ウィリアム・ホープ・ホジスン「幽霊海賊」

翻訳を待ち望んで、30年以上。

個人的に30年以上翻訳を待ち望んでいた作品。百年以上前の古い作品だし、人に勧めるような本ではないが、とても嬉しかったので、感想を書くことにする。ホジスンの名を知る人は少ないと思う。1963年、東宝で「マタンゴ」という特撮ホラー映画が公開されたが、その原作が、ホジスンの短編「夜の声」である。H.G.ウェルズが「SFの父」、コナン・ドイルが「ミステリーの父」だとしたら、同時代に活躍したホジスン(1877〜1918)は「ホラー小説の父」だろうか。8年を越える船乗り生活の体験をもとに描かれた海洋奇譚、「幽霊狩人カーナツキ」シリーズなど、多くの短編恐怖小説を残した。さらに4編の長編小説を書いている。その1冊が本書で、さらにボーダーランド3部作といわれるシリーズの1作でもある。長い間、翻訳が期待され、実際に翻訳の話も何度かあったようだが、実現しなかった。翻訳が待ちきれず、原文の電子書籍を入手し、Web上の翻訳サービスで翻訳して読もうとしたが、帆船用語が頻出するなどで歯が立たず、読むことを諦めていた。今月27日、たまたまAmazonで「ホジスン」で検索したら、偶然、本書に遭遇。発売はなんと当日だ。さっそく梅田の丸善ジュンク堂に探しにいくと、即、発見、即、購入。さすが丸善ジュンク堂の品揃え。

出版社は、マニアックなファンタジーなどを手がけるマイナーな出版社アトリエサードの「ナイトランド叢書」というシリーズ。「ナイトランド」はホジスンの最長の長編のタイトル。僕のニックネームであるnightlanderも、そこから拝借した。本書の後も、3部作の残りである「異次元を覗く家」「グレン・キャリグ号のボート」が出版されるらしい。とても楽しみだ。3部作のうち、「異次元を覗く家」はハヤカワ文庫SFから1977年に出版されている。アイルランドの片田舎に出現した、異世界との境界に建つ家を舞台したホラー作品だった。ホジスンが創造した異世界のイメージはユニークそのもで、そのシュールさでは、現代のSFも真っ青になるほど。高名な怪奇作家ラブクラフトなど、後のホラー作家たちに多大な影響を与えたといわれる。本書の原題は、「The Ghost Pirates」。米国から英国へ向かう大西洋航路をたどる商船モルツェストゥス号に起きた怪異を描いている。

怪異描写の巧み。

サンフランシスコで仕事にあぶれていた主人公は、英国に向かうモルツェストゥス号の乗組員となる。しかしその船には妙な噂があった。前回の航海の後、乗組員は全員が契約を解約して船を降りたという。航海中、何かがあったのだろうか。しかし食事や待遇が好条件だったこともあり、主人公は迷わず契約を交わして、出航する。ただ一人船を降りなかったロンドン出身の若者、ウィリアムズは、「この船には、気味の悪い影がたくさんありすぎるんだ」という気になる言葉を主人公に語る。出航して1、2週間は何事もなく、乗組員たちが、噂に、何の根拠もなかったと思い始めた頃、奇妙な出来事が起きる。主人公が夜の当直の時、船内で「おぼろな人影のようもの」を目撃する。その日を境に、船内で様々な事件が起きるようになる…。ホジスンの怪異の描写は、控えめだ。「おぼろげな人影のようなもの」の正体は最後まで明かされることなく、物語は進んでいく。「幽霊海賊」というタイトルだが、海賊らしき描写はまったく見られない。怪異は「影」や「帆のはためき」としか表現されず、読者は、ピンボケの写真のように曖昧にぼかされたまま、どこかへ連れて行かれるような感覚が続く。何も明かされないまま、緊張だけが異様に高まっていく。そしてクライマックス、怪異の全貌が姿を現わす。その描写も、まるで映像を見ているようなスペクタクルを堪能できる。また、読者を焦らしながら、ゆっくりゆっくり恐怖を高めていくホラー小説の手法は、100年以上も前の作品に、すでに使われているのである。

世界と異世界のボーダーランドの物語。

後半、ホジスンの世界観ともいえる考察が紹介される。我々が生きているこの世界のすぐ隣にまったく違う「異世界」が存在する。ふだんは、「この世界」と「異世界」がつながることはないが、何かの拍子に、つながってしまうことがあり、異界から異形のモノ達が侵入してくる…。ボーダーランド三部作とは、「この世界と異世界」の境界ゾーンを描いた作品である。ホジスンが描く「異世界」のイメージは、イマジネーティブで現代でも通用する強烈なオリジナリティーがある。時間のある時に、ボーダーランド三部作と「ナイトランド」という4つの長編をまとめて読んでみたい。

以前のエントリー:W.H.ホジスンの本

http://nightlander.hatenablog.com/entry/20100304/1267685033