読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

町山智浩『〈映画の見方〉がわかる本 「2001年宇宙の旅」から「未知との遭遇」まで』

映画と僕のの青春時代。

前から読もう読もうと思いながら、なかなか読めなかった本。著者の本は、本書の続編とも言える「ブレードランナーの未来世紀」と「トラウマ映画館」を読んだ。どちらも、とても面白かった。僕自身が見たことがある映画が、著者の手にかかると、まったく別の映画のように見えてくることもしばしば。映画館で観た時によくわからなかったシーンが、実は監督の、こんな思いを表現したものだったという著者の解説はとても鋭い。しかし本書の「〈映画の見方〉がわかる本」というタイトルはよくないと思う。続編の「ブレードランナーの未来世紀」みたいなヘンなタイトルのほうがよかった。この手の本としては例外的に売れているようで、2002年に出版されてから、2014年現在で21版を重ねている。本書を特に読みたかった理由は、取り上げられている映画をほぼ全部劇場で観ているからだ(続編を除く)つまり、僕自身がいちばん多く映画を観ていた10代の後半から20代前半のことが書かれているからだ。取り上げられている主な映画は以下の通り。

スタンリー・キューブリック2001年宇宙の旅」1968年

アーサー・ペン俺たちに明日はない」1968年

マイク・ニコルズ「卒業」1968年

デニス・ホッパーイージーライダー」1969年

フランクリン・J・シャフナー猿の惑星」1968年

ウィリアム・フリードキンフレンチ・コネクション」1972年

ドン・シーゲルダーティハリー」1972年

スタンリー・キューブリック時計じかけのオレンジ」1972年

フランシス・フォード・コッポラ地獄の黙示録」1980年

マーティン・スコセッシ「タクシードライバー」1976年

ジョン・G・アヴィルドセン「ロッキー」1977年

スティーブン・スピルバーグ未知との遭遇」1978年

自分の年齢でいうと14歳から26歳までの10年あまり。この時期に先立つ60年台、ハリウッドは衰退し、映画産業は崩壊の危機にさらされていた。その混乱に乗じて映画産業に乗り込んできた若いクリエイターたちが起こした革命が「ニューシネマ」のムーブメントだった。それまでのハリウッド特有の「勧善懲悪とハッピーエンディング」という凡庸な映画作法を拒否した彼らの映画は、東宝の怪獣映画を卒業したばかりだった僕らに強烈なパンチを食らわせた。「時計じかけのオレンジ」のレイプと暴力、「俺たちに明日はない」のラストの凄惨な「蜂の巣」シーン。「真夜中のカウボーイ」の救いのない死。悪はどこまでもかっこよく、善は陳腐で醜く、ヒーローは無様な死に様を見せた。エンディングの多くは悲惨な悲劇で、後味が悪い映画も少なくなかった。「2001年宇宙の旅」などは、ストーリーすらよく理解できず、難解な芸術作品を見ているような苦痛と退屈を覚えた。「地獄の黙示録」は、ベトナム戦争を描いた映画が、なぜあのような結末になるのか、さっぱり理解できなかった。本書は、それらの映画の舞台裏を見せてくれるのである。「2001年宇宙の旅」は、実際には、きちんとしたSF的なストーリーがあり、ナレーションによって語られる予定だった。冒頭のシーンで、人類の祖先が猿人をなぐり殺した最初の武器である骨を空に投げ上げ、それが人工衛星になるシーンがあるが、あれは実は人工衛星ではなく、核ミサイルであったという。つまり殺戮兵器の進化を、あの一瞬で表現しているのだ。核兵器の発達によって滅亡の危機に瀕している地球を、かつて人類を進化させた異星人が、再び人類を進化させることによって救おうとする話なのだ。しかし最後の最後にキューブリックがストーリーを語るナレーションを一切カットしてしまったことによって「2001年宇宙の旅」は、まったく違う映画になってしまった。様々な哲学や寓意に満ち、神、神話、幻覚体験など、宗教体験を描いたカルトムービーとしてヒッピーたちから絶大な支持を獲得する。キューブリック自身も神格化されてしまう。映画公開よりかなり後に出版されたアーサー・C・クラークの小説版「2001年宇宙の旅」を読んで、なーんだ、こんなストーリーだったのか、とかえって落胆したことを覚えている。また「地獄の黙示録」の神話的な結末も、元のシナリオにあった最後の戦闘シーンが、主演のマーロンブランドが肥満のためにアクションシーンを撮影することができず、コッポラが苦し紛れに思いついたエンディングであったという。映画は、純粋に作品だけを観るべきだという意見はあると思うが、本書を読んで、ストーリーや演出が決まった経緯を知っからといって、作品の感動が損なわれることは無いと思う。監督や脚本家が偶然、または無意識の内に傑作を創り出してしまうことがあるからだ。本書を読みながら、僕は、その10年あまりの時間を追体験していた。どこの映画館で観たか。誰と観に行ったか。劇場のあの暗がりの中で何を感じていたか…。あの頃の映画には、その時代の記憶を丸ごと甦らせる力がある。著者は言う。単なる「見世物」だったハリウッド映画は、あの時代に「作品」になった。しかし、その後、巨大資本の下で、マーケティングによってすべてが決められる「製品」になってしまった、と…。