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小松左京「小松左京の大震災'95  この私たちの体験を風化させないために 」

SFファン失格。
自分は「SFファン」を自称している。小学校の高学年からSFを読み始め、中学、高校、大学と、人生の最も感じやすい(?)時期をSFを読みながら過ごした。そのせいで、自分の人格形成にSFが深く関わっていることは間違いない、と思っている。またSFファンであることに密かにプライドを持って、今日まで生きて来た。しかし、最近、自分がSFファンの名に値しないと思うような事件があったことを告白したい。それは今年7月に亡くなったSF作家、小松左京についてのことである。NHKの「クローズアップ現代」という番組で「想像力が未来をひらく 小松左京からのメッセージ」という放送があり、それを見た家人から、小松左京の晩年のことを教えられ、ショックを受けた。十代から二十代の頃、あれほど夢中になって読んだSF作家が、最後の二十年をどう生きたかを、自分はほとんど知らなかった。しかもSFファンでもない家人に、その番組のことを教えられるという情けなさ。それでもお前はSFファンと言えるのか?
クローズアップ現代から。
NHKオンデマンドの「見逃し番組」で、その番組を視聴した。涙が出た。「虚無回廊」あたりを最後に作品を書かなくなっていた小松左京。家に閉じこもりがちになっていた彼をもう一度原点に立ち返らせたのは、1995年に起きた阪神大震災だった。震災の被害の大きさに衝撃を受けた彼は、年明けから予定していた新聞連載のテーマを急きょ「宇宙」から「震災」に切り替え、一年間にわたり精力的な取材を行い、震災のルポを書き上げた。この取材で7月、8月の暑い盛りに取材で出歩いたことがたたって体調を崩し、その後、精神のバランスを崩し、「うつ」に陥ってしまう。番組は、彼がうつに陥ったきっかけとなった、もうひとつのエピソードを紹介する。理論上倒れるはずのなかった高速道路があっけなく倒壊した地震に衝撃を受けた小松は、ある高名な研究者に共同検証を申し入れた。しかし、その申し出は、思いがけない一言で断られた。研究者は「地震が私たちが考えるよりはるかに大きかっただけです。私たちに責任はない」と言ったという。研究者の、この発言は、小松左京にとって信じられない答えだった。友人の石川喬司は、研究者のこの発言が「彼の心がピシャッとつぶれたきっかけになったと思う」と涙を浮かべながらインタビューに答えていた。番組を見て、ここ十数年の小松左京の足跡をほとんど知ろうとしなかった自分が許せなかった。そして彼が阪神大震災に対して、これほど真剣に取り組んだ連載の存在すら知らなかった自分を許せなかった。自分には、もうSFファンを名乗る資格はない…。せめて、このルポをぜひとも読まなければならない、と思った。しかし出版から十数年も経過しているため、買えるのは古書のみ。しかも発行部数が少なかったせいかか、プレミアム価格が付いている。それでも読まなければと、思いきって、購入。
こんなルポを読みたかった。
読んでみて、衝撃を受けた。阪神大震災の直後、震災のドキュメンタリーを30冊は読んだ。しかし、その中に本書はなかった。なぜ気がつかなかったのだろう。これこそ自分が読みたかった震災のレポートだと思った。そして、SF作家、小松左京にしか書けないルポだと思った。地質学、地球物理学をはじめとする科学全般にわたるケタ違いに広く深い造詣。さらに政治、経済、産業、技術、社会、厚生福祉、国際関係までを総合的に考察できる視野の広さ。しかも30年にわたって阪神間に住み、自身も、大阪府箕面市の自宅で震災を体験した関西の一市民としての視点。また庶民感覚やユーモア感覚を失わない作家としての目線…。このような震災ルポを書ける作家やジャーナリストは、今の日本にはもういないだろうと思う。
