川上和人「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

あなたは、ふだん「恐竜」の本を買うだろうか?よく立ち寄る書店の新刊コーナーで、ある日、あなたは「恐竜」に関する新しい本を目にする。著者の名前は知らない。価格は1974円。その本を手に取ってレジに持っていくだろうか?僕は買わない。「恐竜」のことに興味が無いわけではないが、他にも読みたい分野やテーマはたくさんあり、限られた時間やお金をいま「恐竜研究」のために費やす余裕はない。これが恐竜をテーマにしたマイクル・クライトンの新作だったら即買っているだろうが……。しかし本書は違った。「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」このタイトルだけでガツンとやられてしまった。タイトルが、単に「鳥類学者 恐竜を語る」であれば本書を手に取ることもなかったかも知れない。「無謀にも」という言葉が入ったことによって本書のイメージは一変する。「僕は鳥類学者で、恐竜は門外漢なんだけど、鳥類学の視点で見ると、いっぱいわかってくることがあるんだ。門外漢が恐竜のことを語るのは許されないことかもしれないけれど、やっぱり喋りたい、えーい、喋っちゃえ。」みたいな、著者の立場、姿勢、思いが一発で伝わってくるタイトル。それでも即、購入とはいかず、1カ月近く迷い続け、レビューなども読んだ後、ようやく購入。この際だから、最近の恐竜学の動向も抑えておくか、ぐらいの購入動機。僕の恐竜学の知識は、クライトンの「ジュラシックパーク」の頃のまま止まっている。羽毛恐竜など新しい化石が次々にが発見されたり、恒温動物説が出てきたり、恐竜研究も進化しているようだし…。
ユーモアたっぷり、ジョーク炸裂の文章。
読んでみると、タイトルに違わず楽しい本だった。本書の魅力の一つが著者の軽妙な文章。冒頭からいきなりこんな文章ではじまる。「世のなかには2種類の人間がいる。恐竜学者と鳥類学者だ。そして、私は鳥類学者だ。それ以外の人? ……些細なことは気にしないでいただこう。」万事がこの調子。他にも恐竜のサイズをガンダムで例えたり、ガメラチロルチョコアダムスキー型円盤や峰不二子やドラエモンまで登場させながら恐竜を縦横無尽に語っていくのが痛快。筆が走り過ぎて、すべってしまう部分もあるにはあるが、面白いので許そう。
タカかコノハズクか。
著者は最初に、ある鳥の骨格を見せて「これは何の鳥」と問いかけ、タカのような猛禽類であることを推測してみせた後、すぐに『ごめんなさい。嘘をつきました」と謝り、この骨格が、フクロウの仲間であるコノハズクのものであることを明らかにする。骨格だけからは愛嬌たっぷりのコノハズクの姿を想像することはできない。著者は、この例から、恐竜の化石を元に、その姿や生態を知ることの難しさ=恐竜学の限界をまず提示する。そして、一方ではこの限界こそが恐竜学の魅力になっていると著者は語る。研究者は、限られた化石を手がかりに、自らの想像力を総動員して、恐竜の形態や生態を解き明かしていかなければならない。著者は、そこに門外漢である鳥類学者が妄想を語れる余地が生まれる可能性がある、と本書の意図を説明する。しかし著者の姿勢は、あくまでも謙虚である。「この本は恐竜学に対する挑戦状ではない。身の程知らずのラブレターである。」
恐竜起源説。
