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佐藤尚之『明日のプランニング 伝わらない時代の「伝わる」方法』

「明日の広告」「明日のコミュニケーション」に続く「明日の〜」シリーズ第3弾。広告が効かない。生活者とのコミュニケーションがますます難しくなっている。マス広告の終焉…。広告業界の人間にとっては、この十数年は、敗北と撤退の連続である。どこまで落ち込むのか?底なしの広告不況。そんな時代の空気に、敢然と立ち向かっているのが著者である。どんなに逆境にあっても、決して諦めず、決して折れない。もう無理、絶望的と思えるような状況の中で、小さなとっかかりを見つけて、プラスの力に変えていく超プラス思考。本書を読んで、一番感銘を受けるのは、著者のそういう姿である。タイトルの「明日の〜」には、どんな時でも希望を失わない、しなやかでパワフルな著者のマインドが表れている。

情報“砂の一粒“時代が始まった。

要約してしまうと、2005年あたりから情報爆発が起きて、マスコミュニケーションが効かなくなった。さらに2010年ごろ、ソーシャルメディアの登場で、情報“砂の一粒“時代が始まった。もう何をやっても届かない状況、超アゲンストの環境の中に僕らは立っている。しかし、ちょっと待てよ。本当にそうなの?

砂一時代以前の生活者が7千万人もいる。

世の中にはネットで検索しない生活者が6〜7千万人もいるらしい。またマイルドヤンキーという隠れたメジャーもいる。彼らはテレビもよく見るし、消費欲も旺盛だ。彼らのような情報“砂の一粒“時代以前の生活者にはマスコミュニケーションは依然として効果があるのだという。確かにこれは朗報かもしれない。しかし、マイルドヤンキー達は本当に砂一時代以前の生活者なのか?彼らは、僕から見ると、中々手強い生活者のように思える。従来型のマス広告がそのまま通用するとはとても思えないのだが…。検索しない高齢者も含めて、彼らとどのようにコミュニケートしていくかについて、もう少し深く掘り下げてくれればよかった‥。

砂一時代以降のコミュニケーション。

一方、情報“砂の一粒“時代以降の生活者に伝えるのはとても難しくなっているという。著者によると唯一の方法が「友達による伝達」であるという。友達というメディアを動かすにはファンベースという発想が必要。企業のコミュニケーションは企業や製品やサービスの熱狂的なファンを育てることにあるという。第6章の「ファンからオーガニックな言葉を引き出す7つの方法」は、全部が「どうすれば熱狂的なファンを育てることができるか」という話である。この辺りの話は、著者が「明日のコミュニケーション」で主張していたことを、新しい言葉で語り直している。企業は自社の製品を愛してくれるファンを最も大切しなければならない。ファンを特別扱いし、ファンをもてなし、ファンともに製品、市場を作り上げ、ファンとともに成長しなければならない。彼らは狙うべきターゲットではなく、ともに生きていくパートナーである…。ここまで来ると、もうコミュニケーションというより、企業経営の根幹に関わる大きな話になってきて、メディアや広告業界だけで済む問題ではなくなってくる。そうなると僕らの業界ではもう手に負えない。著者の視点や主張はすでに経営コンサルティングの領域に踏み込んでいる。しかし、これが真実の話なんだろうなとも思う。いま起きている問題は企業と生活者のコミュニケーションのみの問題ではなく、もっと大きな、企業のあり方そのものに関わる問題なのだ。著者は、そのことを十分にわかっていながら、この問題を僕たちの業界に引き寄せて考えようとしてくれる。「まだマス広告が効果をあげる層もいるんだよ。マス広告が効かない層だって、きちんとやれば伝わるんだ、」と。しかし問題はもう「伝わる」という話ではなくなっている。著者もそのことをわかっていると思う。

「明日の〜」の意味。

「広告」から「コミュニケーション」へ、そして今度は「プランニング」へ。「明日の〜」に続く言葉が、変化してきたのは、そういうわけだと思う。僕には、それぞれのタイトルが「もう広告だけじゃないよ」「もうコミュニケーションだけじゃないよ」「もうプランニングだけじゃないよ」と言っているようにも聞こえるのだ。

6章の最後のほう、「ファンとビジョンを分かち合う」の文章の中で「ノブレス・オブリージュ」という言葉が出てくる。インドでヒンドゥスタン・ユニリーバが行ったCSVの活動を紹介し、それを「企業が製品を売ることで社会貢献し、社会をよりよい場所にすることで社員を喜ばせ、そのうえ社外にも多くのファンを作っていく、という一石四鳥のアプローチである」と紹介する。そして著者は、このような一石四鳥仕事ができる「伝達の仕事」をとても誇りに思っていると語る。

砂一時代のコミュニケーションは、「個」を出すこと。

本書の最後、第7章に、著者の主張が凝縮されている。コミュニケーションの最強メディアが「友達や知人」になってしまった「砂一時代」。著者は、実は最も効果を上げるコミュニケーションの秘訣とは「個」を出すことだという。ちょっと意外なようだが、これはよくわかる。友達や知人に対して、紋切り型や一般論や最大公約数的なことを語っても、共感は得られない。小説でも、音楽でも、人が感動する作品にはちゃんと「個」が表現されているという。著者の、この主張に対して、僕は激しく賛成する。「砂一時代」のコミュニケーションでなくても、あらゆる伝達メディアにおいても真理であると言えるからだ。著者が言うように、商品広告でも企業広告でも、人が共感する作品は「個」が出ている。「個の表出」こそが突破口になるのだと思う。本書における著者の語り口も、文章というよりは、そばにいる知人や同僚に喋りかけるように「個的」なトーンで一貫している。読んでいると、著者の、とても落ち着いた、少しかん高い、そのくせ早口な肉声が聞こえてくるような気がする。ニュートラルで、しなやかで、誠実。そんな彼の人柄こそが、この時代を生き抜くための最大の答えなのかもしれない。