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V.S.ラマチャンドラン「脳のなかのの天使」「脳のなかの幽霊」

本書を読んだ後、前々作「脳のなかの幽霊」をパラパラと拾い読みしていたら、何だか面白くなってきて、結局、全部読み通してしまった。異様にわかりやすくて面白かった前々作に比べると新作「脳のなかの天使」はちょっと後退。その一方で扱われているテーマの重要さや広範さという点ではかなり前進している。原題の“The Tell-Tale Brain”は、たぶん E.A.ポーの短編“The Tell-Tale Heart”(邦題:告げ口心臓)のもじりかな。だから「幽霊」から「天使」への変化は、日本の出版社がつけたタイトルだ。著者のインド人脳神経学者 ラマチャンラン先生はダジャレ好きで、「脳のなかの幽霊」もケストラーの「機械のなかの幽霊」からもじっているらしい。前々作の「幽霊」も本書もユーモアたっぷりの文章で楽しく読めたが、今回も著者のユーモア精神、ジョークは健在である。今回、「幽霊」も再読したので2冊合わせて感想を書いておこう。
異様に面白かった「脳のなかの幽霊」。
1999年に出版された前々作を読んだ人は多いのではないか。著者が最初に注目したのは「幻肢」と呼ばれる症例である。それは事故などで手足を切断した患者に表れ、あるはずのない手足がまだ存在するかのように感じられる。しかも、しばしば痛みを伴うため、長期間にわたって苦しむケースも少なくない。もちろん存在しない手足の苦痛を除去する方法はないし、医学の世界では「わけがわからない症状」としてずっと無視されてきた。著者はこの「幻肢」に注目し、独自の仮説を立て、ユニークな実験を行ないながら、この現象の発生の仕組みを鮮やかに解き明かしていく。そして遂には鏡と段ボールで作ったユニークな装置を使って、幻肢そのものの治療に成功してしまう。「成功してしまう」と書いたが、何だか安っぽい手品のような仕掛けで、それこそ手品のように幻の手足を消してしまうのだ。ラマチャンドラン先生、これに味をしめたかどうか、こんどは脳や身体の一部を損傷した患者に現れる様々の奇怪な症状に注目し、熱心に研究を続ける。さらに科学の世界では取り上げることがタブーともいえる「体外離脱」や「天才」「神との出会い」等にも興味を示し、大胆にも解明を試みようとする。それを可能にするのはユニークな発想と、大がかりなビッグサイエンスに頼らないシンプルな実験の数々である。彼によると神経科学は、いまだファラデーの時代であり、棒磁石とガラス板と鉄の粉による実験が有効であるらしい。それ以前、脳の科学は、フロイトか行動主義といった観察と記述主体の学問であり、実験や実証による本当の科学ではなかった。20世紀の最後になって、ようやく脳科学が産声を上げたという。著者はこの本の中で「笑い」「嘘」「自己」「意識」という大きなテーマに触れ、今後、実証的な方法で解明されていく時代が来るだろうと予言している。
「幽霊」から「天使」へ。
「脳のなかの幽霊」から十数年が経った。脳科学はさらに発展し、数多くの成果を上げ始めているという。前々作では問題定義や仮説に留まっていた理論や説が実証され、解明されているのではないか…。今回もラマチャンドラン先生は「脳のなかの幽霊」と同じく、脳や身体に損傷を受けた患者が示す様々な奇妙な症状から、脳と知覚のしくみを解き明かしていく。本書では「共感覚」に一章が割かれているのが新しい。共感覚とは、数字を見ると色が見えたり、音を聴くと色が見えたり、2つ以上の感覚が混じりあう現象のことだ。感覚入力の処理回路が他の処理回路が混線することによって引き起こされるという。共感覚は、芸術家、詩人、小説家において一般人に比べて8倍多く見られるという。共感覚を生み出す脳のしくみは、人間の脳に特有な「メタファー」を創り出すしくみとつながりがあるのかもしれない、と著者は言う。
ミラーニューロン
前々作には登場しなかった、もうひとつの大きなテーマがミラーニューロンである。ミラーニューロンとは自分が何かの動作を行なっている時だけではなく、他人が同じ動作を行なっている時にも発火するニューロンのことである。ミラーニューロンは類人猿にもあるが、人間のそれははるかに高度なレベルに達している。私たちが相互の視点を持ち、たがいに共感しあうことができるのは、このニューロンによるところが大きいという。著者は、さらに自閉症という病気も、このミラーニューロン・システムの問題である可能性を考える。人類だけ手に入れた「言語」の誕生にも、ミラーニューロンが関与している可能性があるという。
芸術と美。そして魂。
そして本書は、人類のみが手に入れた偉大な能力である「芸術」「美」を生み出す能力について、脳のしくみから解明を試みようとする。著者は、そこから9個の「美の法則」を導きだす。ゴッホピカソもヒンズーの神を象った彫刻も、これらの美の法則で説明することができるという。この章は、著者が取り上げたサンプルが少な過ぎて、説得力に欠ける部分もあるが、おおむね納得できると思った。そして最終章では、最も難しい「自己」「魂」の問題について、その解明を試みる。その過程で、魂が身体を離れる「体外離脱」や、てんかん発作の人々が「神を見る」体験についても考察していく。この部分は、納得できるとは言わないが、ほんとうに興味深い。
脳科学は始まったばかり。
確かに脳科学はこの10年あまりの間に大いに発展したと著者は語る。しかし、人間の脳はおよそ1000億個のニューロンからなり、それらが互いにつながって膨大な会話を交わしており、脳が取りうる状態の数は宇宙の素粒子の数を上回るという。いかに脳科学が発展したと言っても、とてつもなく複雑な「脳の謎」の、ほんのわずかな部分を解き明かしたにすぎないという。それはそうだろう。脳科学は、SFのように、いまだ脳の中で起きている現象:精神活動を直接読み取ることはできないし、失われた脳の機能を、脳に直結したコンピュータで補うこともできない。著者の説が実証されるまで、長い年月を要するだろう。最初に書いたように本書を読んで、最初に「脳のなかの幽霊」を読んだときのような衝撃は感じなかった。そしてテーマがより複雑に広範になったせいか、わかりやすさでも後退しているような気がする。それでも読む価値は十分にある。脳について僕がいま知りたいことが、ここには書かれている。