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鎌田浩毅「西日本大震災に備えよ  日本列島大変動の時代」

地震 サイエンス ライフスタイル

異色の火山学者。

著者は、このところ頻発する火山噴火のせいか、時々テレビで見る火山学の先生。最初に見た時は、赤い革ジャンとスキンヘッドという異色の風貌が印象に残った。いつも読む地震学の研究者とは違う視点を期待して購入。タイトルの「西日本大震災」とは、南海トラフ沿いに発生する3つの地震を指している。東海地震東南海地震、南海地震である。3つの地震は連動して発生する可能性が高く、3つが同時に起きた場合はマグニチュード9.1の巨大地震になる可能性があるという。南海地震は、ほぼ100年周期で発生し、現在では最も予測可能な地震とされている。地震学者によると2030年代、著者も2040年までには発生するであろうと予測している。予測の根拠として著者が紹介する、高知県室津港の海底の隆起と沈下のデータが興味深い。室津港の漁師たちは、江戸時代から、地震による海底の隆起で漁船が出入りできなくなることを知っており、水深を測り続けていたのだという。港の海底の地盤は、地震の発生により1.8m〜1.2mの範囲で隆起する。そして地震直後から地盤沈下が緩やかに始まり、隆起がゼロになった頃、次の地震が発生するという。地盤の隆起の大きさは次の地震発生までの時間と連動しており、隆起が大きいほど次の地震までの時間が長くなるという。1707年/1.8m。147年後の1854年は1.2m。92年後の1946年は1.15mである。ここから予想される南海地震の時期は2035年になるという。

3.11以降、列島は大変動の時代に入った。

著者によると、戦後から高度成長期〜90年台の日本は、地球学的に見て僥倖と言えるほど平穏な時期であり、地震も火山噴火も極端に少なかったという。それが1995年の阪神淡路大震災以降、さらに3.11以降、日本列島は、本来の姿である地震と火山噴火が頻発する時代に入ったという。しかも1960年台以降の日本は、地震や噴火が頻発した9世紀の日本に酷似しているという。整理してみると。

818年 北関東地震              1965年 静岡地震

827年 京都群発地震             1974年 伊豆半島地震

830年 出羽国地震

832年 伊豆国 噴火

837年 陸奥国 鳴子 噴火          1983年 日本海中部沖地震

838年 伊豆国 神津島 噴火                                1984年 長野県西部地震

839年 出羽国 鳥海山 噴火

841年 信濃地震、北伊豆地震

850年 出羽庄内地震             1995年 阪神淡路大震災

863年 越中・越後地震            2000年 鳥取県西部地震

864年 富士山・阿蘇山 噴火         2005年 福岡県西部沖地震

868年 播磨地震 京都群発地震                            2007年 能登半島地震 中越沖地震

871年 出羽国 鳥海山薩摩国 開聞岳 噴火  2008年 岩手・宮城内陸地震

869年 貞観地震(東日本大震災 M9クラス)  2011年 ※東日本大震災

878年 相模・武蔵地震(首都圏直下型 M7.4) 2020年? ※首都直下地震

887年 仁和地震(南海地震 M9クラス)     2029年? ※南海地震

この中で注目すべきは最後の3つの地震貞観地震と酷似しているといわれる2011年の東日本大震災と2020年?(東京オリンピック)の首都直下地震と2029年?の南海地震だ。もちろん、この年号の通り地震が発生するわけではないのだが、現在の日本が9世紀と同じ大変動期に入っているとしたら、とんでもないことになるという。

