読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

鈴木敏夫「風に吹かれて」

このところ巨匠に関する本をよく読んでいる。なぜだろう。今まで宮崎作品を観るだけで、その作者に興味が及ぶことはなかったのに…。今回の「風立ちぬ」のせいか、堀越二郎の本を読み、堀辰雄の「風立ちぬ」を読み、映画を観た後で、半藤一利との対談「腰ぬけ愛国談義」を読み、養老孟司との対談「虫眼とアニ眼」を読んだ後、本書を読んだ。読んでいる内に巨匠の引退宣言があって、さらに興味深かった。内容は、予想以上に面白かった。雑誌「Cut」に掲載された鈴木敏夫へのインタビュー集だ。本書を出すにあたり、ジブリ以前の鈴木の生い立ちを新たにインタビューしたという。かなりのボリュームだが、ほぼ、いっきに読めた。とても面白かった。
取材者は「ロッキング・オン」の渋谷陽一
その言い方はちょっと失礼では、と思うほど、独断と偏見とタメ口で、辣腕プロデューサーの懐に飛び込んで、あの手この手で本音を引き出してくる手口はなかなかのものだ。本書の面白さは多くの名作を生み出した宮崎駿ジブリの舞台裏を、一番近くにいた人物の口から語られるところだろうか。やはり巨匠は面白い。正真正銘の怪物といってもいい。さらにもう一人、高畑勲という怪物がいる。ふたりとも傲慢で、頑固で、わがままで、矛盾だらけで、つきあうのがほんとうに難しい人物なのである。鈴木はアニメ雑誌「アニメージュ」の編集長として二人に出会うが、高畑勲からは、「あなたには会いたくない」と拒否され続け、宮崎駿からも「あなたは人の創った「アニメ」を利用して金もうけしようとしてるだけでしょう」と、相手にされない。鈴木は、ここで引き下がっては負けだと、口も聞かずに絵を書く宮崎のそばに何時間も居座り続ける…。ようやく二人に近づくことができた鈴木は、それから30年以上も二人と関わり、プロデューサーとして多くの作品を生み出していく。
創作の世界の残酷な真実。
ここで語られる巨匠の様々なエピソードは、創作に関わる人間に多くのヒントを与えてくれる。特に、鈴木がジブリのスタッフの中から若い才能を育てようとすると、巨匠がその人物を潰してしまうという話などは、創作や天才に関わる残酷で容赦ない暗黒の世界を垣間見せてくれる。巨匠と同じ作家の側に立つ人間は、巨匠の天才に押しつぶされてしまう。鈴木敏夫は、プロデューサーという、すぐそばにいながら、彼らとは違うポジションに立っているから潰されることはないのだが、相手はやはりとてつもない怪物であり、鈴木の仕事ぶりは、猛獣使いのパフォーマンスを見ているように鮮やかで、スリリングである。「感想」では、この面白さは伝えられない。また、観客として映画を見ただけでは決してわからない世界がここにはある。本書や、宮崎駿の本を読む度に、巨匠への共感が強くなっていくのがちょっと悔しい。本書は、創作やクリエイティブに関わっている人間にぜひ読んでほしい本。作品を創ることのヒントがいっぱい見つかります。
鈴木敏夫という人。
本書でもたっぷり語られているが、鈴木敏夫という人物の凄さも驚かされる。もちろん巨匠あってのプロデューサーなのだが、巨匠の側にいて、巨匠の思いや希望、欲望を読み取って、次に何を創るべきかを見極め、巨匠を導いていく。そのプロセスは誰にも真似ができないだろう。「風立ちぬ」も、鈴木がいなければ映画にはならなかったのだ。
引退宣言。
この本を読んでいる途中で引退宣言の会見を見た。巨匠らしい、ちょっと人を食った会見だった。「僕は文化人じゃない。町工場のオヤジなので、発信はしない」という発言がよかった。エプロンをかけて、カップラーメンをすすりながら「めんどうさくさい」とぼやきながら、絵コンテを書き続ける巨匠の姿は、本当にもう見られないのだろうか。