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高山貴久子「姫神の来歴 古代史を覆す国つ神の系譜」

古代史本をもう一冊。
前回エントリーの村井康彦「出雲と大和」と前後して読んだ。「出雲と大和」は歴史学者による古代史幻想紀行ともいえる本だったが、偶然、本書も、歴史の舞台を訪ね歩く古代史紀行のような構成となっている。著者は古代史には、まったくの門外漢である。出版社で編集者として働いたのち、2冊の絵本と1冊の詩集を出版している。2002年より本書の取材を始め、10年の歳月をかけて、2013年、本書を完成。全く違う経歴の二人が、偶然にも同じような手法で古代史の謎に迫ろうとしたのは面白い。
著者自身の「ふしぎな夢」から始まった。
著者が本書を書くことになった経緯が興味深い。ある日の明け方、著者はふしぎな夢を見る。その部分を引用しよう。「夢の中で、わたしは、なぜか、古代日本の衣装を着て立っている。傍らには、おなじく古代日本の衣装をまとった男神(おがみ)がひとり立っていて、少し離れて、女神がひとりしゃがみこんでいる。そこは小川のほとりで、木立が見える。新緑がまぶしく、春のようだ。その男神は、わたしの兄らしく、わたしは兄に向かって、激しい口調で言っている。『あの人は兄上の妃になるはずの人だったのに、寝取られてしまった。この国の正当な統治者は、わたしたちのほうなのに。いまに、あの者たちを追い落としてやる。』激しい怒りの感情とともに目を覚ますと、「姫神の来歴」という声が聞こえた。」あまりに印象的な夢だったので、著者は、この夢の意味が知りたくなった。まずは「姫神の来歴」という本があるのかもしれないと思い、探してみたが、そのような本はなかった。それでは古代日本の歴史書にあたろうと、それまでついぞ手にしたことがなかった「古事記」「日本書紀」を読んだ。著者は、「記紀」に描かれた物語の数々に心惹かれ、舞台となっている土地の伝承をたどって、あちこちの神社を訪ね歩くことになったという。「夢」がきっかけになった古代史探訪。著者のそんな体験を、僕は否定しない。古代史のように極度に限られた材料から事実を導き出さなければならない分野では、彼女のような「幻視」の力が威力を発揮することがあるからだ。小説家の想像力が、歴史のミッシング・リングを補ってくれることがある。優れた歴史家や研究者には、土地やその場所の地霊と交信する能力があるのではないかと思うことがある。折口信夫柳田国男梅原猛にも、そんな力があったと思う。
姫神」を道しるべに、古代史の謎に迫る。
著者は、記紀神話の舞台となった各地の神社や遺跡を訪ね歩くうちに、そこには記紀風土記に記された物語と密接にからみ合った伝承が千数百年の時間を超えて生き残っていることに気づく。その中に、古代史の謎を解く重要なヒントが隠されているのではないかと思うようになる。そして夢で聞いた「姫神の来歴」という言葉を思い出して、「姫神」を道しるべにして、記紀神話を読み解くことで、古代史の「謎」に迫ろうと決意する。記紀神話の中で、著者が注目したのは「八俣大蛇退治神話」と「天岩戸神話」。前者には「櫛名田姫:くしなだひめ」が登場し、後者には「天照大御神:あまてらすおおみかみ」という姫神が登場する。
複数の名を持つ古代の神々。
著者が古代史の謎を解く鍵のひとつとして考えているのが神の名前である。古代の神々には複数の名前が与えられている。例えば大国主神(おおくにぬしのかみ)には、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)八千矛神(やちほこのかみ)大物主神(おおものぬしのかみ)など、10以上の名前で登場してくる。記紀の編者たちは、このような神々の別名を巧みに利用して歴史的な事実を隠そうとしていた、と著者は言う。逆に、現代の我々は、神の別名を通して、当時の権力者たちが隠し損ねた歴史上の真実にたどりつくことができるという。著者は各地に残された「櫛名田姫」と「天照大御神」という二柱の姫神の伝承を10年の歳月を費やして訪ね歩き、膨大な資料を読み込んで、本書を完成する。
古代史の常識を覆す。
本書は古代日本を舞台にした謎解き紀行ともいえる本であり、謎解きの過程をくわしく語るのはネタばれになるので止めておきたい。しかし本書を読んだ後、記紀に描かれた「八岐大蛇退治」や「天の岩戸神話」の神話が、これまでとまったく違う意味を持った物語に見えてくることは間違いない。須佐之男命は何者だったか?八岐大蛇とは何者だったのか?著者がたどり着いた結論は、驚くべきものだが、僕の貧弱な知識では、それを否定することも肯定することもできないが、かなり強引な説のようにも思える。しかし、これまでにないユニークな、そしてオリジナルな説であることは間違いない。レビューの中に著者のことを「古代史研究の新星」と呼んだ文章があった。本書が世に出て、様々な反響があり、批判を浴びながらも、著者は多くの読者を獲得していくだろう。次なる作品も大いに期待したいところだが、それは叶わぬ夢となってしまった。著者は、本書の出版を待たず、急逝している。
著者は、2013年3月、本書の出版を見ずに急逝。
著者は、10年の歳月をかけて各地を訪ね歩き、膨大な資料を読み込み、何度も行き詰まりながら、本書を完成させ、そして、出版を待たずに亡くなっている。その執拗なまでの情熱は、どこから来たのだろう。著者自身が、ふしぎな夢に駆られ、姫神たちの声に導かれて、訪ね歩いた各地で「声」を聞き、「天啓」のようなひらめきを手に入れる…。それはまるで、古代の姫神たちが、真実を現代に伝えるために彼女を選び、巫女=語り部の役目を与え、さらに彼女に憑依して、本書を書かせたかのようである。そして役目を終えた著者を、姫神たちは、天に召してしまったのかもしれない。
あとがきの中で著者は自らの病気について触れている。彼女が入院していた病棟では、彼女以上に重い病状の患者が大勢いて、みんな、その状況を受け入れ、希望を失わずに治療に励んでいたという。そして東日本大震災の後、被災を受け入れ、懸命に復興に立ち上がろうする人々の映像を見て、これこそ姫神たちが著者に見せようとした姿だった、と悟る。自分が10年の歳月をかけて追い求めてきたのは、古代日本の謎でも古代日本の姿でもなく、日本人の心性そのもであったのかもしれないと締めくくる。