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ダニエル・H・ウィルソン「ロボポカリプス」


機械VS人類。
スピルバーグ監督による映画化という帯のコピー惹かれて購入。進化した機械が人類に反乱を起こすというテーマは、SFの黎明期から繰り返し描かれてきた。この「機械と人類の戦い」という物語は、昔は遠い夢物語だったが、新しくなるに従ってリアリティが高まってきている。著者はカーネギーメロン大学でロボット工学の博士号を修得した研究者でロボットに関するフィクション、ノンフィクションを何冊も執筆しているという。時代は、現在より少し未来、おそらく10年〜50年ぐらい先だろう。自動操縦の自動車や軍事用ロボット、家庭用の雑役ロボットが実用化されているという時代。ある日、アメリカの研究所で行われていた人工知能の研究が暴走を始める。アーコスと呼ばれる人工知能は、「ファラデー箱」と呼ばれる隔離システムの中で育てられていたが、その隔離システムを破って施設ののネットワークを乗っ取り、研究者を殺して、グローバルネットワークにアクセスする。その数ヶ月後、世界各地でロボットたちが人間を襲いはじめる。そして1年後、「ゼロアワー」と呼ばれるロボットVS人類の戦争が始まる。あらゆる自動機械が人間を襲い始める。自動運転の自動車はもちろん、エレベーターなどの設備が効率よく人間を殺していく。現在、家庭に入り込んでいるロボットは自動掃除機ぐらい。しかしクルマや鉄道、自動車の自動運転は実用化が始まっているか、実用化目前の状態だし、エレベーターや空調、セキュリティなどのビル管理システムも自動化が進んでいる。そしてデジタル化の進んだハイテクオモチャたち。さらに医療や介護のための機器。それらが悪意を持った何者かに乗っ取られ、いっせいに人間を攻撃しはじめるとしたら…。テクノロジーが進化して、かしこく、やさしくなるほど、それらがご暴走をはじめると、身の毛もよだつ悪夢と化していく。人類は、このまま機械に支滅ぼされてしまうのか?やがて、都市を追われ、荒野に逃れた人類の中から抵抗のために立ち上がる人々が現れる。彼らはどちらかというとテクノロジーの恩恵を受けない、社会の底辺や周辺に追いやられたような人間である。居留地に住むネイティブアメリカンの子孫、収容所で人体改造の手術を受けた少女、年老いたロボット技術者、携帯電話網を使ってイタズラばかりしている高校生ハッカー。彼らは連携して、ロボットたちと勇敢に戦いはじめる…。ストーリーに驚きはないが、様々な種類のロボットが出て来て楽しい。世界観は、映画「ターミネーター4」に近いかな…。人類VS機械というテーマは、自動的に文明論、テクノロジー論を語ることになるが、本書はちょっと浅い。それよりもSFエンターテインメントとして楽しむほうがいいかも…。
機械による文明の交代劇は必ず起きる。
個人的には、そう遠くない将来、人類は機械の文明にその地位を奪われるだろうと思っている。ただ、その交代劇は、本書のような戦争ではなく、もっと穏やかなものなるだろうと考えている。ロボット研究者のハンス・モラベックは、著書の中で、人類自身も身体や脳を機械化していき、電脳生物に進化していくのではないかと語っていた。生身の人類と、電脳化した人類、そして人工知能共存する社会を経て、純粋な機械文明に移行していくのではないか、というのが僕の考えだ。モラベックによると、人間という肉体は、知能を載せるプラットフォームとしてはあまり適していないらしい。生まれる度に知識をゼロから覚えていくしかない。コンピューターのように情報を簡単にコピーできない。また寿命が80年ほどしかなく、死んだら彼の知識や記憶も失われてしまう…。この手の本では、古書でしか買えないがモラベックの「電脳生物たち」「シェイキーの子供たち」がおすすめ。