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中沢新一「日本の大転換」

中沢新一という人、よく読むし、好きなのだけど、ちょっと微妙なところもある。例えば「アースダイバー」という本は、東京の縄文時代の地図を頼りに、現代の東京を探検するという一種の紀行作品。かつて縄文人が聖地としたような場所は、いまでもお寺や神社があったり、東京タワーのようなシンボリックな建築が建っていたりする特別な場所であるという。「アースダイバー」を読み、その場所に行ってみたことがある。しかし、彼が書いているようなことはあまり感じられなかった。自分には、その土地が持つ霊気みたいなものを感じ取るセンサーがなかった、と言ってしまえばそれまでだが、どうも最後の最後のところではぐらかされているような気がしてしまう。それは「精霊の王」、「古代から来た未来人 折口信夫」などでも同じである。震災後、中沢新一は、内田樹平川克美との対談集「大津波原発」を出版した。この本は意義があったと思う。今回の震災や原発事故を、宗教や哲学の視点から見るとどうなるかという議論はそれまでされていなかったから。その中で、中沢新一は、震災の後、原子力原発を思想的にどう位置づけるかということをずっと考え続けてきたという。その結果、今後は自分で「緑の党」みたいな運動を立ち上げたいと語っている。本書は、そんな震災後の彼の思考をまとめあげた本である。かなり期待をして読んだのだが、はっきり言って期待はずれ。
著者によると、現在、原発をめぐる論争は、経済効率性に基づく立場からと、核技術への感情的な反発からのみ行われていて、まったく不毛であるという。そこに彼はエネルゴロジー(エネルギー存在論)の視点を持ち込み、明快な言語表現を与えることにより、原発とエネルギー論争にきちんとした方向を与えたいと考えた。詳細は読んでもらうしかないが、ごくカンタンにまとめると、原子力エネルギーは、地球の生態圏の外部にある太陽圏に属する高エネルギーであり、それを生態圏にそのまま持ち込むことは大変な危険を伴うという。また現在の世界を支配する「グローバル型資本主義経済」もいまや生態圏を脅かすパワーになっているという。著者は、この「グローバル型資本主義」と「原子力発電」を、エネルゴロジーの視点から見直すことで、次世代のエネルギー政策や経済システムを導き出せる、と主張する。概ねこの考え方は正しいと思う。しかし、これだけのことを語るのに、どうして、このような回りくどい話をする必要があるのだろう。原子力発電を宗教をからめて語ったり、経済を語るのに、著者が引っぱり出してきた思想家や文明の話は、ほとんど理解できなかった。また、著者が主張する、これからの経済には「贈与」が重要な要素になるという考え方も「シェア」の本の中に、すでに当たり前のように書かれ、次世代の経済では重要な役割を果たすことが示唆されている。ここで改めて語ることでもないと思った。
あとがきで、著者は「太陽と緑の党」のような運動を立ち上げるために忙しいという。大丈夫だろうか。今回の震災で、多くの文化人が「東北復興」や「脱・原発」の運動に参加している。中沢新一という人、現実の社会との関わりでは、ちょっと危なっかしいところがある。オウム真理教の時のことをちょっと思い出して、そう思った。またあとがきの中で、本書は(このパンフレットは、と書いてある)彼の運動のマニフェストであると語っている。そうか、マニフェストのパンフレットだったんだ、この本は。どうりで薄いわけだ。
感想終わり。この本の中で、いちばん感心したところ。今日のグローバル型資本主義が支配する状況を「かつては社会の一部分であった経済が、成長拡大することで、社会を呑み込んでしまった」という考え方はひとつの発見であると思った。現在では「社会を豊かにするために経済がある」のではなく、「経済を成長させるために、豊かな社会が必要」になってしまっている。その大転換が求められているのだ。