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大阪マラソン2011 完走記


10月30日、午前4時30分起床。昨夜は9時過ぎに就寝したが、なかなか眠れず、途切れ途切れの睡眠。しかし目覚めはよかった。窓の外は真っ暗。パンケーキを暖めて朝食。ランニング用の下着を履いて、暖かめの起毛の長袖シャツにカーゴパンツ。ランニングウエアはリュックに入れ、現地で着替えるつもり。5時45分に出発。妻はまだ寝ている。外に出ると少し肌寒い。時折、雨が落ちてくる。途中、雨が強くなり、折りたたみ傘を取り出した。JR宝塚駅6時10分発の大阪行きを待つ。ホームにはランナーらしき人がちらほら。やってきた電車に乗ると7割の乗車率で、大阪マラソン参加者らしき人も多い。4人がけの席に座る。ここで一つだけ失敗に気づいた。iPhoneNike+GPSアプリを使用するが、自分のような亀ランナーだと、ゴールまでバッテリーが持たないことがあるので、現地に行くまでは予備バッテリーで充電しながら行こうと思っていた。座席に座ってバッテリーを取り出し、iPhoneにつなごうとすると、持って来た充電ケーブルが、USB-ミニUSBケーブルで、iPhoneに充電できないのだ。しかたなくiPhoneの電源を落としてバッテリーを節約する。川西池田駅で、長身で高齢のランナーが、夫人らしき女性と一緒に乗り込んできて向かいの席に座った。60代の長身ランナー氏は、「マラソン慣れ」してるようで荷物が極端に少ない。今日走るウエアの上に薄手のウインドブレーカーを羽織っただけで、あとは昨日ゼッケンと一緒にもらった手荷物袋一個だけで、中身もごく少ない。夫人のほうはガイドブックを広げて、スタート会場の地図を見ている。なんか見たことのない地図だなと思ったら、「VIPルーム」と記してある。そうか、こういうのもあるのか、と納得。長身ランナー氏は、スポンサー企業の重役なのかもしれない。大阪駅に到着して環状線に乗り換える。環状線のホームは異様に混雑している。後ろの車両に乗ろうと思ったが、ホームいっぱいに人があふれていて、前のほうに回る。それでもやって来た電車には乗れず、次の電車を待つことになった。車内も日曜日の朝7時前にしては異常な混雑だ。尼崎で東西線に乗り換え京橋で降りたほうがよかったかもしれない。大阪城公園前の駅につく。改札はいちばん後だが、ホームにランナーたちがあふれていいて前へ進めない。改札を出るまで、5分はかかったと思う。改札を出ると、後は人の流れに乗っていけば会場に着く。雨は、止んでいる。正面にランナーズエリアがあって、ここで着替えることになる。着替え用のテントがあるが、たぶん満員だろうと諦め、芝生の上で着替えを始める。持ってきた道具の最終選択をする。
装備
今日のウエア、装備を記録しておこう。シューズは一昨年作ったミズノのオーダーシューズ。今度でフルマラソンは3度目で、そろそろ寿命だと思うが、このフィット感と安心感は代え難い。8月に買ったエキスパートランナー向けの超軽量&薄底シューズは、かなり履き慣れてきたとはいえ、20キロ以上を走ると、足裏に痛みが残るのだ。このシューズで、まだフルを走る気になれない。靴下はくるぶし丈のナイキ。アッパーは10日程前に購入したアディダスの超軽量・薄手のシャツ。パンツはここ5年は履いている膝丈のショートパンツ。下着はワコールCWX。バイザーは家人用のグレーのテニス用エレッセ。ウエストポーチも、4年は使っているCWX。この中にはハンディ・ティッシュ2個、現金(千円札三枚と小銭500円)バンドエイドを入れたメッシュケース、パナソニックの防水タフデジカメFT2、エネルギー補給用のジェル2個を収納。ウエストポーチのベルトにはiPhone用のケースを装着。左手にはGARMINGPS時計FR405を、右手にはセイコーランナーズウォッチを装着。2つ時計の理由は、これまでレース時に使っていたGARMIN FR205が故障したため。FR205は時計というにはでかいが、その分、ディスプレイも大きく、4つのデータを同時に表示することができた。「走行距離」「現在のラップタイム」「スプリットタイム」「ひとつ前のラップタイム」。