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石井光太「遺体 震災、津波の果てに」

東日本大震災の報道を見ていて、何か大きな欠落があると、ずっと感じていた。死者/行方不明者合わせて約2万人という数字が、いったいどんな事態を表しているのか、自分は想像することができなかった。津波に破壊された町の風景。避難所の光景。破壊された原発…。それだけではない。自分は、もっと重要なことを見落としていると、ずっと感じていた。津波が奪っていった多くの人命。後には膨大な数の「遺体」が残された。その「遺体」と人々はどう向き合ったのか。自治体や地域のコミュニティはどう動いたのか…。本書は、報道の欠落を埋めてくれる貴重な本だ。
3月11日、釜石市
場所は、三陸海岸に面した港町である釜石市。内陸部は、新日鐵など、大きな工場が立ち並ぶ工業地帯でもある。著者は、海岸から2kmほど離れた町に住む一人の老人の視点から、この未曾有の災害を描き始める。彼は長年葬儀社で働き、いまは退職して、地元の老人たちの世話をする民生委員である。地震発生の瞬間、彼は地元のコミュニティ消防センターで地域の老人たちに卓球を教えていた。生まれて初めて体験する激しい揺れ。揺れがおさまり、老人たちの無事を確認した後、全員を帰宅させた。彼自身は様子を見るために他の職員と消防センターに残ることにした。電気は止まり、電話は不通になり、情報が入って来なかった。夕方になって港のほうから人々がやってきた。彼らは口々に巨大な津波に町が呑み込まれたと言っている。それが本当なのか確認する方法はなかった。その日は帰宅し、翌日もう一度消防センターにやってきた。港のほうからやってきた人の数はさらに増え、100人を超えている。津波を目撃した人の証言によると、海沿いの町はことごとく壊滅したという。多くの死者も出ているという。犠牲者は。いまは廃校になっている旧二中の体育館に片っ端から運ばれているという。
遺体安置所。
彼は事実を確認するために旧二中へ言行ってみることにした。クルマを止めて、安置所の張り紙がある体育館に入って、膨大な数の遺体を見て、彼の頭は真っ白になった。しばらくして落ち着いてくると、安置所内での遺体の扱われ方が気になってきた。死後硬直を起こした遺体の手足を無理矢理伸ばそうとしている警官。行方不明の身内を探しに来た家族も、何をするでもなく、その作業をぼんやりと見つめている。市から派遣されてきた職員は身体がこわばり、目を泳がせるだけで何もできずにいる。長年葬儀社に勤め、多くの仏様を葬ってきた経験から、誰かがきちんと遺体の世話をし、訪れた家族に対応しなければならないと彼は思う。今後さらに運ばれてくる遺体の数が増えたら、大変なことになる。彼は家に帰って1日考えて、「遺体の扱い方を知っていて、いま自由に動ける人間は自分しかいない」と覚悟を決める。翌朝、釜石市長に会いに行き、自分が遺体安置所の指揮をとることを申し出る。
遺体と向き合った人々。
本書は、この遺体安置所を中心に、そこで遺体と向き合った人々の日々を、各々の視点から描き出していく。冒頭の民生委員の他に、遺体の検案(医者による死亡の確認)を行った地元の医師。歯形による鑑定を行った歯科医。遺体を捜索し、収容作業をした消防団員、消防署員、自衛官。海上での遺体捜索を行った海上保安官…。遺体安置所への移動を担当した釜石市職員。膨大な仏様の火葬に奔走した葬儀社職員。安置所で読経し、身元不明遺体の遺骨保管を申し出た住職…。彼らは甚大な被害や膨大な遺体を前にして、例外なく立ちすくみ、途方に暮れる。しかし、次の瞬間には覚悟を決め、一人のプロとして遺体と向き合っていく。いや、プロの技術や知識だけが彼らの正気をかろうじて支えているのかもしれない。著者は、彼らの視点を借りて、この災害の最も過酷な現実を描きだそうとする。津波に呑まれ損傷の激しい遺体、大量のヘドロを飲み、苦悶に満ちた表情のまま硬直した遺体。生まれて間もない赤ん坊の遺体。瓦礫の下からそれらの遺体を見つけ出し、掘り出し、収容する自衛隊員や地元の消防団員。硬直して閉じられた口を無理矢理開いて歯を確認する歯科医。思わず目をそむけたくなるような遺体。しかも日が経つにつれ遺体が少しずつ腐敗していく。当初は眠るように亡くなっていた遺体も、時間が経ってから発見されたものは、腐敗と損傷がひどくなっている。思わず本を閉じたくなるような描写も少なくない。
想定外の状況で、正しい行動をとれる人がいる。
そんな凄まじい日々の中で、働く人々は消耗し、しだいに無口に、無感覚になっていく。遺体の扱いが無造作になっていく。そんな中で、最初の献身的な態度を変えることなく遺体に接し続ける神さまのような人がいる。冒頭の民生委員と市役所から遺体の回収と搬送を命じられた市職員だ。民生委員は、どんな遺体にも、生きているかのように話しかける。「寒い場所で、よくがんばったね。もう少しで、家族が迎えに来てくれるからね」と。市の職員のほうも、どのような遺体でも可能な限り丁寧に扱い続けた。彼らは、内田樹が言うところの「誰もがどうしていいか途方に暮れている時に、ただ一人正しい行動をとることができる人間」なのかもしれない。
報道が伝えなかった震災の現実。
いかなる個人も、いかなる地域のコミュニティや自治体も、これほど多くの「死」に対応することはできない。毎日数十体の遺体を瓦礫の中から掘り出して、ヘドロを洗い、安置所に運び続けること。一度に3000個の棺を調達すること。一日数体のキャパしかない斎場で、数十体の火葬を行わなければならないこと。遺体の腐敗が進む前に、身元を確定し、家族のもとに返さないといけないこと…。当初は絶望的に思えた状況も、人々の懸命の努力で、少しずつ光が見えてくる。本書はとてつもない「死」を描いたドキュメンタリーで、何度も、本を閉じたくなるが、読み終えた時には、静かな勇気に満たされている。本書には、膨大な報道が伝えなかった、震災のもうひとつの現実が描かれている。そこから目をそらして、生者だけを見つめるだけでは、本当の復興はありえない、と著者は言う。