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最近、キャッチフレーズを覚えている広告って、ある?

少し前に、コピーライターが集まって飲んでいる時に、誰かが「最近の広告で、キャッチフレーズを覚えている作品ってあるかな?」と言い出した。その場にいた全員が思い出そうとするのだけれど、なかなか出てこない。ようやく出てきたのがライザップの「結果にコミットする」と、日産の自動運転のCMの「やっちゃえ」。たったこれだけ!?信じられないと思うかもしれないが、実際そうなのだ。メンバーの構成は、代理店と制作会社で半々ぐらい。中心は30〜40代だった。「auの桃太郎とか出てくるヤツ」「ちょっと前のトヨタの、たけしが出てたヤツ」「パナソニック西島秀俊が出てきて…」というように作品を説明することはできるのだけど、キャッチフレーズは思い出せないのである。嘘だと思ったら、あなたもやってみたらいい。頑張って、3つ思い出せたら、かなり優秀である。それ以来、業界の人を中心に、誰かに会う度に、この質問をしてみるが、答はほぼ同じ。0〜3つ以内がほとんどである。

かつて広告は、キャッチフレーズで覚えられていた。

「トリスを飲んでハワイへ行こう!」「いつかはクラウン」「そうだ 京都、行こう。」など、キャッチフレーズを覚えているのは、昔の広告ばかり。新しくなるほど、キャッチフレーズは、忘れられてしまう。特に、ここ1〜2年が激しい。これは、どういうことなんだろう。広告自体のパワーダウンが原因?もう「キャッチ一発で勝負」という時代の終焉?コピーライターになろうなんて人が減ったから、優秀なコピーライターがもういなくなったから?そこで、僕の周辺の何人かに聞いてみた。

A氏。「広告自体のパワーが落ちてきている」2点

まあ、しかたないんじゃないの。マス広告に効果があったのは、前世紀まででしょ。CMもどんどん質が下がってるし、新聞広告だって、シルバー向けの通販広告のメディアになっちゃったし、交通広告なんかもダメ。コピーのパワーというより、広告自体のパワーダウンが原因だと思うね。キャッチもだけど、広告自体も覚えてないんじゃないかな。そんな状況だから、悪いけど、コピーライターなんて仕事は前世紀の遺物。絶滅危惧種。アータだって、もうキャッチフレーズ1発の仕事なんてしてないんじゃないの。ね、そうでしょ。Webやら、ECやら、ソーシャルやらでライターの仕事はなくならないと思うけど、昔ながらのコピーライターは要らない。

B氏。グラフィックデザインの衰退とシンクロしている。4点

紙媒体の広告が衰退していくのに歩調を合わせている気がする。ムービーの場合、紙媒体ほど言葉は重要ではないんだな。代理店の制作でも、みんなプランナー志向で、コピーをじっくりやろうなんていう人はあまりいない。キャッチ一発ジャジャーンというのは、やっぱりデザイナーとコピーライターが組んで創る新聞広告とか雑誌広告とか、ポスターとかの媒体がメインじゃないと生きてこない。キャッチフレーズが主役になる時代は、もう戻ってこないと思う。古きよき時代っていうことかな。

C氏。広告ではユーザー体験を作れない。0点

企業と生活者とのコミュニケーションは、広告のような一方的な、1対多数のコミュニケーションではもう作れない。製品やサービスという、企業活動そのもので、よいユーザー体験を提供しなければならない。ソーシャルメディアによるコミュニケーションも企業の中の個人の顔がちゃんと見える必要がある。もう広告という仕組み自体が終わっていることに気づくべき。インタラクティブなコミュニケーションの中でも、言葉は大切だと思う。コピーライターは、そっちのほうのスキルを磨くべきじゃないのかな。

D氏。まだまだ、コピーは死んでない。1点

クリエイターがさぼっているだけだと思うね。いつの時代でも、言葉の力は強いよ。言葉の影響力を馬鹿にしていると、いつか、みんな痛い目に遭うと思う。安倍政権が総選挙で勝った時の「日本を取り戻す」とか、けっこう効いたんだと思うよ。日本人は、言葉で動かされやすいんだ。「尊王攘夷」で300年続いた幕府が倒れ、「八紘一宇」「鬼畜米英」で勝てるはずのない戦争に突入していったでしょ。「積極的平和主義」とか「一億総活躍社会」とかの言葉で、日本を引っ張って行こうとしている人たちがいるのです。僕たちは彼らの言葉と戦う言葉を持たなければならない。コピーライターの人たちも、その辺りの、人を動かす言葉に敏感なのだから、もっと発言してほしい。今回の安保論争でも、広告業界の人たちはあまり発言してないよね。まあ企業の仕事をしているからしかたがないところはあるけれど、何というか、一市民として発言するコピーライターというポジションはないのかな。