日本は火山大国。

3.11以降、日本列島の火山活動が活発化しているらしい。陸地面積では世界の400分の1にすぎない日本列島に世界の火山の7%がひしめいている。現在110個の活火山が活動していて、その内20個ほどが活発な活動を見せている。火山学では、VEI:火山爆発指数と呼ばれる基準があり、VEI0〜1が「小規模な噴火」、VEI2〜3が「中規模な噴火」、VEI4が「大噴火」、VEI5〜6が「巨大噴火」、VEI7以上が「超巨大噴火」とされている。現在起きている噴火は、そのほとんどが小〜中規模の噴火である。大噴火は、 100年で数回という頻度で発生するが、20世紀に入ってからは、1914年の桜島と1929年の北海道の駒ヶ岳の2例のみ。それ以降、現在までの100年近くは、異常なほど大噴火は少なかった。また巨大噴火も1707年の富士山と1739年の樽前山の噴火以降、300年は起きていない。3.11以降、活発化しはじめた日本の火山は、いつ大噴火や巨大噴火を起こしてもおかしくないという。巨大噴火の中でも特に規模が大きなカルデラ噴火は、一つの文明を滅ぼすほどの激甚災害となる。日本でも、最近の10万年は7000年に一度くらいの頻度でカルデラ噴火が起こっているという。北海道と九州に多く、最も新しいものは、今から7300年ほど前に、鹿児島の薩摩半島沖の薩摩硫黄島で起きたカルデラ噴火である。この噴火では、大量の火砕流と火山灰を噴出、高温の火砕流は、海を越えて流走し、40km以上離れた屋久島や種子島に上陸した。火砕流は九州本土にも上陸し、南九州一帯を焼き尽くし、当時、そこに暮らしていた縄文人を全滅させたという。このような巨大噴火も、7000年の間、発生しておらず、いつ起きてもおかしくない状況だという。ただし、巨大噴火は、ある日突然起こるのではななく、小噴火や中噴火が頻発し、さらに大噴火の時期を経て、最終的なクライマックスとして大噴火を起こすので、準備を整えることができるという。国は、食料1年分の備蓄や、西日本に人が住めなくなった場合、東日本だけでどう生き残りを図るか、などを対策を早急に検討しなければならないだろう、と著者は主張する。

大地大変動時代の生き方。

3.11以降、大変動時代に入ったという日本列島。百年周期で発生する南海地震。三百年周期で発生する東海・東南 海・南海の連動地震。そして、いつ起きてもおかしくない首都直下地震。さらに300年発生していない大噴火や7000年発生していないというカルデラ噴 火…。以前にドイツの災害保険会社が世界の主要都市の自然災害の危険度ランキングを発表したことがあった。それによると東京、横浜は、次点のサンフランシスコ やロサンゼルスを大きく引き離してダントツのワースト1だったという。治安などでは世界一といってもいい東京だが、地球科学的には、3つのプレートがひしめき合う「地震の巣」の上に構築された砂上の楼閣であるという。日本人は、これから、どこで、どのように生きていけばよいのだろう。例えば、「首都移転」を行えばよいのだろうか?著者は、 それでは意味がないという。地球科学のスケールで考えると、日本列島のどこにも直下型地震のリスクは存在し、首都移転でそのリスクが回避できるわけではな いという。ニューヨークやパリに住む著者の仕事仲間は「東日本大震災の後、西日本大震災が必ずやってくるというのに、ヒロキはなぜ日本を脱出しない?」と著者の生き方を訝しむという。著者は、「日本を脱出すること」を人生の選択肢から最初に外したという。著者は、現在、京都を拠点に「大変動時代の日本をどう生きるか」というジャーナリズム活動を続けている。

 「長尺の目」という思考。

著者が本書の中で繰り返し主張するのが「長尺の目」の思考。地球の誕生から46億年のの時間を研究する地球科学にとって、地震や火山活動は、最小でも百年、千年、1万年というスケールで考えるものであって、数年や数十年という時間は、一瞬に等しいという。地球科学のスケールで考えると、100年に1度の南海地震は必ず発生するし、富士山の巨大噴火も必ず起きる。1000年に1度と言われていた東日本大震災も現実に起きたのである。しかし、地球科学も地震学も火山学も素人の僕には、この「長尺の目」思考というのが難しい。たぶん100年足らずの寿命しか持たない人間には、自らの命の長さを超える時間の長さを実感として捉えることが簡単ではないのだと思う。民主党政権時代に事業仕分けで、「200年に1度の大洪水に備えるよりも、先に手掛けなければならない事業があるのではないか」と主張した議員のことを思い出す。100年先という未来ですら、僕らには永遠と同じくらい遠い未来に感じられてしまう。著者のような研究者でさえ、3.11以前は、1000年に1度の大地震が自分たちが生きている時代に起きるとは考えていなかったという。しかし3.11が、そんな人間のスケールの常識を打ち砕いてしまった。

