の大逆転を起こす。60年代〜80年代、日本中のあちこちでモノづくりのドラマが生まれていた。マツダにも、ロータリーエンジン車の開発や、小型オープンスポーツの発売など、多くの「日本のモノづくりのドラマ」があった。本書が描く大改革も、その延長線上にあると思う。

自動車産業は、日本のモノづくりの最後の砦かもしれない。

かつて、モノづくり王国、日本のもうひとつの象徴であった家電、電子機器、通信機器の分野では、日本企業の優位性は、とっくに失われてしまっている。それはビジネスの勝敗が、モノ=ハードの品質によって決まるのではなく、サービスやソフトウエア、プラットフォームなど、別のルールによって決まってしまうからだ。家電メーカーのライバルは、家電メーカーではなく、マイクロソフトや、GoogleAmazonAppleといった新しいグローバル企業になってしまい、そこでは競争のルールが全く違っていたのだ。そう考えると自動車産業は日本のモノづくりにとっての最後の砦なのかもしれない。

自動車の基本形は、100年以上変わっていない。

化石燃料を燃やす内燃機関によって動力を作り出し、人間が操縦して走らせる」自動車の基本形は、この100年変わっていない。動力の一部が電気になったり、水素になったりはしているが、依然として多くの自動車が石油をベースにした燃料で走ることに変わりはない。またナビゲーションにGPSやインターネット経由の情報を利用しているといっても、運転は、結局、人間が行っている。自動車は基本的にスタンドアローンな製品なのである。そしてエンジンや車体の技術もきわめて複雑で、いまだに進化を続けている。また、製品が人の生命に関わることもあり、高度な安全性が求めらる。以上のようなことから、他の分野からの参入が難しいことも幸いしているかもしれない。自動車は、日本のモノづくりの優位性を保つことができる数少ない分野なのだと思う。

10年、20年先のライバル企業

本書の中で、マツダは第二世代のスカイアクティブで、今後の5年間で、燃費をさらに20%改善するという。驚くべき数字だが、たぶん実現可能なのだろう。問題は、その先だ。「より少ない燃料で、より遠くまで、速く、安全に、移動できるクルマ」という100年間変わらない「クルマの基本概念」の中で、マツダは画期的なイノベーションを実現することができた。今、その基本概念が変わろうとしている。東京モーターショウで見た未来のロータリースポーツのコンセプトカー「RX-VISION」も、その延長線上で提案されたものだ。あの美しくエモーショナルな、そしてレトロフューチャーなデザインは、ガソリンエンジンで走る車の歴史への最後のオマージュのように見えた。今年の東京モーターショウを見る限り、他のメーカーは「自動運転」や「コネクテッドカー」のコンセプトを打ち出しているケースが多かった。米国テスラは、電気自動車で自動車に参入してきた。Apple電気自動車への参入を計画しているという。国内でも電気自動車のビジネスに自動車メーカー以外から参入する動きが始まっている。Googleはすでに自動運転の公道実験を始めている…。その変化は、言うまでもなく動力源が単にガソリンから電気に変わるだけではない。まったく違うビジネスモデルによる競争になっていくのだ。トヨタや日産は、そんな時代を見据えたビジョンを描いているように思える。10年先、20年先、自動車メーカーのライバルは、自動車メーカーではなく、きっとGoogleAppleマイクロソフトなどのIT系企業やロボティクス企業になる時代がやってくる。その時、マツダは、どんなロマンを語っていくのだろう。