子安大輔「ラー油とハイボール」


ラー油とハイボール
どちらも飲食業界の最近のヒット商品である。この2つがなぜヒットしたか、あなたは説明できますか?私は説明できない。だから本書を購入。著者は博報堂勤務を経て、飲食業界に転身。飲食業界のプロデュースやコンサルティングに関わっている人。だから話がマーケティング的でわかりやすい。ハイボールの流行は、サントリーの巧みなマーケティング戦略によるものだとか、ビールより安い価格設定のためであると一般に言われているらしい。しかし著者は、それだけでは無いという。リーマンショック以降、サラリーマンの小遣いが毎年減り続けていること。さらに生活者は、ワインや日本酒、焼酎など、ウンチクを語る酒に飽きてきたのだということ。ハイボールには、日本酒やプレミアム焼酎のようなウンチクは必要ない。気軽に、安く、楽しく飲めればいいという時代の気分にピタリと焦点が合っている。ホッピーなども同じ理由でヒットしているという。
「奇跡のリンゴ」と「AKB48」の共通点。
ハイボールに続いて「奇跡のリンゴ」と「AKB48」が登場する。両者のヒットには共通点がある。それは「ストーリー」であるという。この「ストーリー」は、少し前に言われていた「物語消費」の「物語」と少しニュアンスが違うように感じた。「奇跡のリンゴ」のストーリーとは、リンゴ農家の木村秋則さんが、長年の苦労の末、ようやく成功した無肥料・無農薬のストーリーである。またAKB48のストーリーとは「会いに行けるアイドル」というストーリーであり、オーディションやメンバーの入れ替えという演出されるストーリーである。そして著者は、ヒット商品が生まれるためには、この「ストーリー」が不可欠であると言う。それを検証するために、著者は飲食業界における様々な成功事例を紹介していく。「はらドーナツ」、中目黒の「ポタジェ」のケーキ、鎌倉 七里ケ浜の「bills」の「世界一の朝食」など…。それぞれの分析は、さすが飲食業界に絞り込んで活動している人だけに、平易で、しかも鋭い。そして飲食業界における新しい製品やお店の開発の方法も教えてくれる。それが「ほどよいニッチ」であったり「ずらし」であったりする。また、キーワードは「なのに」だという。「ドーナツなのに甘くない」「ラー油なのに辛くない」等
「ほどよいニッチ」と「ずらし」。
ほどよいニッチとは、例えばアフリカ料理で、モロッコ料理なら最近のタジン鍋ブームで市場がありそうだが、タンザニア料理ではニッチが小さすぎて成立しないみたいなこと。「ずらし」とは製品やお店の概念を、従来のものから「ずらす」ことによって生まれてくるもの。ヒットした「食べるラー油」も、「料理にかける辛いラー油」から「辛そうで辛くない食べられるラー油」へのずらしで生まれた商品だと言う。この辺りのアイデアの作り方は、自分たちの業界の手法に似ていて、応用できそうだ。というより、これらの手法自体が、我々のようなクリエイティブ業界の方法であり、著者が、飲食業界用のビジネスに使ってみた、ということだろう。後半は激安居酒屋の仕組みや飲み放題のからくりなど、業界の裏側の話を教えてくれて興味深い。しかし、腕のいい料理人が失業している現状や、若い人が飲食業界に入って来なくなった、というような状況が飲食業界全体ではじまっている、という業界事情を初めて知らされた。最後のほうの2つの章では、語りのトーンがシリアスになり、効率最優先に変わりつつある飲食業界全体への警告といえるような文章になっていて、前半の流れとギャップを感じてしまうが、著者が飲食業界を愛するが故だろうと納得した。