三上 延「ビブリア古書堂の事件手帖---栞子さんと奇妙な客人たち」「ビブリア古書堂の事件手帖2---栞子さんと謎めく日常」

自分では、まず買わない本である。先入観で選んではいけないが、この手の本はなかなか手が出ない。著者はライトノベルの作家だという。カバーおよび挿絵がアニメ風というかコミック風で、それだけで拒否反応を起こしてしまう。読んだ家人によると「古書の話とか面白いよ。うちにいっぱいあるサンリオSF文庫とかの話も出てくるし。」現在、2巻が出版されているという。主人公は、ふとしたきっかけから北鎌倉の古書店、ビブリア古書堂に勤めることになった就職浪人、五浦大輔。その店には美人で無類の本好きの店主、篠川栞子がいた。彼女は、世間知らずで引っ込み思案な女性でありながら、古書に関して膨大な知識と鋭い観察眼を持ち、一冊の古書から、そこに秘められた様々な謎を次々に解き明かしていく。本書は、いわば古書ミステリーともいえる小説だ。このビブリア古書堂を舞台に、様々な古書と古書収集にまつわる物語が繰り広げられていく。各章は、夏目漱石漱石全集・新書版」(岩波書店)、小山清「落穂拾ひ・聖アンデルセン」(新潮文庫)というように実在の本がタイトルになっている。僕自身、本は好きだが、古書収集に興味をいだいたことは、これまで一度もない。本は、あくまでもコンテンツを入れる器であり、中身が重要で、その入れ物は何でもいいと思ってきた。もちろん装丁はしっかりしていて美しいほうがいいに決まっているが、初版とか、古書特有の価値には興味がない。そうはいっても学生の頃、お金が無くて、古書店にはずいぶんお世話になった。
本書を読んでみると、ライトノベル風というのか、主人公たちの出会いやら恋愛を語る部分と、古書の蘊蓄を語る部分が、水と油のように分離していると思った。古書店の店主も、古書オタク?でありながら、気弱で恋愛経験が少ない、美人(しかも巨乳!)だが、ひと度古書に向うと別人のように変身。快刀乱麻を断つ古書探偵として大活躍するのだ。何と言うか、いかにもアニメ世代があこがれそうなキャラクターで、僕のような世代にはリアリティ・ゼロ。1巻目を読み終えた印象は、まあまあ面白かったが、けっこう薄味。主人公たちの現在の世界(ライトノベル風)と古書の蘊蓄の世界の乖離は、だんだん気にならなくなってくる。1巻目の最後の太宰治「晩年」(砂子屋書房)あたりから急に面白くなり、2巻目に即突入。2巻目のほうが断然面白くなる。著者の筆が走り出すというのか、ぐんぐん面白さが増していく。特に面白かったのは、アントニイ・バージェス時計じかけのオレンジ」(ハヤカワNV文庫)。福田定一「名言随筆 サラリーマン」(六月社)。足塚不二雄「UTOPIA 最後の世界大戦」(鶴書房)。ここから先はネタばれになるので要注意。ハヤカワNV文庫の「時計じかけのオレンジ」には最初に出た「版」と後に出た「完全版」があり、当初出た版は、最後の章がカットされている。これは米国版を出版した際に、出版社が、最後の章をカットすることを作者に求めたためであるという。しかも、当時すでに巨匠であったスタンリー・キューブリックが、米国版をベースに映画化したために、米国版がスタンダードとして定着してしまった。日本でも、当初は、この米国版をベースに翻訳されたため、最後の章がない版が定着してしまったという。その後、日本でも最後の章が加えられた完全版が出版され、現在では新刊としては完全版しか購入することはできない。この版の違いをめぐる事件が起き、栞子は、その謎を解き明かしていく。ストーリーも面白いが、実在の本や作家をめぐるエピソードも読み応え十分なのだ。「UTOPIA 最後の世界大戦」は人気漫画家の最初の単行本で、足塚不二雄は、藤子不二雄のデビュー当時のペンネームだった。現存するのは10冊程度とされ、1980年代に古書市場に現れるまで、マニアの間でも幻の一冊とされ、100万単位の金額になる…。謎解きは、その本が出版された当時の事情、その本を購入した人物の事情、さらにその本が古書となって売り買いされた経緯、そして古書を今も所有している人物が置かれた状況…。二重三重にも絡まりあった謎を、探偵が少しずつ解きほぐしていく。これは「古書ミステリー」という、ひとつのカテゴリーの発明かもしれない。古書や書物にまつわるミステリーは、けっこうあると思うが、ここまで古書にこだわった小説はなかった。また、この本の中に登場する作品や作者のファンだったりすると、面白さが倍増する。これは癖になりそうな本だと思う。