FR405はコンパクトになったが、その分表示できるデータが3つに減ったため、「スプリットタイム/現在時刻」表示のためにセイコーのランナーウォッチを購入。もちろんFR405でも、表示切替えで現在時刻を表示できるのだが、ベゼルタッチと呼ばれる操作にちょっとコツが必要で、走りながら操作すると、よく失敗するのである。しかし、この新しい時計の使い方を事前にしっかり覚えていなかったため、走っている間、正体不明のアラーム音に悩まされることになった。マラソンEXPOで買った雨用のビニールポンチョは持っていかないことにする。この気温なら、雨が降っても、体が冷え過ぎることはないだろうという判断。この装備を笑う人がいるだろう。一般にマラソンランナーという人種は、装備が増えるのを極度に嫌う傾向があるようだ。小銭入れよりさらに小さなケースをパンツやタイツ、シャツの小さなポケットに忍ばされるだけ。ケースの中にはドリンクを買うための小銭、ハンディティッシュなど、最低限のものだけを収納している。それに比べると無駄な装備が多すぎるかもしれない。iPhoneGARMINによるダブルのGPS計測、両手の時計、防水デジカメ…。なんで、そんな無駄なことするわけ?それで1分でも速くなるのか?という声が聞こえてきそうだ。おっしゃる通りである。だけど、マラソンは、個人的な趣味の世界なのだから自由にやらせて欲しい、と思う。

直前
持って来たバナナを食べる。手荷物を預ける前にトイレに並ぶ。7時40分には手荷物を預ける。手荷物預かりは、東京マラソンなどと同じく、ずらりと並んだトラックの荷台である。ガイドブックにはここからスタート場所まで30分かかると記載されていた。大阪城公園の内堀のそばを、左手に天守閣を見ながら進む。オールスポーツニッポン(写真サービス)が、天守閣をバックに記念写真を取りませんか、とアナウンスしていて、結構な人数が列に並んでいる。最初は前後ぎっしりだった人数も、途中でゼッケンのアルファベットごとに別れてまばらになっていく。今回はFで先頭から6番目の位置でまあまあ。スタート地点通過まで5〜10分を要すると予想。歩きながら周囲のランナーと話をしてみる。となりの二人連れの会話に反応してみる。「さっきから雨がパラパラ来てるね」「ずっと雨なのかなあ」に「今朝の天気予報によると、昼から雨らしいですよ」「じゃあ3時間でゴールすれば雨に遭わないですむか」「サブフォーじゃだめか」「こんくらいの雨だと、体ちょうど冷えて、いいんじゃないの」みたいな会話で待ち時間をつぶす。スタート地点に到着したのは8時。30分もかからなかった。スタートまで1時間もある。ここでiPhoneを起動し、twitterFacebookをチェック。何人かから励ましのお言葉をいただく。近くのランナーにiPhoneを渡して写真を撮ってもらう。自画像チェック。あれ、何かお腹出てないか?目標としていた55kgには程遠く、58.5kgに留まる。やはり準備不足なのだろうな。マラソン練習の難しいところは、練習の成果がよくわからないところである。不本意な写真をFacebookに投稿する。周囲のランナーを観察したりするが、時間の進行が遅い。

スタート
8時45分。音楽らしきものが聞こえてきて、時折、歓声や拍手があがる。出発前に最後の食事。ジェルのサプリメントを摂る。周囲でもわけもわからないまま拍手が広がる。そんなことを繰り返す内にスタートの時間が近づく。集団が少しずつ前に進んでいく。号砲は聞こえなかった。少しずつ前へ進んでは止まり、をくりかえしている内にスタートラインが見えて来た。進む速さが大きくなり、ジョギングペースになった頃、スタートラインを通過する。台の上から橋下知事と平松市長が仲良く並んで応援している。こんな二人を見るのは、これで最後かな、と思いながら、二人に手を振ってスタートラインを走り抜ける。あれ、橋下知事も走るって言ってなかったっけ。たぶん5分遅れぐらいでスタートしたと思う。(写真に写っている電光時計を見ると7分9秒経過している)走り出した後は、スムーズに巡航速度に移ったと思う。事前に地元の知人から、上町台地の坂には注意するように、との情報をいただいていた。大阪城公園の西側を南下し、道は緩やかに東に向い、中央通りと合流。