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前野ウルド浩太郎「孤独なバッタが群れるとき サバクトビバッタの相変異と大発生」

久しぶりのサイエンスドキュメンタリー。本探しの参考にさせてもらっているサイトの一つにKinokuniya BOOKWEBの書評空間BOOKLOGの朱野帰子氏のブログがある。同ブログは、「いい本」というより「ちょっとヘンな本」を紹介してくれるのだが、中でも本書は「ヘンな本」でありながら「マジメなよい本」。著者はサバクトビバッタの研究者。サバクトビバッタとは、アフリカ、中東、アジアの砂漠地帯や半砂漠地帯に生息するバッタで、しばしば大発生し、大移動しながら農作物を食い尽していく。群れの大きさは巨大なものなると500キロメートル途切れなく空を覆い尽くすことがあるという。普段は大人しい生活を送っているサバクトビバッタが、大発生の際、別の種類と思えるほど身体や生態が変化するという。体色は、緑色から黒色へ、体も大きくなり、羽根が長くなり、後ろ足が短くなる。要するに大移動と繁殖に適した形態へと変化するのだ。この変化を相変異と呼ぶ。この相変異の研究の紹介が本書の内容なのだが、本書の面白さは、著者の異常ともいえるバッタへの愛情の強さにある。
バッタに食べられたい!
本書の冒頭に、著者がバッタに取り憑かれたエピソードが紹介されている。著者は小学生の頃、子供向けのサイエンス雑誌でサバクトビバッタの大発生を見学するツアーの記事を読んだ。そのツアーに参加した女性が緑の服を着ていたため、バッタの群れに襲われ、服を食べられてしまったという。著者は、この記事を読んでひとつの強い願望を持ち続けている。それは「自分もバッタに食べられたい」という願望だ。自分も小学生の頃はフツーにムシ大好き少年だったが、「バッタの群れに食べられたい」と思ったことは一度もない。そんなヘンなガキは周囲にいなかった。著者のムシ好き・バッタ好きはハンパじゃない。この「バッタ博士の異常な愛情」が本書を「とてもマジメだが、とてもヘンな(楽しい)本」に変身させている。バッタの研究は重労働である。一年中休みなしで、多くのバッタを飼育し、餌である草を毎日十数キロも調達し、様々な実験を行う。苦行のような生活を続けながら、様々な仮説を立て、実験を計画し、実行する。そして論文を書き、科学雑誌に投稿する…。昆虫の研究がこんなにユニークで、スリリングなものだとは知らなかった。
バッタに飽きて、アゲハに浮気。
著者もユニークだが、著者の師匠も、バッタへの愛情と熱意とアイデアに満ちあふれた素晴らしい研究者だ。著者が博士号を取り、時間と余裕ができると、バッタから「都会のアゲハ」に興味が移り、そちらに夢中になって、バッタの研究がおろそかになって、師匠に叱られるエピソードも微笑ましい。
アフリカに行ってみたら、バッタが消えた。
本書の最後で著者は、念願かなって、サバクトビバッタの研究のためにアフリカのモーリタニアに赴くが、建国以来はじめてという大かんばつで、サバクトビバッタそのものが消えてしまう。「せっかく、バッタに食べられることを前提に緑の下着まで用意していったのに…」と落ち込む。
第2弾が読みたい。
この本の面白さは「バッタ研究」の面白さはもちろん、著者のキャラクターの面白さである。おたくで、軽くて、ノリがよいという独特のキャラが本書を単なるサイエンス本以上のものにしている。モーリタニアではバッタに遭えなかったが、その後、全身緑の服に包まれた彼はめでたくバッタに食べられたんだろうか。その体験をまた読みたいと思う。この「フィールドの生物学」シリーズ、他にも面白そうな本がありそうだ。