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半藤一利「ノモンハンの夏」

ノモンハン? モンハン? ゲーム?」

ひと月ほど前にテレビを見ていて、椅子から転げ落ちそうになった。朝の報道番組で、若者に太平洋戦争や占領時代のことを知っているかをたずねる企画で、確か若い女性だと思うが、「マッカーサー? え? マッカートニー?、ミュージシャン?」と答えていた。画面には他にもテロップで、GHQとAKBの文字が浮かんでいた。いまだかつて「マッカーサー」と「マッカートニー」、「GHQ」と「AKB」を結びつけた人はいないと思う。脳が脱臼するとはこういうことではないか。「無知の破壊力、恐るべし」である。たぶん、この若者に「ノモンハンって知っていますか?」とたずねたら「何?モンハン?プレステ?新作?」という答えが返ってくるような気がする。僕だって、この夏以前まで「ソ連と戦ったんだよね。負けちゃったんだよね。満州事変みたいな感じ?」ぐらいしか答えられなかったと思う。それをなぜ読もうと思ったか?

なぜノモンハンか?司馬遼太郎が書かなかった戦争。

半藤一利「昭和史1926-1945」に、司馬遼太郎ノモンハン事件について書こうとしていたエピソードが記されている。司馬は、日本を太平洋戦争に導いた陸軍参謀本部を書きたかったが、明治から存在する参謀本部の全体像を書くのは大変である。そこでノモンハン事件を主題にして、そこで何が起こったかを書けば、参謀本部そのものを書いたことになる、と考えた。司馬は、ノモンハン事件について膨大な資料を集め、関係者にも取材を重ね、あとは書くだけという段階まで来ていた。しかし司馬は、は結局ノモンハンを題材にした小説を書かなかった。著者は、司馬が書かなかった理由を2つ推測している。一つは、ノモンハン事件の主人公たちが、司馬が好んで書いた、 坂本龍馬河井継之助土方歳三のような、颯爽とした心根の人物ではなかったこと。もうひとつは司馬が取材した、ノモンハン事件における連隊長クラスの生き残りの一人である須見新一郎氏から絶縁状を送りつけられたこと。司馬が、文芸春秋誌上で、瀬島龍三という人物と親友のように親しく対談しているのを読んで、須見は「国を誤った最大の責任者の一人とまるで親友のように話しているあなたは信用できない。今までお話ししたことは全部無かったことにしてくれ」という拒絶の手紙を送ってきたという。その後、司馬が永眠して、大阪でお別れの会があった。著者は司馬の写真を見ているうちに、「司馬さんが書かなかったんだから、僕が勝手に書きますぞ」と司馬の遺影に向かって語りかけたという。

ノモンハン事件とは。

ノモンハンとは、満州国外モンゴルの国境付近にある小さな集落の名前。両国の間では国境の線引きに関する解釈が異なっていた。ソ連の支配下にあった外モンゴルは、ハルハ河の右岸までを自国の領土と考え、いっぽう満州国は、ハルハ河そのものが国境であると考えていた。そのため、国境付近では、互いの越境による小さな争いが絶えなかった。昭和14年(1939年)ハルハ河を越えてきたモンゴル軍と満州国の国境巡察隊が衝突。当時、関東軍は国境紛争の方針「満ソ国境紛争処理要綱」を新たに定め、各部隊に示達していた。これはソ連モンゴル側が国境を越えて侵入してきた場合、即座にこれを痛打し、早い段階で侵略の意図を粉砕する」という攻撃的なもので、ハイラルに駐屯していた日本の第23師団が、この要綱に従って、本格的な戦闘を仕掛けていった。関東軍は、これは国境紛争であり、優勢な兵力による痛烈な打撃を与え、相手の出鼻をくじいておけば、戦闘が拡大することを避けられると考えていた。しかしソ連軍も日本以上の兵力を投入し、戦闘を拡大。航空機、戦車、重砲等を大量に使用する近代戦に突入していった。戦闘は3次におよび、日本軍は勇猛に戦ったが、数倍のソ連兵力の前に壊滅的な敗北を喫する。その結果、日本軍は、ソ連モンゴルの主張する国境の外に完全に駆逐された。3次の戦闘のあと、関東軍は、ようやくこの戦いおけるソ連の真意を知り、7万5千という兵力による反攻作戦を計画するが、大本営参謀本部は一切の戦闘行為を禁じ、停戦が成立する。

「事件」ではなく、「戦争」である。

歴史上で「事件」とされているが、実態は戦争そのものであり、双方で数万に上る死傷者が出た。関東軍参謀本部によるずさんな作戦。敵の兵力を過小に、自軍の兵力を過大に評価する非合理性。食料や物資の補給を無視した行き当たりばったりの作戦遂行。失敗を活かさず、同じ過ちを繰り返したこと。ソ連側は、航空機、戦車、重砲が主力の近代戦を仕掛けてきたのに、日本側は、日露戦争時代と変わらない武器による奇襲・夜襲で戦おうとしたこと。その結果、戦闘は過酷を極め、日本軍兵士は、食糧、水、弾薬不足に悩まされながら、消耗が激しく、中心となった第23師団にいたっては、兵士の7割が死傷するという事態となった。そして何よりも恐ろしいのは、ノモンハンでの日本側の作戦を企画した関東軍の参謀たちが、その責任を問われることもなく、今度は、あろうことか中央の参謀本部に栄転。彼らは日本を対米英戦争を引きずりこみ、ノモンハンと同じ過ちを桁違いの規模で繰り返したという。ノモンハンは太平洋戦争の「先行する縮図」であったのだ。