すぐにの森ノ宮交差点を右折し、玉造筋を南下。この辺りは、まだペースもつかめず、集団の中で流されていくだけ。自分のペースがつかめない。河のように流れていくランナーたち。流れの中に速度の違う、いくつも流れが混在している。その中から、自分に適した流れを見つけなければいけない。ガーミンによると、最初の1キロは12分以上かかっている。次の1キロは6分21秒。その後は、6分3秒から6分25秒のペースで来ている。最近の練習からすると、少し速いペースだ。スタートして、しばらくしてアラーム音が聞こえる。誰かの時計のアラームが鳴っているらしい。うるさいなあと思った。数秒で鳴り止む。しばらくすると、また鳴り出した。誰だろうと思って周囲を見回すが、それらしいランナーが見つからない。次に鳴り出した時、「ひょっとしたら自分の時計?」と思って、セイコーのランナーウォッチを耳に近づけてみると、こいつが犯人だった。止めようとするが、どう操作すればいいのか、買ったばかりでわからない。結局、数分ごとにアラーム音を響かせながらゴールまで走ることになってしまった。
上町台地
鶴橋で、千日前通りへ右折。前半の難所、上町台地の坂を登りはじめる。序盤のせいか、それほど苦にならず、ペースもあまり落とさずに登りきる。最初の給水ポイントはパス。頭上を高速道路が通っているため、あまり開放感はない。ほどなく、御堂筋へ右折。空がひらけ、いっきに開放感が高まる。広い整備された大通りを走るのは気持ちがいい。路面のところどころに銀杏の実が落ちて、踏みつぶされ、独特の香りが漂っている。しばらくしてチャレンジラン組は、道の中央、マラソン組は右端を走るように指示される。どのあたりだったろうか、先頭集団とすれ違う。アフリカ勢と外国人、日本人の数名の集団だ。市民ランナーの星、川内選手もいたような気がする。ペースは相変わらず6分台前半をキープ。このペースだと最後まで行けるかどうか不安だが、落とす気にならない。先ほどから、上から下までブルーのスリムな女性ランナーと前後して走っていることに気がつく。しばらくは彼女にペースランナーになってもらおう。難波から淀屋橋まで、走ってみると意外なほど近いと感じた。ふだんなら地下鉄に乗るしかない距離も、ランナーのスケールで見ると、驚くほど短く感じてしまう。淀屋橋土佐堀通りへ右折。かつてはOBPに行くのに車でよく走った通り。道は狭く、両側にビルが迫っていて、景観的にははあまり見るべきものがない。コースは大川に並行しているが、川はほとんど見えない。書き忘れたが、スタート直後から、ここまで応援の列はほぼ途切れなく続いている。このような途切れのない応援というのは東京マラソン以来で、ビッグマラソンに参加しているという実感がわいてくる。片町の手前で本日初めての折り返し。土佐堀通りを戻り、北浜で大川を渡り、中之島へ。付近の大川には、巨大アヒルがいるはずだが、気づかず、中之島の歴史的建造物を楽しむ余裕もなく通り過ぎて、大阪市市庁舎の前を通って御堂筋へ。本町付近で15キロを通過。
出会い
御堂筋では、道の西側を走るが、グリーンベルトの西側は、救急車両専用なのか、立ち入り禁止になっていて、歩道の観客と離れてしまっているのが残念。心斎橋では家人が待っている。日航ホテル大阪の手前あたりだ。事前にタオルで汗をぬぐい、ウエアの乱れをチェック。道の右端に寄り、歩道に注意を集中する。長堀通りを越えると、まもなくだ。どんな服装で来るのかをあらかじめ聞いておくのを忘れてた。顔を探す、探す、探す、いた!目を合わせ、手を振り、あっと言う間に通りすぎる。家族を応援する時にどう呼ぶかは事前に決めておいたほうがいい。我が家では、互いに相手の名前を呼ぶことはまったくなく、ふだんは「あのさ」とか「ちょっと」とかで済んでいる。故に外で相手を呼ぶ時に困るのだ。「お父さん」「パパ」と呼ぶ家庭は多いと思うが、「お父さん」と呼びかける応援者があまりに多く、自分が呼ばれていると気づかない場合が多いと思う。姓で呼ばれるのがいちばん確実だが、家族の場合、姓で呼ぶのは抵抗がある。家人の場合も、めったに使わないニックネームで叫んだというが、こちらは気づかなかった。次に家人と会うのは南港に入って、ゴール直前の場所である。再び難波の交差点を右折し、千日前通りを西へ。京セラドームのほうに曲がる前に大正橋を渡るが、その手前に、ゆるい、長い登り坂が待ち構えていた。予想していなかったせいか、かなりきつく感じてペースが落ちる。ドームの前を通って、千代崎橋辺りで2つ目の折り返しポイントを通過。再び大正橋を渡り、坂を駆け下りて、しばらく走るとコースのちょうど中間地点に到達。ここまででペースは6分前半を維持している。