ストックからフローへ。
 ここで、著者は地震や火山から離れ、人類の文明の発展を俯瞰する。大雑把にいうと、西洋の文明はストックの文明であり、環境問題などの行き詰まりは、このストックの価値観に原因があるという。ストックとは備蓄や在庫を表す経済学の用語であり、持ち家や株式など、人が蓄える資産という意味もある。要するにモノを抱え込む生活を「ストック型生活」と呼ぶ。資本主義経済は、まさにストックを基に成り立っているという。こうしたストック型の生活から、フローの生活への転換が必要であると著者は主張する。現在の、自然の操作と改変、そして進歩と拡大を前提とした西洋のストック型生活から、人類が長い間、そのフローの一環として続けてきた狩猟採集の生活へ、大きな価値観の転換が必要だという。この辺りのロジックは、それほど新しいわけではない。本書の面白いところは、そのフローの生活を著者自らが実践しているところだと思う。

気流の鳴る音が聞こえる。

著者は、ここでフローな生き方のヒントになる二人の学者を紹介する。一人は、真木悠介ペンネームで知られる社会学者の見田宗介。真木の著者で「気流の鳴る音」という本がある。未開地域で原始的な生活を送っている人々が、何十キロメートルも遠くで気流が鳴る音が聞こえる、という世界を表現している。こうした未開民族が、我々文明人が及びもつかない五官の能力を持っていることを社会人類学者が明らかにしてきたという。我々文明人は、様々なメディアにより地球の裏側のことを知ることができるようになったいっぽうで、人間が本来持っていた感覚が失われていったという。

体の声を聞く。

もう一人の学者は、野口晴哉という昭和の思想家。人間には、言葉による意識をつかさどる大脳を中心とする「錐体系」と、自律神経や意識外の動きをつかさどる「錐体外路系」があり、後者の働きを増すことが大切だと述べる。「錐体外路系」の働きが鋭い人は、地震の前に危険を察知することができるという。著者に知り合いにも、なぜか危険な時に、その場所にいない、という人がいるようだ。たとえば、ふとした思いで歩く道を変えたために、交通事故の現場に遭遇せずに済んだという人。それは全くの偶然かもしれないが、その人は普段の生活の何かが違うのかもしれない。それは「気流が鳴る音が聴こえる能力と無縁ではないと著者は考える。最新の地球科学が予測する「日本列島の大変動時代突入」という知識や情報を十分理解した上で、錐体外路系の訓練も必要ではないか、と著者は考える。緊急時において人間の身体は「行動すべきこと」を知っているという。

日本人には幾多の自然災害をくぐり抜けてきたDNAが引き継がれている。

3.11の直後、多くの外国人が日本から逃げ出した。しかし日本人の多くは、無意識のどこかで、こうしたことは過去にいくらでもあったと知っっている。我々には近い将来の大変動を乗り越える知恵が組み込まれている。自然がもたらす変動を生き抜く力強いDNAがあるという。

東京出張の時は首都直下地震に備える。

本書の面白さは、3.11以降の「日本列島大変動」の話と、それに対して著者自身が、どう生きようとしているかの話が一緒に読める点になる。京都に住む著者が仕事などで東京にいく時の話は、興味深い。著者が東京に行く時は、気合を入れて出かけるという。首都直下地震がいつ起きてもおかしくないと認識しているからである。鞄やリュックの中には、常に懐中電灯と予備の電池、500mlのペットボトルの水、ドライフルーツを入れて持ち歩いているという。僕も、阪神大震災以来、キーホルダーには小型の懐中電灯をぶら下げ、鞄の中にも、もうひとつ懐中電灯を用意している。さらにポータブルのFM/AMラジオ、レザーマンのマルチツールを持ち歩いているが、著者はさらに水と非常食を持ち歩いているのだから徹底している。本書を読んでから、僕も従来の装備に加え、水と非常食を持ち歩くことにした。

軽い気持ちで読んだが、読み込むと、かなりディープ。

薄い新書で、タイトルもいかにもな感じで躊躇したが、「西日本大震災って何だっけ?」という疑問から購入。半日もかからず読み飛ばしたが、感想を書こうとすると、意外に中身が濃く、再度じっくり読み、感想を書きながら、何箇所も読み直した。後半は内田樹先生ばりにぶっとんでいる部分もあるが、共感しながら読めた。本書の中に出てきた真木悠介「気流の鳴る音」と野口晴哉「風邪の効用」も面白そうなので読むことにした。