本書は、ノモンハン事件の戦闘を克明に書くのではなく、ベルリン、モスクワ、東京という多地点で同時に進行している世界情勢や国内情勢を語ることで事件の全体像を描いていこうとする。当時、参謀本部と陸軍は、日 独伊三国同盟の締結を主張しており、これに反対する海軍の米内光政山本五十六と激しく対立していた。スターリンヒトラーのドイツと不可侵条約を結ぼうとして いた…。この手法により、著者は、この辺境の地を巡って、なぜソ連と日本がこれほどまでに激しく戦ったのか、その意味を見出そうとしているか のようだ。そんな構成は、少し違うが司馬遼太郎の「坂の上の雲」に似てると思った。

ノモンハン事件の悲劇は、日本側が、この戦闘を、「辺境における小規模な国境紛争」と決め込んでしまったことに端を発している。ソ連側の鉄道から750kmも離れており、十分な兵站を確保できない不毛の土地で、ソ連が本格的な戦闘を仕掛けてくるはずがない、と日本軍は思い込んでいた。しかし実際には、スターリンは、この戦闘をチャンスと考えた。ヒトラーのドイツとの対決が予測される中、東西で同時に戦うという事態を避けるために、まず東側の日本を徹底的に打ちのめして、大人しくさせておく必要があった。彼は、最新の戦車、銃砲、航空機と名将ジューコフを送り込んで、日本を徹底的に打ち破ろうとしたのである。ノモンハンの戦争は、日本が初めて遭遇した近代戦だった。その近代戦に、日本は日露戦争時代と変わりばえしない旧式の武器と、奇襲、夜襲を中心とする白兵戦で戦った。それでも戦闘の最初の頃は、勇猛果敢な兵士の奮闘で、少なくない戦果を上げている。大量のソ連戦車にはサイダー瓶にガソリンを詰めた火炎瓶攻撃が効果を上げたという。しかし戦闘の後半になって火炎瓶の攻撃が効かないディーゼルエンジンを搭載した戦車が登場すると、日本軍陣地は、戦車に蹂躙されるままになったという。ソ連の圧倒的な兵力を前に、それでも日本軍はよく戦った。戦後明らかになったデータによると死傷者の数は、ソ連軍のほうが多かったという。主力となった第23師団において死傷者は、実に70パーセントに登ったという。通常、死傷者が30パーセントを超えると「壊滅状態」であると言われるから、ノモンハンの戦闘がいかに激しかったかがわかる。

二人の参謀。

本書において、著者は、事件の張本人ともいえるふたりの人物に焦点を当てる。服部卓士郎と辻政信。陸大出身の、このふたりが、ノモンハン事件のきっかけとなる「満ソ国境紛争処理要綱」を作り、事件勃発後は、作戦を考案し、失敗して、しかも責任をとらなかった。事件のあと、二人は罰せられることなく、なんと中央の参謀として栄転してくる。そしてノモンハンの失敗を、今度は南方において、さらに大きな規模で繰り返すのである。著者は、戦後、衆議院議員になった辻政信本人と会っている。著者は「絶対悪」というものが存在するとしたら、まさにこの男のような人間のことをいうのだと感じたという。眼光炯々、荒法師のような相貌ながら、笑うと、驚くほど無邪気な笑顔を見せるという、絶対悪がスーツを着て柔らかいソファに腰掛けている…。辻は終戦の時、戦犯に問われることを恐れて地下に潜伏する。東京裁判が終わり、戦犯に問われる恐れがなくなると、日本に帰ってくる。彼は潜伏時代の体験を書いた「潜行三千里」などをを出版し、ベストセラーになる。その後、政界に進出、衆議院議員を4期勤めた後、参議院議員に当選。1961年、視察のために東南アジアを訪れ、失踪、現在まで生死は不明である。辻との出会いが、著者がノモンハン事件を書こうしたきっかけであったという。服部も、戦後は、GHQの下で太平洋戦争史の編纂に関わり、裏の業務として再軍備の研究を進める「服部機関」が発足。後に創設される警察予備隊の幕僚長として候補に上がっていたという。この二人がいなかったら、ノモンハン事件も起きず、太平洋戦争も、あれほど悲惨なことにならなかったかもしれないという。特に、関東軍、そして参謀本部を象徴する辻を、著者は、時に激しく憎みながら、時には皮肉っぽく揶揄しながらノモンハン事件を記していく。この二人がいなかったら、ひょっとしたら歴史は、違う方向に進んだかもしれない、と著者は言う。そうだろうか?結局同じだったのではないかと思う。辻も服部も、あの時代が求めたからこそ、現れてきたのではないか?彼らが登場しなくても、同じような輩が、必ずどこかから現れてくる。そんな時代だったのだと思う。

昭和史を知る読書、しばらく続けるつもり。

この夏から始まった「あの戦争と昭和史を知る」ための読書だが、しばらくは続けていくつもり。ただ、あの時代の本を読むのはかなり消耗するので、この辺で少し休憩。その前にノモンハンの本を3冊読んだ。本書と、伊藤桂一「静かなノモンハン」、そして村上春樹の「辺境・近境」の中の「鉄の墓場 ノモンハン」を再読した。