事件
そして、この日3度目の難波交差点を右折。自分は見つけられなかったが、家人がいたらしい。自分を見つけて「○○○」と叫んだが気づかず、通りすぎてしまった。ここで思わぬ事件が発生。家人のとなりにいた中年の女性が「今のは、息子さん?」と声をかけてきたらしい。むっとした家人は「夫です。あんな格好して若く見えるけど、レッキとしたオヤジです」と、きっぱり。慌てた女性は「うちの息子も申し込んで、外れてしまったもので…」と言い訳にならない言い訳をしたらしい。難波交差点から南下し、大国町を左折し、恵比寿町のほうへ、東進。この辺りのどこかで会社の女性が応援してくれているはずだ。確かウチワを持って応援すると聞いていたので、ウチワ、ウチワ、と探す。結局、東行きでは見つからず戎神社前で折り返す。一応探すのは諦めたものの、道の左端を走る。しばらく走ったところで、真横から「あっ、尾崎さん」と叫ぶ声.とっさに顔を向けると、会社の女性を発見。ほとんど振り返るようにして手を振って恵美須町を後にする。
南に下るほど、応援が変わってくる
ここから芦原橋付近まで西に向った後、南に折れる。ここから先、大阪市南部、25キロ以降は、見るべき景観もなく、殺風景な街並みが続く。事前の予想では、このブロックが一番単調で、つらい区間になりそうだった。しかし恵美須町から、南に向うにつれて、観客の雰囲気がかなり変化していることに気がついた。難波あたりまでは、都市マラソンの観客で、東京マラソンの応援客とさほど違わない。しかし南に下るにつれ、応援が「濃く」なっていくのがわかる。あまり覚えていないのだが、以下のような感じの応援。「にいちゃん、まだ足は動いとるで、あんたは行ける!」知り合いのランナーに「こら、○○○、ええか、死んでもええからゴールせえ」「○○○ちゃん、先行ったで。歩いてる場合ちゃうで、はよ行け!」「何かようわからん仮装のにいちゃん、がんばってやあ」応援ともヤジともつかないような「ツッコミ」の応援には何度も笑わされた。近所のおばちゃんたちが手拍子を合わせ、声を合わせて、応援してくれるも素敵だ。いかにも親子とわかる5人家族の連続ハイタッチ。南に行くほど、応援のノリがよくなってくる。この「濃い応援」のおかげで、終盤の単調なコースにも、退屈することなく走ることができた。
仮装の人々
仮装ランナーを尊敬している。ただ走るだけでも大変なのに、あんなモノを身につけて42.195キロを走るのだから、その大変さは想像もつかない。ふだんの練習コースで、仮装のまま練習しているランナーなど見かけたことがないので、仮装ランニングは「ぶっつけ本番」だと推測している。ウエアや装備にちょっと違和感があるだけでも、長い距離を走るうちに大きなトラブルになることがある。シューズのひもがちょっときつめかな、と思っているうちに、20キロで親指に違和感を感じ、30キロ過ぎで痛みを感じるようになり、ゴールへは足を引きずるように飛び込んだが、シューズを脱ぐと親指の爪が真っ黒になっており、その爪に触れると、ぽろりとはがれたというランナーの話を聞いたことがある。だから、仮装コスチュームを着て走るランナーは想像もつかないような暑さ、重さ、痛さなどに苦しみながら走っているはずでその勇気には、いつも胸を打たれる。今回、見かけたのは、バルタン星人太陽の塔ドラえもんくいだおれ太郎など…。このような勇気ある仮装ランナーたちの心意気は、大阪人の気持ちに響くようで、彼らが来ると、老若男女、みな狂ったように熱い応援をする場面に何度も出会った。
失速
