読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

野嶋剛「銀輪の巨人 ジャイアント」

気がついたらジャイアント。
数年前に自転車に乗るようになってから、ジャイアントというブランドが目につくようになった。台湾のメーカーで、世界の自転車メーカーのトップを走る企業であるという。3月にびわ湖1周イベントに参加して以来、ロードバイクが気になっているのだが、知り合いの一人はジャイアントを奨めてくれる。びわ湖1周参加用に候補に上げていた1台もジャイアントのMR4という折りたたみバイクだった…。気がつくとジャイアントの名が周囲に広がっている。彼らはいかにして世界のトップメーカーに登りつめていったのだろう…。そんなタイミングで、本書を発見、即購入した。著者は朝日新聞の国際編集部次長で、2007年から2010年まで台北支局長を務めている。著者がジャイアントに興味を持ったのは、台湾総選挙を1年後に控えた2007年、国民党の総統候補の馬英九が選挙運動の一環として自転車での台湾縦断に挑戦し、そのゴールを取材に行った時のことだった。馬英九が乗っていた自転車は台湾製ジャイアントというブランドだった。著者は、馬英九と同じころ、73歳という高齢の人物が台湾1周に挑戦していたことを知る。この人物こそが世界トップレベルの自転車メーカージャイアントの会長、劉金標だった。その1年後、著者は、台湾でヒットした映画「練習曲」のDVDを観たことで再び「自転車」に興味を持つ。その映画は、聾唖の若者がギターを背負って自転車で台湾を一周するロードムービーで、(台湾を1周することを環島という)劉金標は、この映画を観て自らの環島を決断したという。著者は、馬英九の台湾縦断、映画「練習曲」、そして劉金標の環島がチェーンのようにつながっていることに不思議な縁を感じ、ジャイアントと劉金標について本を書きたいと思ったという。
ジャイアントの成功と日本の自転車産業の衰退。
1972年に地方の小さな工場として出発し、日本や米国の自転車メーカーのOEMで成長を遂げ、やがて自らのブランドで世界のトップに立つに至るサクセスストーリーは、とても面白く読める。国内に工業製品の統一規格すらなかった台湾の工業技術、メイド・イン・タイワンという低品質イメージ、OEMのリスク、中国への進出、自転車産業の空洞化など、多くの危機を乗り越え、今日の地位を築きあげた経営は、やはり只者ではない。著者は、ジャイアントの成功を語りながら、同時に日本のメーカーが、なぜジャイアントになれなかったのだろうと考察する。かつて日本も世界のトップレベルの技術や品質を誇った自転車王国だったのだ。本書によれば日本と台湾の明暗の分かれ目は90年代にあったという。当時、日本でも米国でも、台湾でも、生産拠点を中国に移す企業が急増し、そこで生産された製品が今度は輸入され、国内で生産される製品を駆逐していった。それがさらに国内産業の空洞化を加速するという悪循環に陥っていった。また日本には「ママチャリ」と呼ばれる安価な自転車がスーパーで売られるという特殊な事情が、いっそう安価な中国製の自転車をはびこらせ、国内メーカーを追いつめていった。かつて多くの高品質なスポーツ自転車を販売していた富士、ミヤタ、丸石など、今や見る影もない。パナソニックは生産の8割が電動アシスト自転車に振り向けられている。唯一ブリジストンだけがかろうじて高級スポーツ車を生産しているにすぎない。日本の自転車産業は瀕死の状態であると著者は言う。
同じ危機に台湾は違う道を選んだ。
それに対してジャイアントは、そして台湾は違う道を選んだ。「国内の産業空洞化と中国との安値競争を放置すれば我々は滅びる」「低品質な自転車では、どうやっても中国には勝てない。そこは中国に任せて、我々は高品質な自転車を国内で生産しよう」という方針を打ち出し、自社だけでなく業界全体で実行する「Aチーム」というプロジェクトを提唱し、推進していった。具体的には「トヨタカンバン方式の導入などで、生産技術や周辺環境を向上し、高品質な製品をジャストインタイムで供給できるようにする」というものだ。さらに従来、高品質(ハイエンド)と言われる自転車が高価格すぎて、一部の強いこだわりを持った高所得者しか手が出ないという状況を変えて行く必要があった。いわゆるハイエンドと呼ばれる品質の自転車が10万円以下の価格で提供できれば、高級自転車の需要は大きく拡大できるはずであると彼らは考えた。その後、台湾の自転車産業は2002年を境に底を打ちV字回復を果たしている。2010年、輸出台数は変わらないが、その輸出額は、3倍に増加している。つまり輸出車1台あたりの単価が3倍になったわけだ。現在、台湾の自転車産業は、空前の好景気を迎えているという。
自転車で起きたことは家電でも。
著者は、自転車産業で起きたことは、他の業界でも起きつつあるのではないかと懸念する。かつて日本のお家芸であった半導体や家電製品でいま起きていることは、十数年前に自転車産業で起きたことを周回遅れで繰り返しているのではないか、と問いかける。著者の言葉を引用すると「OEMや工場移転によって安い労働力がある東アジアの各国に移したあと、時間をかけて技術やノウハウを吸収され、最後には技術力だけではなく、肝心の商品開発力やブランド力においても、こうした後発の企業に追い抜かれ、そして再び追いつくことが不可能になってしまうプロセスである。」この最悪ともいえるプロセスを回避する方法はあるのだろうか?その答は本書の中に書かれているのだが…。いまから間に合うだろうか?
空前の自転車ブームの中で。
3.11以降、日本には空前の自転車ブームがやって来ていると思う。地震後の公共交通の運行ストップで発生した大量の帰宅困難者は、自転車の存在を見直すきっかけになったという。また深刻な原発事故の発生も、僕たち自身のエネルギーに対する考え方に大きな影響を及ぼした。また、個人的には、大した練習もせずにびわこ一周150kmを走りきってしまったことやランニングより身体への負担が少ないことなど、スポーツ自転車の良さを再発見する機会があった。周囲でも高価なスポーツ自転車を買う人が急増している。自転車の話題も増えてきた。しかしそこで出てくるブランドの名は、アメリカやイタリアばかりだ。もう一度日本の自転車メーカーに復活してほしいと思う。