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丸山宗利「アリの巣をめぐる冒険 未踏の調査地は足下に」

著者は悪魔怪人。

前回エントリーの小松貴著「裏山の奇人」にも登場する悪魔怪人こと丸山宗利が本書の著者である。丸顔童顔の少年のような風貌の、どこが悪魔怪人なのか…。最近、著者による新書「昆虫はすごい」を読んだばかり。面白かった。また著者による写真集「ツノゼミ ありえない虫」も驚愕の本。本書は東海大学出版会「フィールドの生物学」シリーズの第⑧弾。「裏山の奇人」が第⑭弾なので、読む順序が前後してしまっている。

アリと共生する昆虫の研究。

著者の専門は「好蟻性昆虫」。つまり「アリと共生する昆虫」の研究である。アブラムシの中にアリと共生する種があることを知っていたが、これほど多くの種類がいるとは知らなかった。その中でも、著者はハネカクシという科に注目し、さらにヒゲブトハネカクシという亜科を専門として選んでいる。「裏山の奇人」の著者である小松貴氏も好蟻性昆虫の一種であるアリヅカコオロギを研究しているが、本書の著者のほうが先輩だ。アリと共生する昆虫という、僕らがまったく知らない領域の研究。そこは昆虫研究においても未踏の領域だった。そのことが幸いし、著者は次々に新種を発見し、論文を発表し、成果を上げている。どこにでも生息するありふれたアリという昆虫。しかし、そこには多くの未知の世界が拡がっている。アリの集団は一般に排他的なコミュニティであり、他の集団のアリや生物が、その巣の中に入り込むことは難しいという。しかし、そのアリの集団に紛れ込んで巧みに生きている昆虫たちがいる。その共生の仕方は多種多様で、アリとそっくりな姿をしていたり、アリと同じ匂いを身につけていたり、アリ好む甘露を分泌したり…。本書を読んでいると随所で「へえーっ」という驚異に遭遇する。

文章が明快で読みやすい。

著者の文章はロジカルで明快で、しかも平易なので、この種の科学読物としては、とても読みやすい。本書を1冊読むと、昆虫分類学という分野の概要がほぼ一望できる。「種」や「属」とは何か、新種や新属をどうやって見分けるのか、またその記載はどうするのか、新種の昆虫をどうやって採集するのか…。著者自身の体験に基づいた昆虫研究者の日常は、とても興味深く読めた。また昆虫の研究者をめざしながら、なかなか望んだ研究職に就けず、苦労する話も、これから研究者をめざす若者には参考になるのではなかろうか。

生き物への愛情に満ちている。

本書を読んで感心するのは、全編にわたって、著者の生き物への愛情があふれていること。特に、アリや好蟻性昆虫への愛情はハンパではない。全身を数百カ所もアリに噛まれながら、観察や採集を続ける情熱には、ただただ脱帽するのみ。裏山の奇人・小松氏との出会いのエピソードも面白い。信州大学学部4年生であった小松氏から、アリヅカコオロギの分子系統学の研究をやりたいので指導して欲しいと連絡があった。著者も先行してアリヅカコオロギの研究を進めており、ちょうど分子系統解析をやりたいと思っていたところだったので迷ったという。そこで小松氏の指導教官の市野隆男教授に相談する。アリヅカコオロギのように、外見での区別が困難で、しかも採集が容易でない昆虫をやるには、生き物への愛情と野外調査を効率よくこなす感性が必要である。小松氏で大丈夫かと著者は問いかける。市野教授から、その点は保証できると言われ、著者は承諾する。そして小松氏とつきあうようになって、小松氏のナチュラリストぶりに驚嘆する。彼は、昆虫だけでなく、あらゆる生き物の生態に詳しく、人間社会にいるよりも、森に住んで生き物と友達になったほうがいいというような人物であり、著者と意気投合する。以来、二人は相棒となり、東南アジアや南米などの調査に一緒に出かけるようになる。著者によると、小松氏は昆虫採集の勘が鋭く、珍しい昆虫をよく見つけてくるという。昆虫採集の世界は奥が深く、狙った昆虫の生態を知っているのはもちろん、天候や時間に左右される。そういった条件が整ったうえで、そこから先は勘がものをいうのであるという。

昆虫少年の夢。

秋の半ば頃まで、わが家のベランダから見える武庫川の対岸の河川敷に、毎日のように、大きな捕虫網を手にした中年の男性が現れる。彼は河原の草むらを何度も往復し、時々大きな網を振り回す。まるで舞っているように見える。それを見るたびに僕は羨ましいと思う。よい趣味だと思う。僕たちの世代は、誰でも、子供の頃は、虫捕りに夢中になったものである。そして成長するに従い、昆虫への興味を失っていった。しかし興味を完全に失ってしまったわけではない。その証拠に、いまでも時々生物学の本を読む。本書は、そんな、かつての少年の夢をそのまま実現してしまったような若者の自叙伝である。とてもよい本だと思う。