藤崎慎吾「深海大戦」

著者の前々作の「ハイドゥナン」は、深海テーマと海底遺跡、島の伝説、共感覚、海底地震など魅力的な要素を組み合わせた壮大なSFだった。前作の「鯨の王」はシロナガスクジラをはるかに越える巨体と知能を持った新種の鯨とのファーストコンタクト話で、まあまあの出来。本書は、タイトルが「深海大戦」で、とても刺激的だが、内容は思っていたのと少し違っていた。世界観が上田早夕里の「華竜の宮」にちょっと似ている。「華竜の宮」も海洋SFだが、ちょっとファンタジー寄りの作品。地殻の大変動により、陸地の大半が水没した世界が舞台だった。遺伝子操作で生まれた「魚舟」と呼ばれる巨大な海洋生物に乗って生活する海の民が登場する物語で、科学的な考証よりも、独特の世界観で読ませる海洋SFだった。それに比べて本書は、様々な海中マシンが登場するハードSF。海洋SFファンとしては大いに期待してしまう。
海底資源の開発が進んだ近未来。
本書の舞台は、海底資源の開発が進み、メタンハイドレートの採掘とCO2の深海への廃棄を行う「CR田:カーボンサイクル田」が世界各地で稼働している近未来。シー・ノマッドと呼ばれる海洋漂泊民が、国家に属さず、巨大な船団を組んで、海洋を移動しながら、海上で生活しているという設定。シー・ノマッドは、各国から海底資源の採掘を請け負ったり、通商貿易で成り立っているが、軍事力を持ち、小国の防衛を肩代わりすることもある。主人公の宗像逍(むなかたしょう)は、シー・ノマッドの一員で、海で暮らすために身体に遺伝子的改造を加えたホモ・パイシーと呼ばれる人間である。宗像はイクチオイドと呼ばれる、人が乗り込む海中ロボットのパイロットとして働いている。
謎の暴噴事故。イマジナリーフレンド。
宗像は、渥美半島沖の建設されたCR田をイクチオイドに搭乗して警備している最中に、不審なウバザメと遭遇。その直後に起きた、謎の海底のメタンガスの暴噴事故に巻き込まれるが、かろうじて生還する。それを助けたのが「イマジナリーフレンド」と呼ばれる、彼だけに見える妖精のような存在だった。(イマジナリーフレンド:幼児期には20%から30%もその体験を持つ者がいて一人っ子か女性の第一子に多い。 2歳から4歳の間に生まれ、8歳ぐらいの間に消えてしまう)アンフィと彼が呼ぶイマジナリーフレンドの導きにより、現場で一緒に警備をしていた上司の命令を無視して生還することができた。この事故によって採掘プラットフォームは破壊され、彼は職を失うが、巨大なシー・ノマッド集団「オボツカグラ」に拾われ、ポンペイ島近海に停泊する、半水没型移動基地「ナンマドール」に配属される。そこで彼は、幼なじみの磯良幸彦や美しい安曇レイラとともに、バトルイクチオイドと呼ばれる人型海中ロボットのパイロットとしての訓練を受けることになる。その頃、世界各地のCR田では、宗像が遭遇したのと同じような災害が発生しており、何者かによるテロが疑われていた…。
水中白兵戦。
海底資源開発をはじめ、様々な海洋技術やガジェット、さらに「ハイドゥナン」と同じく、海中遺跡やポンペイ島に伝わる神話、イマジナリー・フレンドのような心理学的アイデアなどが登場するが、著者が狙った見せ場は、バトル・イクチオイドと呼ばれる、人間が乗り込むロボット型の海中マシン同士の戦闘のようだ。バトル・イクチオイドは、ヒト型で、脳から直接操縦する。しかも「音響迷彩」という、ガンダムにおける「ミノフスキー粒子」のような技術によって、遠距離からの魚雷やミサイルによる攻撃が不可能になっており、海中での戦闘は、数十メートルの近接戦が中心になっている。そのため、パイロットは合気道がベースとなった水中格闘技の訓練を受けなければならない。
南西諸島沖の決戦。
後半になって、沖縄近海のCR田において、いよいよ謎のテロリストたちとの闘いが始まる。3機のバトル・イクチオイドが出動。主人公の新型機はまだ訓練中のため参加できない。強力な敵の出現に、味方のバトル・イクチオイドが次々と破壊されていく。主人公は、一度も実戦にでたことがない新型機での出動を決意する…。CR田を破壊するテロリストは何者なのか?しばしば現れて主人公の危機を救うイマジナリー・フレンドとは何なのか?謎は何ひとつ解明されないまま、本書は終わる。終わるというより長大な物語の第一巻を読み終えた感じ。
深海大戦というより深海ロボット大戦。
本書は、最後まで退屈せずに読めた。しかし深海SFファンとしては、いくつか不満があるのだ。まず「水中でヒト型ロボット同士の格闘」という設定にリアリティが感じられないのだ。なぜ海中で戦闘するロボットがヒト型である必要があるのか?著者は深海版ガンダム、深海版エヴァンゲリオンのようなジャンルを創造したかったのかもしれないが、かなり無理があると思う。また国家に所属しないシー・ノマッドという集団が、国家に匹敵する経済力や技術、軍事力を持つという設定にも、いまひとつ説得力が無いと思った。シー・ノマッドの第一世代は、海洋資源開発などに従事する技術者。労働者が中心であったと著者は書いているが、彼らが集まって、国家を超えた集団をつくることができるだろうか?海底資源開発を行う多国籍企業がベース?中国の華僑のような国際的なネットワークを持った集団?インドネシア諸島に拠点を持つ海賊? 何かベースとなる集団や組織があって、それが成長して経済力や軍事力を身につける、というほうが説得力があったかもしれない。大好きな深海SFというジャンル、とにかく数が少ないので、読み続けることになるだろう。次作以降、できれば深海ロボット同士の戦闘に走らず、リアリティを追求した、正統派の深海SFにこだわってほしい。