応援に救われたものの、走りのほうは、30キロ過ぎに失速。さっきまで同じペースで走っていたランナーに置いていかれるようになる。給水のタイミングで、立ち止まってストレッチし、走りはじめるがいっこうにペースが上がらない。恐れていた「35キロの壁」がやってきたのか。身体のほうに、どこにも痛みはなく、痙攣なども起きていない。ただ足が動かないだけだ。腕を意識的に大きく振り、足を前に出す。36キロを越えて、前方に南港大橋が見えてきた。ここが最後の難関となる長い坂を登る。立ち止まってしまう。後ろのほうから一塊になった集団が追い抜いていった。彼らは5時間のペースランナーにずっとついてきたランナーたちだ。この集団に抜かれるということは、5時間を切れないということではないか。奮起して再び走り始めるが、どんどん置いていかれる。南港大橋を渡った先に、南港に住む友人が応援に来ると言ってくれていたので、コースの左に寄って、友人を探す。しかしコースは道の右側を使っており、左側に応援する人はいない。右のほうを探しながら走るが見つからず…。南港大橋北詰を過ぎて、右に曲がると、あと4キロあまり。こちらは左側に観客がいるので、友人を探しながら走るが、結局見つからず、残念。
ゴール
いつものことだが、最後の2〜3キロは果てしなく長く感じられる。最後の1キロ区間に家人がいるはずだ。南港に入ったころから雨がしとしと降り始めた。最後の2キロは、歩かずに行こうと決めて足を動かす。コースの両側が高くなっている箇所を通っていると、上から家人の声が降ってきた。手を振って最後の力をふりしぼる。前方に大橋で抜いていった5時間のペースランナーが見えてきた。ゴールでは5時間のカウントダウンが始まっている。ペースランナーまであと数十メートル。だめだ、追いつけない。ペースランナーは、ほぼ5時間ジャストでゴール。1分ほど遅れて自分もゴールする。一応ガッツポーズを決める。スポーツドリンクを受け取り、ICチップを返し、完走メダルを首にかけてもらい、フィニッシャータオルを羽織り、ペットボトルの水をもらい、手荷物を受け取る。更衣コーナーに行って、着替えをしようとするが、足が強ばって、座ることができず、時間がかかってしょうがない。途中、家人から携帯に電話がかかってきて「着替えは済んだ?遅いよ」とお叱りの言葉。何とか着替えを済ませ、待ち合わせ場所に向おうとするが、すごく遠回り。1度3階まで上がり、そこからぐるぐるまわってやっと出口に向う。真ん中の広場に出るが、人が多すぎて家人を見つけられない。何度か携帯で居場所を確認して、ようやく合流。本格的に降り始めた雨の中をコスモスクエア駅へ向う。コース上では、ずぶ濡れになったランナーたちがゴールをめざして最後の力を絞り出している。この後、6時に福島で、友人も入れて打ち上げ会をすることになっている。地下鉄中央線、JR環状線を乗り継いで、福島駅へ。福島駅前のホテル阪神のデイユースにチェックインして、入浴と着替えを済ませ、1時間ほど仮眠する。6時ジャストに友人と合流。福島駅北側のおでん&焼き鳥。軽い筋肉痛はあるが、辛くはない。ビールで乾杯した後、美味しい地酒が揃っていたので。かなりたくさんいただきました。友人とは半年以上会ってなかったので、話がつきず、3時間はたっぷり過ごした。友人と別れ、電車に乗って家に帰ると10時、もう一度風呂に入って、寝床に入ったのが12時前。以前、マラソンを走った後、筋肉痛で眠れないことがあったが、今回は夢も見ずにぐっすり眠れた。
今回の総括
個人的には、5回目のフルマラソンとしては不本意な記録で、成果はなしといってもいい。練習不足&オーバーペース。反省しきり。収穫は、第一回の大阪マラソンに参加し、無事完走できたことだろうか。第一回にしては、運営なども比較的スムーズで、快適に参加することができた。しかしコースの選定は、もう少し考え直す余地があると思った。交通規制などが理由かもしれないが、片町、京セラドーム、恵美須町と三箇所も折り返しポイントがあるのはいただけない。それと終盤の10キロぐらいが単調なこと。南港エリアに入っても海などほとんど見えず、景観がいまいちだったこと。よかったのは、南に行く程、熱く、濃くなる応援ぶり。ご町内というか、地域のコミュニティが総出で応援してくれるような雰囲気は、東京マラソンでも、他のマラソンでもなかった特色だ。大阪城よりも、中之島の建築より、通天閣よりも、地元のおっちゃん、おばちゃんたちの元気な応援のほうが、大阪らしくて楽しかった。この特色は、今後の大阪マラソンの最大の特色になると思う。