著者は、このルポで、震災の全貌を記録しようとした。震災が起きた時、国や県や市は、どう機能したのか。消防や警察、自衛隊はどう動いたのか。電気・ガスなどのライフライン企業はどう対応したのか。またメディアは、何をどう伝えたのか…。震災が社会や人々にどのような被害や影響を与え、社会は人々は、どのように震災と向きあったのか…。著者は震災の全貌を様々な現場や人々に取材して残そうとした。また、最初の連載の中で、被災した市民も企業も行政も、その記録を残し、公開してほしい、と呼びかけている。企業や行政側の震災への対応で、ミスや手違いは少なからずあったと思う。しかし今は、その是非を問はない。とにかく情報を公開してほしいと、震災の全貌を知るために、市民や企業、行政機関に、著者は呼びかけている。その結果というべきか。著者の元には、多くの市民、企業、自治体、ボランティア団体から、多くの情報が集まってきたという。著者は、連載が終わった後も、これらの膨大な情報を精査し、もう一度震災を総合的に考察したいと語っている。その願いは結局かなわなかったが…。
高速道路はなぜ倒れたか。
さらに絶対倒れないと言われた高速道路がなぜ倒壊したのか、阪神間で、なぜこのような強い地震が起きたのかを、様々な分野の研究者や技術者に取材をして解明しようとした。一般的な記者やジャーナリストと著者の違いは、地質学や地球物理学をはじめとする科学やテクノロジーに対する造詣の深さである。さらに戦後の日本の発展や技術の進歩、阪神間の文化や歴史にいたるまで、膨大な知識と見識に裏付けられた独自の視座である。さらに著者自身が30年以上も阪神間に住んで、今なおこの街を愛しているということ。神戸の復興への動きを取り上げた第三章では、地元の文化イベントの拠点であった神戸国際会館や地元メディアの再生をまるで自分のことのように喜んでいる。また本書の中で、著者は様々な提言を行っている「最新のテクノロジーを駆使して、震災のデータベースを構築し、後世に伝えなければならない」「分野の壁を超える学際的な研究組織を立ち上げ、その拠点を関西に置く」「神戸復興の際には、工場や港湾施設で占められた海岸部の利用を見直し、かつてのような海と山に市民が親しめる神戸を取り戻してはどうか」等々。何度も言うが、こんなルポを書ける作家は、当時も、今も、小松左京以外はいない。
阪神大震災の後、本書を読んでいれば、自分の小松左京に対する態度は大きく変わっていただろう。ひょっとしたら、その後の自分の人生までも変わっていたかもしれない。そう思うほど、本書を読んだ衝撃は大きかった。
村上春樹アンダーグラウンド」に匹敵するドキュメンタリー。
近年、作家が社会の出来事に積極的に関わろうとした例として、村上春樹地下鉄サリン事件の被害者やオウム真理教の信者にインタビューした「アンダーグラウンド」「アンダーグラウンド2」を思い出す。村上春樹という作家にとって、そのドキュメンタリーは、後の創作活動にとても大きな意味を持つことになったと思う。本書も、小松左京という作家の、その後の活動に大きな変化をもたらす可能性があったと思う。自分の中で、本書は「アンダーグラウンド」に匹敵する、いやそれ以上に重要な作品として位置づけたい。本書を書き始めた時すでに60代半ばであり、本書の執筆で体調をこわしたため、その後は、作品をほとんど書いていないが…。
3.11への視点。
亡くなる数ヶ月前に起きた東日本大震災を、著者はどう見たのだろう。今回の震災こそ、小松左京のような作家に書き残して欲しかった。「荒俣宏立花隆宮崎駿を足して3で割らない」といわれた知の巨人が見た3.11を知りたいと思った。調べてみると、いくつかの文章が残されている。やはりというか、今後の大災害に備えて、さまざまな分野の専門家による「総合防災学会」の設立や、今回の「震災や津波の膨大なデータや映像をすべて記録し、今後の津波防災に役立てる」などを提言している。また原発事故に関しては「事故は人災だ」と明確に言い切った上で「90年代以降、学者も含めた関係者は原発事故に対して思考停止状態に陥っていた。技術大国ニッポンの海外での信用を失墜させた責任は重い」と厳しく指摘している。
かつて、あれほど夢中になって読んだ作家が、このような著作を書き上げていたことを今日まで知らずにいたことが悔やまれてならない。個人的な追悼の意味で、著者の作品を読み返してみたい。まずは最後に読んだ、未完の長編「虚無回廊」あたりから…。宇宙や物理の最先端の科学を題材に、硬質で思弁的な文章で描かれた、人類と文明の壮大な物語…。懐かしい。