恐竜研究は、映画「ジュラシックパーク」のように恐竜のDNAを抽出することにはいまだ成功していない。鳥類が恐竜の末裔であるという説は、主に形態の比較によるものだった。ところが近年、ティラノサウルスのコラーゲンの抽出に成功し、その解析から、ティラノサウルスは、ワニやトカゲよりもダチョウやニワトリに近いことが分子生物学的に証明されたのである。恐竜がワニよりも鳥に近いということになると、僕達が恐竜に抱いていたイメージが大きく変わってくる。昔、家でニワトリを飼ってたことがあり、すぐそばでニワトリのディテールを見つめていると、爬虫類に近い不気味さを感じたのは、ニワトリの中に受け継がれた恐竜の遺伝子のせいだったのかも…。体の横に突き出た4本の足でノコノコ歩くワニやトカゲよりも、2本足でスマートに歩く鳥のほうがティラノサウルスやベロキラプトルの歩行に近いと思う。二足歩行と言えば、人類をはじめとする類人猿と鳥だけに見られる。著者は、2足歩行によって、人間は自由に使える器用な手を獲得し、鳥は大空にはばたく翼を獲得した、と語る。
羽毛恐竜、発見。
近年の恐竜研究での大きなトピックといえば「羽毛恐竜」の発見だろう。世界各地で羽毛恐竜の化石が発見されている。ティラノサウルスですら羽毛を持っていたかもしれないといわれる。個人的にはこの「羽毛恐竜」がインパクトが大きかった。凶暴なティラノサウルスやベロキラプトルがふさふさの羽毛をまとっていたら、恐竜のイメージが壊れてしまうではないか。羽毛は最初、飛ぶためではなく、体温の維持やディスプレイ(顕示行動)のために獲得されたのではないかと言われている。それが後に飛行のための器官として進化していったと著者は語る。羽毛恐竜の出現によって、もうひとつ大きく変化したのが恐竜の「色」である。従来までは恐竜の色といえば、灰色か、茶色、緑色のような地味な色が多かったが、羽毛恐竜の発見によって、最近の図鑑などで描かれる恐竜の色はカラフルになってきているという。縞模様やヒョウ柄の恐竜がいたのだろうか?
始祖鳥は、始祖ではなかった。
鳥と恐竜の中間に位置し、現在の鳥類の祖先とされていた「始祖鳥」も、実は直接の祖先ではなかったという事実も衝撃的である。始祖鳥は、恐竜から同時期に分化した別の系統の鳥類であったとされている。羽毛ではなく皮膜によって空を飛んでいた翼竜も別の系統らしい。著者による翼竜の体の色は何色だったか?という考察も興味深い。翼竜は、海や、湖、河などの開けた水面がある場所で、魚を餌にしながら生活していたという。このような生態を持っている鳥は、水鳥や海鳥の類で、彼らの色は、白と黒のコントラストの強い色が多いという。著者による翼竜のおすすめの体色は白と黒のツートンカラーであるという。
鳥類学者による恐竜プロファイリング。
本書の真骨頂ともいえるのが、この章である。鳥類学者ならではの知識で恐竜の生態を大胆に推測する。どんな環境で生息していたのか?子育てはどうしていたのか?何を食べていたのか?集団で暮らしていたのか?夜行性の恐竜はいたのか?鳥のように「渡り」をしたのか?等々…。
恐竜=鳥類。つまり著者は恐竜学者である。
本書の冒頭で、「門外漢の身ながら」と、とても謙虚に恐竜を語り始めた著者だが、あとがきでは、「本書の大前提は『鳥類は恐竜だ』ということだ。もしそうであれば、私たち鳥類学者はすなわち恐竜学者ということになる。その前提を作ったのは、ここ数十年の恐竜学者の努力である。(中略)この本は恐竜学者による恐竜本である。くれぐれも詭弁というなかれ。」と開き直っている。本書は、これまで読んだ「恐竜本」のなかで一番面白かった、と断言できる。著者の文章も楽しい。次の作品も読んでみたい。発売から2カ月近く経過しているが、いまだに平積みされている書店もあり、売れ続けているようだ。書き忘れたが、本書の中にふんだんに挿入されたイラストもとてもいい。本書は「生物ミステリー」という新シリーズらしい。ある分野のテーマについて、少し離れた分野の研究者に本を書いてもらうというのは面白いかもしれない。次にどんなテーマの本が出てくるか、楽しみである。バッタ、脳科学、恐竜と、今年は、サイエンス本の当たり年かなあ。細 将貴著「右利きのヘビ仮説」という本も、買ってあるのだが…。